Dual Hunters 〜赤と黒の牙〜

Episode 32 人間兵器かよ！？

　タカトは背中に走る衝撃とともに、何者かの手によって強引に力強く抱き寄せられる感じがしたところで、薄れかけていた意識を半分程度戻した。

「……？」

　身体が海面に叩きつけられるかと思ったが、いつまで経っても何故かその衝撃が来ないことに疑問を持つ。

　そして、強引に引き寄せられる勢いそのまま、ディーンの懐の中へと転がり込んだ。

　掴まるところがない。

　でも、このままだと振り落とされてしまう。

　思うように力の入らない腕で、ディーンの肩にかろうじてしがみついた。

　二人を乗せたPWCはそのまま白い飛沫を上げながら、鮫型アンストロンから一旦大きく距離を引き離しつつ、滑走し続けた。

　水に濡れた黒髪からしずくが垂れてきて、濡れた茶色の髪が張り付いた頬に落ちる。

　その感触で、タカトは相方の元に再び戻ってこれたことを自覚した。

　安心感が湧き上がると同時に、申し訳ない気持ちが込み上げて来て、顔がやや俯き加減になる。

「痛っ……すまねぇ……俺としたことが……失敗した……」

『気分は大丈夫か？　顔色があまり良くないが』

「何とか……頭の中……何か響いてるし……耳が……おかしい……」

『そうか。どうやら君はあのアンストロンのどこかに仕掛けられているだろう、音響兵器でやられたようだな。三半規管がイカれているようだが、恐らく一時的なものだろう。落ち着くまでそのまま僕につかまっていろ』

　ディーンはいつもと変わらず無表情で、抑揚のない声だった。

　しかし、己の腰をしっかりと支える相方の右腕から、じんわりとした温もりが伝わってくる。その相乗効果があったためか、不思議と安心感に包まれていた。

『君が上空にいる間、後ろから回って様子を見ていた。どうやら相手はこちらが想像する以上に動きが俊敏のようだ。何より厄介なのは、君がやられたあの〝音〟だ。あれを何とかせねばならないな』

　危険を回避出来て安堵した途端、タカトはふと我に返った。意識がやっとはっきり戻ったようだ。

　己が現在しがみついているのは、ディーンの肩である。その上、相手の膝の上に横座りした状態だった。

　一方相方は右腕でタカトの腰を抱き抱えるようにして、ほぼ左ハンドルのみでPWCの操縦をしている。

　それも息一つ切らさず、至って平然としたまま。

　ウエットスーツ越しとは言え、意外に思うほどの胸の厚さといい、首から肩にかけてほどよくついた筋肉と言い、嫌でも自分の身体で感じ取れてしまう。

　身長差は五センチメートル位しかないため、さほど体格差はないと、タカトは勝手に思い込んでいた。

(くっそ～俺、何かカッコ悪！！　一方的だが、色んな意味でこいつに負けた気がするぜ！　……と言うより、この体勢は物凄んげぇ恥ずかしいんだけど……！！　)

　彼がそう思うのも無理はない。

　端から見ると男にお姫様抱っこされている状態だ。

　緊急事態で仕方がないとは言え、される側は小っ恥ずかしいことこの上ない。

　タカトは肩越しでディーンにぼそぼそと訴えた。

「えっと……そろそろ……手ぇ離してくんねぇか？　このままじゃあ、あんたもハンドル操作しにくいだろうし……」

『めまいは大丈夫なのか？　片手でも推力のコントロールを出来るようにしているから、僕はどちらでも構わないが』

　どうやらこのPWCには片手操縦を可能にする、リバースアシストシステムが備え付けられているようだ。しかし、いつまでも相手の手を煩わせる訳にもいかない。

「ああ……何とかする。あんたのお陰で少し気分は楽になったし、めまいも落ち着いてきたみたいだし」

『分かった。移動の際、落ちないように気を付けろよ』

　右腕による拘束が解かれた彼は、再び呼び寄せたレビテート・ボードに両足のみ固定する要領で宙に浮きながら、後部座席へと移動する。

　そして落ちないよう、相方の腰に再び掴まった。　

　今度はまるで背中からハグしているような感じだなと彼は改めてゲンナリしたが、安全のためだ。仕方がない。海に落ちたら骨折どころでは済まされないのだ。

『もう少しで〝リュラ〟達がこちらに向かってくる筈だ。彼女達と合流した方が良いだろう』

「……了ー解！　そうだ、ヤツの〝コア〟の場所、見つけたぜ」

『そうか。それなら、タイミングを何とかして作らないとな。それまでは、先方の動きを見切るために走行する。……落ちるなよ』

「へいへい！！　あの厄介な〝音〟さえ何とか出来りゃあ、イケると思うぜ！！」

　そこで、ディーンはタカトが思わず絶句することを口にした。

『IDチップで呼び寄せれば、亜空間収納よりイヤープラグも出せる筈だ。これからはそれを使うといい。長期間の連続使用は厳しいが、一時的には効果がある』

「え！！　マジ！？　そんなモノまで出せるのか！？」

(だったら早く知りたかったぜ……知ってたらあんな恥ずかしい目に合わずにすんだってのによぉ……)

　よく見ると、ディーンの両耳が黒い丸いもので覆われている。彼の言うイヤープラグはそれのことだろう。どうやら、使えるタイプは両耳の上から覆う形で、どんな周波数の音波さえシャットアウト可能である、強力なものらしい。身体に残る、相方のたくましい腕と胸の感触を思い出すと顔から火が出そうになった。二度とあんなヘマはするものかと、彼は強く心に決めた。

