Episode 34 良いから早く飛べ!!

 タカトは、グローブをはめている右手の甲を左手で叩き、瞬時にハンドクローを出した。ぐっと力を込めると、それはゆらりと真っ赤な光に覆われる。


(一気にかたを付けてやる……!!)


「おらあああああっ!!」


 彼はそれを見た感じ一番脆弱そうな部分を目掛けて突き立てた。

 だが、何故か跳ね返されてしまう。

 空回りし、タカトは思わずバランスを崩しそうになった。


 「!?」


 標的が予想以上に頑強な作りなのか、中々思ったような感触が得られない。

 何度か試してみたが、出来て引っかき傷程度だ。

 細やかだが苛立ちを感じ、舌打ちをした。


 (クッソー!! コイツでは威力不足か……ヤツの鼻っ柱にある〝コア〟を抜き取れば良いってだけなのによぉ。中々上手くいかねぇ……!! )


『〝レオン〟』


 その時、相方の平板な声が〝レティナ・コール〟経由で聞こえてきた。いつもと変わらず抑揚のない声の筈なのに、どこか己の身を案じる雰囲気が伝わって来るのが不思議だ。


『見たところ、恐らく、君の今の得物を使った接近戦は厳しそうだ』

『悔しいが、否定できねぇ……くそっ!』

『ところで君は銃器を扱えるか?』

『前職で扱っていたから、どの機種も大体一通りは使えるぜ。一応な』

『そうか。ならば、僕の銃器を貸すから、それを使ってみろ』


 相方による突然の提案に、タカトは一瞬言葉を失った。今聞いたことが本当かどうか、耳を疑いたくなる。


『え? 良いのかよ!? でもそれって、腕の良いあんたが使った方が……』

『僕はこの場所からは動けない。君がかわりに使ってとどめを刺せ。良いな』


 それで果たして大丈夫なのか一瞬戸惑ったが、それ以外の選択肢がなかった。

 ディーンを信じて賭けるしかない。


『……分かったよ』

『君の亜空間収納に銃器を一挺移動させておいた。それを使え』


 (えええ!? バディ間で武器の貸し借りまで出来るなんて、そんなの知らなかったぞ!? )


 タカトはハンドクローを納め、こめかみに指をあてると、左手の中に硬く、冷たい感触を覚えた。それは、艷やかに光る真っ黒なボディーの、S&W M29の六・五インチ四四マグナムタイプに似た拳銃だった。彼が普段良く使う、エレガント且つコンパクトな形状をした愛銃とは随分異なる、がっちりとしたタイプである。


(おおお……この感触!! 久し振りに持つ機種だ。アイツ、マグナムも持っていたのかよ……!! 意外……!! )


 彼は興奮で胸が激しく波立った。身体の奥の方が、太陽を飲み込んだみたいに熱くなってくる。


『それは普通に発砲させるのにも使えるが、光線銃としても充分使える代物だ。今の現状を考えると、後者の方が良いだろう』

『で、俺は一体どうすりゃ良いんだ?』

『グリップのトリガーガードの当たりに赤いボタンがある筈だ。それを押せ。そうすれば、弾丸の種類が瞬時に変わる』


 タカトはディーンに言われるがまま、試しにボタンを押してみた。そして、標的としたアンストロンに向ってトリガーをじわじわとひいてみる。


 すると、凄まじい衝撃音とともに、赤い光が銃口から発せられ、目の前の真っ黒な金属面に大きな穴が開いた。両腕に跳ね返ってくる負担も半端ないが、我慢できないほどではなかった。


「……!!!!!!」


 それを見たタカトは目を大きく広げたままとなっている。

 瞳を閉じようとしても、閉じられない。

 破壊力が想像を遥かに越えていた。


『うっひゃー! コイツは凄え……!! 〝リーコス〟サンキュー。ありがたく使わせてもらうぜ!!』

『……』


 タカトは気を取り直し、己の視界に目的とするものを映像として浮かび上がらせた。そして、その周囲に弧を描くような線のイメージを脳内に浮かべる。

 やがて爪先に一気に力を加え、イメージ通りになるように銃口を動かした。

 ガンガンガンガンガンガン……照準に次々と大穴があいていった。

 時々標的が大きく動いて照準がずれそうになるが、タカトは一切の躊躇いなく銃爪を引き続けた。

 すると、金属が裂ける鈍い音が周囲に響き渡り、やがて、まるで真ん中だけはさみで、不器用に切り取ったかのような大穴が、ぽっかりと空いた。

 すると、その真ん中あたりに狙いのものが姿を現した。

 それは、握りこぶしより一回り小さな円柱状の塊だった。

 その周囲を取り囲むかのような配線コードの束を、ハンドクローで切断すると、やっとそれを本体から取り出すことが出来た。

 周囲にバチバチと大きな火花が散るが、電流は思ったほど感じない。

 感電しないレベルだった。


(おっしゃー! やっと終了ー!!)


