Episode 37 消された事件の謎、浮上する謎
イーサンが言うには、ディーンの父――ジョセフ・マグワイア――はアストゥロ市にある研究所で働いていた、大変優秀な研究者だったそうだ。主にアンストロンの関わる研究に携わっており、原著論文も数多く発表している。ルラキス星の人々の為に研究の日々を送っていた彼は、正に研究者の鏡だった。
今から七年前。職場関係の祝賀会に参加する予定で、マグワイア夫妻が共に会場へと向かう途中、乗り合わせたリビテート・カーが事故を起こし、突然二人共亡くなってしまった。車は大破し、二人ともほぼ即死状態だった。当時はまだ判明していないことが多かったため、表向き運転していたアンストロンの不具合によるものという、ただの事故案件として片付けられた。
後日、そのアンストロンから謎のウイルスが発見された。まだ名前さえ知られていない、未確認生物だった。それを誰かが何らかの形でアンストロンへと感染させ、意図的に事故を起こさせたのではないかという疑いが浮上した。これが現在起きたことであれば、限りなく黒に近かっただろう。
だが、その件については何故か表には出なかった。恐らく、スキャンダルを気にした研究所のトップが、金の力を使って闇に葬ったと思われる。不都合なことがあれば権力でねじ伏せる。そのような大物は、いつの世にも存在するものだ。
そして、原因と疑われたそのウイルス自体も、いつの間にか何者かによって株という株を全て持ち去られていたため、この研究所には現在残されていない――まるで、最初から何もなかったかのように。
以後、この事件の詳細に関しては一切不問とされたまま、七年もの歳月が流れていた――
◇◆◇◆◇◆
扱う対象が人間でない以上、警察は手が出せない。警察なんて実質あてにならないし、誰にも頼れない。
真実は自分で見付け出すしかない。
掴み取るしかない。己のこの手で……。
「彼は知りたいと強く願っているんだ。何故アンストロンを凶悪化させるような者がいるのかを。そして、スカーレットを殺した真の犯人は誰なのかを。だから、何も言わずにずっと最前線で立ち向かい続けている」
「……そうだったんすか……」
あまりのことに、タカトはそれ以外言葉が見つからなかった。ディーンの背負うものがあまりにも重過ぎて、何と言えば良いのか、正直分からない。だが、彼が今の仕事に執着する理由を、少しは理解出来た気がした。
両親に、恋人。
大切に想っていた家族が、近しい人が、みんな凶悪化アンストロンのために、次々と命を落としている。自分が同じ立場であれば、彼と同じく原因追及のために、意地になってでも今の仕事を続けているだろうと思う。そうでもして気を紛らわせていなければ、とうの昔に気が狂っていた……。
心を凍らせて、感情を凍らせて、涙さえ凍らせて……彼は必死になって模索しながら戦いの日々を送っている。ハイスクールを卒業してからずっと――最初はエージェント養成所に行きながらだったと思われるが――休まず戦い続ける日々。
そして、そんな渦中に出会った愛する人との非業の別れ……顔には一切出さないが、肉体的のみならず精神的な疲労が、常に溜まり続けていたのだろう。
言葉にして語るには辛い想いさえ、一滴もこぼれぬよう蓋をして。
声もあげず、理性で強引に抑え込んで。
どんなに苦しい思いをしてきたのだろう。
そう思うと、彼のトレードマークとも言える真っ黒なコートを翻した広い背中が、癒えない生傷で埋め尽くされているように見えた。とてもではないが、癒やすのに時は何の役にもたたないだろう。
「タカト。話し忘れていたことがある」
そこへ、話を再開したイーサンの声が聞こえてきたため、タカトは思考をふと現在へと呼び戻した。
「?」
「偶然だが、スカーレットは髪の色や瞳の色が君と同じだった。赤が好きで、良く赤い服を良く身に着けていたのだよ」
「え……? マジかよ……」
タカトは再び言葉をつまらせた。他人の空似とか、世の中似ている人は三人いるとはよく言うが、趣味嗜好や特徴的なものが似ることって、果たしてあるのだろうか?
「君は確か、元々アイカラーは暗褐色だった筈だが……今、カラーコンタクトを付けている訳ではないのだな?」
「歴とした裸眼っすよ。もうすっかり慣れたけど」
「私は昔の君を知っているからさほど気にならなかったが、知らない者にとっては驚いても仕方がない。今の君の瞳の色は、スカーレットと全く同じ色だ。この都市では珍しい色だからな」
言われてみれば、アストゥロ市内を出歩いても、自分のようなアイカラーを持つ者に出会った試しがなかった。今まで全く気にしていなかったため、考えたことさえなかったが。
(待てよ。この眼球のドナーは一体誰だ……?)
三年前のあの時は時間がなくて、行った病院で状態的に使用可能だった培養眼が、偶然それしかなかった。怪我のために両目とも視力が悪化していて良く見えず、彼自身があまり理解出来ていなかったのだ。まさか、移植後に瞳の色が本来の色を取り戻さず、今の色のままになるとは、全く思っていなかったのである。
生まれつき暗褐色だった瞳。それが今やすっかり翡翠色と変わり、三年の月日が経つ。眼帯を外して初めて術後の自分の瞳を鏡で見た時ほど、肝をつぶしたことはなかった。天地がひっくり返ると思った。
二つの深緑の半透明な瞳が、自分を覗き込んでいる。今まで見たことのない、深淵を思わせるその美しい色合いに、つい引き込まれてしまいそうになる。自分の瞳の筈なのに、まるで他人の瞳。それは、何とも表現のしようのない、不思議な感覚だった。
そこへ、ルーム内の重苦しい空気を取り払うような明るい声が入り込んできた。その声の主は、焔色の瞳を持つ美女だった。
「今病院から連絡が入ったよ。
「そうなの……!? ああ良かったわシアーシャ!! まさか急変して、彼がそのまま植物人間状態になったらどうしようかと本気で思ったわ!!」
その場の温度が十度以上一気に跳ね上がったように感じた。ずっと気を揉んでいたナタリーは、すっかり涙ぐんでいる。そんな彼女の華奢な肩に、ロバートは大きな手を優しく置いた。
「ディーンは、そう簡単にくたばるほどヤワな男じゃない。鍛え方が違うからな。まぁでも、これで復帰の目処がたったようで、私も安心したよ」
「タカト。こちらのことはあたしたちに任せて、なるべく早く病院に行ってあげな。場所は今から教えるから……て、ほらほら、ぼさっとしてないで、君の端末をさっさと出して!」
「あ……ああ……分かった」
シアーシャは急かすようにして携帯端末を出させた。彼女は素早く操作し、タカトのそれに場所やらアクセスサイトのURLやらを、瞬時に送信した。全てお任せ状態だ。
「さ……さんきゅー。それじゃあ、今日はもう時間的に厳しいから、明日か明後日にでも行って……」
「明日でも明後日でも、君の相棒に早く顔を見せておあげ。君が来るのを、彼は待っているからさ。君のことをひどく心配しているだろうから……!」
「分かった分かった! 明日にでも行って来る!」
シアーシャはタカトの尻を叩かんばかりに追い立てた。
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