　◇◆◇◆◇

「待たせたな。〝レオン〟！　〝リーコス〟！！」

「サポートに来たわよ！　あら〜！！　二人ともスーツが良く似合ってるわねぇ！　きゃーかっこいい！！」

　タカトが声のする方向を向くと、まっ白なボディーカラーのPWCが一艇、波の上にゆらゆらと浮かんでいた。一人は黒髪の短髪で、緑色のロングジョンタイプのウェットスーツをまとった伊達男。もう一人はピンクブラウンのセミロングヘアで、黄色いシーガルタイプのウェットスーツをまとった美女である。こちらのメインライダーはロバートのようだ。二人とも黒のゴーグルをつけている。ナタリーはやけにテンションが高そうだ。

「ああ。二人とも援護に感謝する。今回の標的に関してはある程度調べがついたのだが、決定打を打つには君達の力が必要だ」

「〝レティナ・コール〟で聞いた通りなら、私の出番のようね！　任せておいて！！」

　ナタリーは自信ありげにくびれた腰に手をあて、長いまつ毛に覆われたピンク色の瞳をウインクした。そんな彼女にロバートは唇の端をくいっと上げながら穏やかな口調で促した。

「〝リュラ〟。準備は出来ているか？」

「ええ。コンディションは万全！　いつでもOKよ〝スパティ〟」

「あの巨大鮫モドキに、たっぷりと君の美声（・・）を聞かせてやるんだ」

「OK！！　耳を塞ぐのを忘れないでね！」

「〝リーコス〟達にも伝えておく。私が合図したら作戦開始だ」

　ロバートは即座に己のこめかみに指をやった。すると亜空間から緑色のイヤープラグが出現し、彼の両耳を覆い、ガードした。それに倣い、タカトも真似をしてみると、あっという間に両耳は赤のイヤープラグですっぽりと覆われた。

　◇◆◇◆◇

　黄色と緑色のウェットスーツの男女を乗せた白のPWCは、水飛沫を上げながら、あっという間に鮫型アンストロンの近くまで辿り着いた。ロバートが止めた位置で、ナタリーはすらりと立ち上がる。

　彼女はこめかみに指をあてると、右耳の付近に黄色のインカムマイクが出現した。彼女の目を覆うゴーグル上に丸や三角や四角と言った、様々な模様が現れる。どうやら狙いのものの場所を定めたようだ。再び目を開くと、標的とする巨大化した機械知性体を睨み付けた。

「目標を射程圏内に捕捉。照準完了！　さあ、行くわよ～！」

　彼女は大きく深呼吸し、赤い唇を縦に大きく開いた。すると、その口からは歌声が流れて来た。

「眠れ♪　さあ眠れ♪　わたしの可愛い、可愛い坊や♪」　

　黄色のウェットスーツを身にまとった美女が、PWC上で何とララバイを歌い始めたのだ。コロラトゥーラ・ソプラノの美声が、周囲に大音響で響き渡る。彼女の乗るPWC周囲の水面に同円上の波が次々と発生しており、ただの歌声でないことが良く分かる。

「もう眠る時間よ♪　可愛い坊や♪　明日、またママと一緒に遊びましょう♪」

　それを聞いていた巨大鮫モドキは、最初は何ともなかったようだが、ある時急に胴体を硬直させた。まるで痙攣を起こしているかのように、その巨体を震わせている。

「さあ、いい子ね♪　お目々を閉じてお休み♪」

　その周囲に波が次々と発生し、大津波が発生している。それを避けるようにディーン達の乗るPWCは走り回った。ロバート達のそれは、波を避けながらもなるべくアンストロンの近くを走行した。

「今日はもう疲れたでしょう♪　誰も邪魔しないから♪　ぐっすりとお休み♪」

　やがて、ビシビシと何かにヒビが入る音が聞こえ、メキメキッと割れる音が周囲に響き渡った。巨大鮫モドキの外見上は一見、変化は見られないが、やがて背びれあたりからパチパチと火花が飛び、もくもくとまっ白な煙が発生し始めた。どうやら、何かの装置が破壊された模様である。

「――もう大丈夫。手応えがあったし、何の周波数も感じなくなったのを確認したわ。〝音〟でこちらへの攻撃はもう出来ない筈よ」

　ウインクを決めた彼女を見て、タカトは咄嗟にロバートが以前話していたことを思い出した。

　――〝リュラ〟は歌い上戸。だから、止めておいた方が身のためだぞ〝レオン〟。生身の人間は即昏倒すること必至だ――

　まさかナタリーが己の歌声を増幅させて物質を破壊する力を持つとは思っていなかった。彼女は自分の歌声で、アンストロンに搭載されていた音響兵器を破壊してくれたようである。ありがたいが、顔面から血の気が引く思いがする。

　戦慄のララバイ。

　最早人間兵器と言っても良い。

　タカトはロバートが言ってたことを、絶対に忘れないようにしようと、心に決めた。

「どうやら、君の声は、標的のサイズ自体にはあまり影響しないようだな。相手が痺れるあまり弾けてしまうほど、素晴らしい一曲だったようだ」

「うふふ♡」

　白のPWCに乗ったバディ達は、そんなタカトの心中に気付いているのか不明だが、作戦が成功したことの喜びを二人で分かち合っていた。