Episode 31 謎の音、迫る

 久し振りのPWCの走行に、タカトは上機嫌だった。

 風を切る爽快感に、波に乗っている感覚。

 地上を走るより二・三倍以上のスピード感を感じられるこの感覚。

 自分がメインライダーであれば好きに操縦出来る為、もっと最高だったに違いない。

 しかし、実際に乗れるのはランアバウトタイプであるこれ一艘のみである。

 どちらか片方しかライダーになれない。

 ただ、今回は遊びで来ている訳ではないため、取り敢えずこれから先どう作戦を立てようかと頭を捻っていた。


 そんな中、ハンドル操作をしながらしばらく無言を貫いていたディーンが突然、ハンドルを右に旋回した。

 Gがかかり、反射的に彼の胴に背中からしがみつく。

 転落防止に備えたタカトは、ついその反対方向の水面へと視線をやった。

 今のところ、特に異変はなさそうだが、何とも怪しい匂いがしてならない。


「〝リーコス〟大丈夫か? ひょっとして……?」

「ああ。どうやらそのようだな。しばらく海の底に隠れていたに違いない。あまり接近し過ぎると引き波にやられるから、注意が必要だな」


 水面に何かが近付いてくる。

 真っ黒い何かだ。

 何故か音がしない。

 タカトは何とも言えない不気味さを感じ、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 なるべくそれから距離をとるように、船体は走行してゆく。

 そのものから離れ過ぎぬよう、近付き過ぎぬよう、ディーンの手による絶妙なハンドル操作が続いた。

 

 やがて、左手の方にまっ白な波が現れたと思いきや、突然、ザバリと大きな水飛沫を上げつつ、黒い物体が水面上に現れた。

 それは、背中に背びれのようなものをつけた、流線型の巨大魚だった。ホオジロザメに形は似ているようだが、何よりもサイズが大きい。ざっと見たところ、全長は二十階建てのビル位はある。


「!!」


 ディーンは更に右へと旋回し、危険を回避する為、その巨体からなるべく距離をとった。そのあまりの大きさに、タカトは口を開けたままになっている。


「こいつはでけぇな……確かパウエルさんは、全長が五十メートル超えの巨大鮫って言ってたよな?」

「ああ。これは嘗てチキュウに存在し、絶滅したと言われる古代鮫〝メガロドン〟より大きそうだ」


 メガロドンとは、嘗て古代のチキュウに生息し、史上最大のサメとして知られている巨大鮫の名前である。白亜紀初期にホホジロザメから分岐して絶滅したと言われており、軟骨魚類である為化石は歯と椎骨くらいしか発見されておらず、研究が難航したそうだ。推測して体長は少なくとも十五メートルから二十メートルにも達したとされている。また、その歯はノコギリ状で、その大きさは長さ約十八センチメートルと、人間の手の平くらいのサイズと言われている。


「あれは背びれだな」

「ああ。すげぇな。背びれだけでも、軽く四メートルはありそうだぜ……」

「恐らく、尾は六メートル位はあるだろう。メガロドンのニ倍以上は軽くあるから、体重は百トン、噛む力は二十トン以上はあるだろうな。恐らく。あんなのに襲われたら、ひとたまりもない……」


 自分達が今相手をしないといけないのはその階魚の二倍以上は大きい巨大なものだ。これだけ大きいのに、何故浮上した際異様に静かだったのだろう。外側に騒音軽減のため吸音タイルでも貼られているのだろうか? 詳細は不明である。

 これがカルディファ地区のサーファー達や海水浴を楽しむ客を襲っているのだから、何とかして対処せねばなるまい。


 さて、どうしようか。


 その時、タカトはふと何かを思い付き、相方の広い肩を手で叩いて合図した。


「なぁ〝リーコス〟。俺ちょっと試したいことがあるんだけどよ……」

「どういうものだ?」

「ええっと……」


 タカトは、以前倒した巨大ムカデ化したアンストロンの時と似たような作戦方法はどうかと提案した。それに対し、ディーンは首を縦にも横にも振らず、ただ一言「やってみれば良い」としか言わなかった。前後に座っているため顔は見えないが、別段反対しているわけでもなさそうである。


 相方のあまりにも自然過ぎる反応に、タカトは目を丸くした。前は話すらまともに出来ず、顔すら合わせようとしなかった。それが今は背中越しとは言え、普通に会話が成り立っている。いつもと違う雰囲気にすっかり拍子抜けしてしまい、タカトは却って身体中がかゆくなりそうになった。


「どうした?」

「いや……あんたにてっきり反対されっかなぁと思ってたものだから、拍子抜けしちまって……ははは」

「初めて対応するケースの対処法に関して、良いとも悪いとも言えないからな。他に手を打つにしても、相手の動きが分からない以上は何も出来ない。僕なりに考えはあるが、先ずは君が考えたことを実行に移してみよう……そう思っただけだ」


 声質も言い方もいつもと変わらないが、どこか柔らかくなった気がするのは気のせいだろうか?


