Chapter4 Extremely loud and incredibly close
Episode 36 心凍らせて、涙凍らせて
カルディファ地区にて突然起きた狙撃騒動。
ディーン――セーラス随一のエージェントと言っても良い――が凶弾に倒れたことに、本部全体が大騒然となった。救急搬送先にて行われた弾丸摘出手術は無事に成功し、一命をとりとめることは出来たようだ。
主治医によると、現在彼のバイタルは比較的安定しているらしい。脳波も問題ない。ただ何故か意識だけが戻らず、彼はベッドの上で、ただこんこんと静かに眠り続けているとのことだった。チューブや人工呼吸器に繋がれたまま――そんな状態が丸二日間も続いていた。今までの彼からは、とてもではないが、想像すら出来ない。
彼が目覚めない原因は不明。主治医が言うことには、恐らく精神的なものに、今までの過労が祟った為だろうとのことだった。
被弾によるダメージからの肉体的回復に時間は結構長く必要とする。ただ彼の場合、セーラス本部からの依頼により、特別な治癒促進剤を投与されていた。よって、従来では退院するのに術後約一ヶ月はかかるのを、どんなにかかっても約二週間程度で退院出来るレベルまでに調整されている。彼が意識さえ取り戻せば、退院日は推定可能である。
◇◆◇◆◇◆
病院にてディーンが眠り続けているちょうどその頃、セーラス本部内にて、タカトは書類ごとや雑用に追われていた。相方が被弾により戦闘不能状態にされた上、己は何者かに狙われているという事実が浮上している以上、下手に出向させる訳にはいかない――上層部がそう判断したのだろう――その結果、しばらくは本部内での仕事を請け負う羽目になった。
確かに、本部内は人の目も多く且つ情報も得やすいため、比較的安全といえる。しかし、どちらかと言うと身体を動かすことが好きな彼にとっては、退屈極まりなかった。
(一日中このルーム内の机の上で大人しくしてるのって、どれ位振りだろう? まぁ、山のように溜まっていた報告書も、そろそろ片付けねぇと正直ヤバいところだったから、ちょうど良かったけどな)
自分のデスク上で、済んだ書類の山を右脇へと押しのけ、ふああと、大きな背伸びをした。
人差し指と中指を器用に使って、ペンをくるくると回していたタカトは、あることをふと思い出してピタリとペン遊びを止めた。
――……もう……見たくない……――
――……これ以上……見たくない……――
意識を失う直前に相方の口走ったことが、彼の心を掴んで離そうとしなかったのだ。
(あいつは一体、何をそんなに拒絶していたんだ? )
苦痛と混濁する意識に飲み込まれそうになりながらも、ディーンは必死に何かを訴えていた。普段何も言わない彼にしては大変珍しいことである。冷静になった頭で、色々考えてみようと努力したが、即壁にぶつかってしまうことに気付く。
一体、何が彼にそう言わせたのだろうか?
言うまでもなく、彼が言っていること自体、タカトは全く理解出来なかった。
彼は己の相方のことを、知らないことだらけだ。
何故セーラスに籍をおいてるのか、
何故この部署にいるのかさえ知らないのだから……。
そのせいか、余計気になって仕方がなかった。
彼のそういう一面を見たことがなかったから、尚更知りたいと思ったのだろう。
後一つ、気になったのは――名前。
意識のあるディーンが最後に口走った名前だった。
(レティとか言ってたな。女の名前なのは分かるが、一体誰のことだろう? 他のヤツは何か知ってそうな感じだし……)
そこで、背後に何かを感じたタカトは、敢えて振り向かずに声を掛けた。見たところ、誰も立っていない。
「なあ、そこにいるんだろ? ドウェイン」
《ああ。その通りだが。タカト。シケた面して、一体どうした?》
「……」
《まぁ、気が気でない気持ちは良く分かる。だが本人が目覚めない限りはどうにもならないから……》
「レティって誰のことか分かるか?」
《レティ……!?》
背後の主の声が、すっかり裏声になっている。突然名前を言われて、余程驚いたのだろう。彼にしては珍しくどもっている。
《君はその名前を一体……どこで、そして誰から聞いた?》
「誰って、アイツが気を失う前に言ったのを、この耳で直に聞いた」
偶然、その場に居合わせたエージェント達は一同息を呑んだ。シアーシャ、ナタリー、ロバート、そしてイーサン。ディーンを除く他の執行部所属メンバーは、この日珍しくルーム内に全員揃っていた。
それぞれ、何とも言えない、複雑な表情をしている。話をどう切り出せば良いのか、迷っているようだ。
ルーム内に漂う、風船のように張り詰めたような空気を変えたのは、部署のトップであるイーサンだった。彼は、どんな厄介事も全て受けて立つとでも言いたげな顔をしている。
「……今が良いタイミングなのかもしれないな。タカト。君以外の全員は知っていることだ」
「……」
「私から話そう。静かに聞いてくれ給え」
一呼吸おいたあと、彼の上司はゆっくりと話しだした。
「レティは元セーラス執行部所属エージェントだった〝スカーレット・ハサウェイ〟。彼女の愛称だ。彼女は三年前に殉職している」
「……ひょっとして、話で良く聞く〝三年前の事件〟と関係が……!?」
「ああ。その通りだ。あれは本当に悲惨な事件だった。当時彼女のバディ相手であるディーンが現場に駆け付けた時は、彼女はもう意識を失いかけている状態で……」
「……」
「彼女は……彼の恋人だったんだ」
「……!!」
イーサンは三年前に起きた事件と、その前後のあらましをタカトに過不足なく話した。
それを聞いた彼は、身体中を雷に打たれたかのような衝撃が走った。あまりのことに言葉が出ない。
(目の前で……!? マジかよ……)
そこで、先日ロバートから聞いたことを瞬時に思い出した。
――もしバディ同士で恋愛感情が生まれた場合、色々支障が出て後々面倒になる――
まさか、その一例が自分の相方のことだったなんて、思いもしなかった。上司の話から察するに、その人は大変素敵な女性だったに違いない。三年経った今でも忘れられないほど、大切に想っていた。その彼女が目の前で……。
――確かに、誰にも話したくはないだろう。
「それからも、彼のバディ相手は立て続けに殉職していった。それも、何故かディーンの相棒ばかり。こうも続くと、彼の心や感情が凍り付いても仕方がないと思うのだよ」
そこで、タカトは一つ腑に落ちないことに気付いた。辛い思い出を嫌でも思い出させるここではなく、何故別の部署に異動しなかったのかと――
「ここって、執行部以外の別の部署だってあるのに……?」
「うん。当時の私も君と同じ感想を持った。その時、私から彼に部署変更を一度提案したのだが、彼は首を縦に振ろうとせず、頑として変えようとしなかったのだよ。こればかりは無理強いするわけにもいかないしな」
「何故!?」
そこまで意固地になって、今の部署にしがみつく必要性があるのか、正直分からない。そんなタカトの想いを汲み取るかのように、彼の上司は静かに語り続けた。
「今から十年近く前に、彼は両親を亡くしている。そのことに、あの変異型のアンストロンが絡んでいる」
「え……!?」
「まだあの時は今ほどではないが、凶悪化したアンストロンが引き起こす事件で死傷者が出ていてね。まだこの本部が出来ていない頃で、私も前線に出ていた頃だった……」
イーサンは過ぎ去った日々を懐かしむかのように、整った瞳を眩しそうに細めた。
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