 目的物の回収を終えたタカトは直ぐ様後退し、目の前にいるアンストロンから一気に距離を置こうとした。

 しかし、がくがくと更に大きく震えだしたその巨体は、彼を捕まえんとするかのように倒れてくる。


(うげ!! コイツはやべぇな……早くずらからねぇと……!!)


 何とかレビテート・ボードを操り、その場から逃げようと飛び続けるのだが、眼前に迫る巨体との距離は縮まるばかりだ。

 このままでは巻き込まれてしまう!

 心の中で舌打ちをしたその時……。


『〝レオン〟!!』


 相方の声がする方向へと顔を向けると、PWCを疾走させながら、ディーンが向って来るのが見えた。


『〝レオン〟。恐らくそのボードでは避け切れない。急いでこちらに飛び乗れ・・・・!!』


 タカトが乗るレビテート・ボードと、ディーンが乗るPWCの間はまだ結構な高さがある。

 高度は大分落としているが、三階建てビル程度はあるかもしれない。

 相方は何と、今いる上空から彼の元へ飛び降りろと言ってくるのだ。

 タカトの背中を鞭で強く打たれたかのような衝撃が走った。

 

『マジかよ!? 上手く乗れなかったらどうする!? 下手すると、あんたまで巻き込んじまう!!』

『君を必ず受け止める。良いから早く飛べ!!』


 珍しく声を荒立てる相方に驚きつつも、このままだと倒れてくるアンストロンに巻き込まれ、共に海中に突き落とされてしまう。

 それが分かっていたタカトは、ええいままよと、ボードを蹴った。


 身体全体に感じる風と、内臓が下から真っ直ぐに突き上げられるかのような浮遊感。

 目を開けていられず目を閉じたタカトは、無意識に両手を前に突き出した。

 この際、細かいことはどうでも良かった。

 

 すると、身体全体に強く衝撃が伝わり、それと共に背中に頼り甲斐のある腕の感触を感じた。

 ディーンはタカトを受けとめるのに成功した後、すぐにスロットルレバーをグッと握りアクセルを全開にしたまま、ハンドルを一気に急旋回させた。


 その途端、吹き飛ばされそうな位のGが身体全体に掛かり、振り落とされるのではないかという恐怖がタカトを襲った。

 体感速度は、恐らく百キロメートルは軽く超えているだろう。

 落下でもしようものなら、骨折レベルの生温さではすまされないかもしれない。

 落ちないよう、相手の上半身にしがみついた手に力をぐっと込めた。

 そして、まるで自分の身体へと固定するかのように、しっかりと支える相方の腕と身体を感じながら、ただひたすら衝撃に耐えていた。

 二人を乗せたPWCは飛ぶように海上を走り去ってゆく。


 ずずうううん……………


 彼らが脱出した後で、何かとてつもなく巨大なものが、大きな水飛沫をあげ、海面へと叩きつけられた。

 自重に堪えかねたかのように海の底へと沈んでゆくのは、先程まで海面上で暴れていた、巨大な鮫の形をした異形化アンストロンだった。


 ◇◆◇◆◇


 タカトとディーンが無事に窮地を脱したのを、少し離れた海上で見守っていたロバートは、相方の美女の肩に手を置いた。


「代わるよ。ナタリー。またライディングの腕を上げたな」

「そう? ありがと。あなたもね」

「どうやら一件落着のようだ。我々の任務は完了したから、ぼちぼち帰投の準備に入ろうか」

「あ~ん残念! これが仕事じゃなきゃもっと走りたいのに〜」


 後部座席に移動したナタリーは、座席に据わると、相方の腰に抱き着くかのように腕を回した。


「ねぇ、ロバート。やっぱり、ディーンは最近ちょっと変わった気がしない?」

「ああ。君もそう思うか?」

「何て言うか、ちょっとカドが取れた……とでも言えばいいのかしら? 表情や口調はそのままなんだけど、彼のまとう空気が、少し柔らかくなったような気がするのよ。やっとあのことから吹っ切れた・・・・・のかしら?」

「……だと良いのだがね」


 彼女の相方はどこか、歯切れが悪い。それを見たナタリーは、言葉をつまらせる。彼女にも、思い当たる何かがあるのだろう。


「?」

「最近の彼は、どこか不安定さを感じる。今のところ仕事には全く影響は出ていないようだが……」

「……そうね。それは私も若干感じる。やっぱり、が良い意味でも悪い意味でもディーンに影響を及ぼしているのかしら?」

「何があったのか知らんが、これから先、特に何も怒らなければ良いのだが……」


 ロバートの視線は、海の彼方へと走り去っていった、もう一組のバディの方へと向いていた。

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