「それじゃあ、準備すっからよ。出来るだけ飛ばしてくれ〝リーコス〟!」

「……了解した」


 ディーンはスロットルレバーをグッと握り、アクセルを全開にした。


 ◇◆◇◆◇


 タカトは己のこめかみに指をあて、こっそりと口笛を吹いた。すると、まるで飼い犬のように亜空間収納から赤いレビテート・ボードが突然彼の目の前に飛んで来た。それに両足を乗せ、ふよふよと上空へと舞い上がる。


「それじゃあ、ちょいと上から行ってくるぜ。あとは任せた!」

「何が起こるか分からないから、気を付けろ。何かあったら〝コール〟で僕をすぐに呼べ。良いな」

「おうよ!」


 右手をひらひらと振って合図した後、タカトはレビテート・ボードを操り、その上空からまずは標的とする相手の全長を眺めた。相手は幸い、まだ自分達の存在に気付いていないようである。


(コイツはでけえ……!! まぁ、あり得ねぇだろうけど、こんなのが万が一浅瀬まで来たらひとたまりもねぇな! )


 それから、相手の弱点の場所を確認する。「鮫は鼻柱が弱点」とディーンから聞いたのを思い出し、どこだろうかと目を瞬かせた。


 すると、突然、巨大鮫モドキの背びれ近くに穴が空き、そこから突然水柱が立った。


「!!」


 タカトは慌ててリビテート・ボードを操作し、それをかろうじて避けた。

 その水柱は十メートル位上がった。

 水圧によっては身体に穴があく。

 油断は禁物だ。


 (やべ! これはひょっとして……勘付かれたか!? とゆーより、何故コイツ潮を吹いてるんだ? クジラじゃあるめえし! )


 すると、それまで大人しかった巨大鮫モドキが突然頭部を上げ、空中に浮いているタカトに向って大きな顎を開けてくるではないか! 頭部は十メートル位ありそうだ。

 何枚もある牙は、平らな板状で、その両ふちにはステーキナイフのような多数の細かな「ギザギザ」がある。これでがぶりとやられたら、ひとたまりもないだろう。


 背中に汗が一筋流れてゆく。


(うげっ! やっぱりバレてる――!! コイツは逃げねぇとマジでヤバい……!! )


 アンストロンが体当たりしてきたところで、彼は後退し、かろうじて避けた。

 右に左に跳ね上がる大きな水飛沫さえ巻き込まれぬよう避け続け、赤のボードは空中を飛んでゆく。


 (そうだ! こいつはアンストロンの筈だから、今のうちに〝コア〟と〝カルマ〟の位置を確認しておかねぇと! )


 タカトは咄嗟にこめかみに指をあてた。

 すると、いつものように、頭の奥底から熱い塊が吹き上げてくるような感じがした。

 目の奥にかかる熱と圧力が一気にひいて来る。

 静かに目を開けたタカトの瞳が、瞬時に翡翠色から金色に変化した。


 大きな顎を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返しながら襲いかかってくる標的を上手にかわしつつ、タカトは見下ろすように斜め上からじっと見つめた。

 彼の視野に映る鮫モドキの鼻柱のあたりに、何かが光って視えてきた。

 強く念じると、そこから浮かび上がってきた円柱状の映像が、彼の瞳に呼応するかのように少しずつ鮮明になってきた。

 握りこぶしより一回り小さな円柱状の塊だ。

 タカトは思わずサムズアップしたくなったが、その気持ちを抑え込んだ。


 (コイツをさっさと引きずり出してやる! )


 タカトは気を集中した。

 ところが、次の瞬間、何か変な音が聞こえた気がした。

 耳からではなく、直接脳内にぐわわんと響き渡る感じだ。

 今まで聞いたことのない音で、聞いていて、正直あまり気持ちの良いものではない。


 (……何だ? ……この〝音〟……!? )


 急に身体が動かなくなり、目の前の風景がぐらりと揺らめいた。

 平衡感覚がおかしい。

 真っ直ぐに立てない。

 己の身体がボードからずり落ちかけているのは分かっているが、身体が言うことを聞かないのだ。


 (何だこれ……気持ち悪……!! めまいが……!! )


 あっという間に視界が上下逆転し、海へと真っ逆さまになる。


『〝レオン〟!!』


 耳元でディーンの声が聞こえたような気がしたが、意識が半分失われかけているタカトは、返事すら出来なかった。

 

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