Episode 30 怪しい影現る

 翌日。タカト達は朝食を簡単に済ませた後、それぞれ二手に分かれて調査を進めた。昼下がりになった頃、それぞれ聞き込みや調べ上げたことについて、互いに情報共有していた。


「――ところで〝レオン〟。昨日と今朝の視察で、何か気になることはなかったか?」

「昨日の感じではまだ海自体にこれと言った異変はなかったぜ。観光客や現地の人に話を聞いても、パイエアさんから聞いたこととほぼ同じか、ここ数日変わりはねぇということだけだった」

「……」

「ただ、俺的にはそろそろんじゃねぇかという気がしてならねぇ」

「……そうか。その根拠は?」

「今朝海まで行ってきたが、ちょっと匂いが違ったんだよ。微妙な程度だがな。ただの偶然かもしれん。ただ、今日は前回ソレが出没してちょうど一ヶ月目にあたる――ひょっとしたら今日こそ鮫モドキに会えるかもしれねぇな!」


 タカトは得意げな顔をして、まるで犬のように鼻を鳴らしている。理論付けでことを進めるディーンとは異なり、本能的に察するもので判断する彼は、文字通り野性的だ。それを聞いた後、彼は表情一つ変えずに平板な声で答えた。


「そうか。なら、今からそれを確かめるために、海まで行ってみるか?」

「? 行ったとしても、一体どうする気か? まさかダイビングでもする気か?」

「……いや、あくまでも水上からだ。ところで、君はパーソナルウォータークラフト(以下PWCと略す。いわゆる水上バイクのこと)のライセンスはあるか?」

「あ? ……ああ……ライセンスは持ってるぜ。てか、持ってねぇと俺今ここにいねぇんだけど? 〝執行部〟に配属される為に必要な資格の一つなんだし……」

「操船経験は?」

「ある。前職でも何回か操船した」

「……分かった。指令通りのものは全て持ってきたか?」

「忘れ物はねぇぜ。……突然持ち物検査なんか始めて、一体どうしたんだよ?」


 すると、ディーンは右のこめかみになって指をあて、誰かと連絡を取り始めた。こちらからは何も聞こえないが、恐らく、レティナ・コールを利用して外部と連絡をとっているのだろう。やがて、話を終えた後、椅子から腰を上げた。そして部屋の鍵を控え、そのままドアに向かって颯爽と歩いてゆく。


「パイエアさんに僕達が使いたいものがあるか、今から直接行って色々確認してくる。それまで君は海上を走る為の・・・・・・・準備を先にしておいてくれ。それから……」


(え? マジかよ!? )


 あまりの話の飛びように、タカトの目が点になる。

 相方が鬼のようにテキパキと指示を出してゆくのに対し、彼はただ黙ってついていくしかなかった。


 ◇◆◇◆◇


 それから一時間位過ぎた頃、桟橋に向かう二人の青年の姿があった。彼らはそれぞれウェットスーツを着込んでいるが、比較的高身長でスタイルが良いのが見て取れる。通り過ぎざま振り返っては、彼らの後ろ姿を見つめずにはいられなかった女性客が何人も出た。


 一人は赤のショートタッパー((注)半袖の上着のことである)に白のウェットパンツ、上から白に赤のラインが入ったライフジャケットに赤のグローブ、赤のブーツという出で立ちだった。目を守る為、ゴーグルタイプの黒いサングラスをかけている。


 それに対しもう一人は顔面をアイバイザーで覆い、黒のショートタッパーに黒のウェットパンツ、上から黒のライフジャケットにグローブ、ブーツと、相変わらずの黒尽くしだった。


「確認したところ、PWCは生憎だが、ランアバウトタイプの一艇しか空きがなかった。相乗りになるが、我慢してくれ」


 (タンデム二人乗りか……まぁ、ねぇよりマシってヤツ? )


 タカトは、前職でスタンディングタイプのPWCを乗り回すことが何回かあった。

 水面を切り裂く圧倒的なスピード感。

 風を切り、波間を駆け抜ける爽快感。

 陸の上よりも自由に走り回れる開放感。

 まるでジャンプしているようなスリル感。

 仕事で乗っていたとは言え、クセになる楽しさがあったのを良く覚えている。

 今回はランアバウトタイプらしい。こちらは初乗りであるが、以前の感覚を思い出せば、何とかなるだろう。


(恐らく、メインライダーはあいつだろうしな。俺が操船する訳じゃあねぇし)


 第一、これは借り物であり、セーラス所有船ではない。

 以前レビテート・カーであったように、ダブル操縦とまではいかないだろう。恐らく。


 そうあれこれ考えごとをしていたタカトの耳に、ガラスの上に爪を立てたような、悲鳴と騒音が飛び込んできた。凄まじいサイレンの音が鳴り響いている。二人共、音が聞こえた方向へ反射的に顔を向け、構えをとった。


「まさか……!! 現れたのか?」

「……どうやらそのようだな。急ぐぞ〝レオン〟」


 そんな二人の元へ、まるで打ち合わせでもしたかのように、現地スタッフと思われる女性が走ってきていた。彼女は息を切らしており、転びそうになっている。その顔はすっかり青ざめており、ディーン達の顔を見るとすがるような表情を向けてきた。


「ああ……良かった! お二人共、こちらです。先程ご連絡頂いた準備は出来ておりますので、どうぞお急ぎ下さい!!」


 二人は女性スタッフに導かれるままに、急いで目的地へと向かった。


 ◇◆◇◆◇


 道路を走り抜け、海へと繋がっている砂地へと向かっていると、目の前に目的地が近付いてきた。タカトが昨日見た桟橋と同じだった。


 その桟橋には、ネオンブルーのラインの入った、艶のある漆黒ボディーのPWCが一艇横付けされているのが見える。それはウェーブランナーのFX SVHOに似たような形態をしており、中々スタイリッシュでクールだ。


 男性スタッフが桟橋にてPWCの準備を終え、二人を待ち構えていた。彼に聞けば、艇体外部、内部、推進部の点検は既に済んでいるとのことだった。


 ディーンの後から続くように乗船してみると、久し振りの浮遊感がタカトの足元から伝わって来た。

 

「急ぐぞ。もう出しても大丈夫か?」

「おうよ!」

「落とされるなよ」

「分かってらあ!」


 ディーンは緊急エンジン停止コードを左手首に取り付けた後、緊急エンジン停止スイッチにロックプレートを取り付けた。それからスロットルレバーを放した状態で、赤色のエンジン始動スイッチを押して、エンジンをかけた。


 ブルルルッ 

 ドッドッドッドッ


 身体全体に響き渡るような振動とエンジン音がなってしばらく経った後、二人を乗せた黒のPWCは桟橋を一気に離れた。

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