Episode 27 怪魚の謎、揺れる心
燦々と照りつける太陽。
肌をじりじりと焼き付けてくるような暑さ。
青碧の宝石を思わせる海。
どこまでも続く真っ白な砂浜。
絶えず打ち寄せてくる波。
それは妖艶な美しい人魚が、男を海の底へと誘い込むような誘惑さえ感じられる程だ。
タカトはジーンズのポケットに両手を入れながら、カルディファのビーチを一人歩いていた。事件の現場付近と思われる場所を、実際に調べるのが目的だ。今日は時間があまりないので、まずは陸地の見聞といったところである。
海水浴場は人々による、賑やかな声で満ち溢れていた。パイエアから聞いただけだと、鮫を恐れてもっと少ないかと思っていたが、観光客の数は予想に反して多そうである。
(意外と人は多いようだな……)
鮫騒動は主に、海上のサーファー達が狙われるケースが多いからだろうか。真っ白な砂地の上にシェードが点在している。長く広い砂浜で日光浴をする人は割と多かった。浅瀬のところで遊んでいる、水着姿の観光客もいる。
白い砂に埋め込まれそうになる感触を足裏に感じながら、タカトは独りごちた。
「あ~あ残念! 仕事じゃなきゃあパラダイスなのによぉ!」
天気は憎らしい位、良く晴れている。
露出度の高い色とりどりの水着を身に着けた若い女性達が、前も後ろもゆさゆさと揺さぶりながら闊歩する様は、正直言って目の毒だ。
「あっちにもこっちにも!! 何も気にすることなく豪華絢爛な景色が拝めるのに!! あ~こんちきしょう!!」
(といっても、バカンスに来ている訳じゃあねぇからなぁ……分かってるんだけどよぉ……とほほ……)
仕事でなければ、水着一枚で思いっきり泳いだり、浜辺で寝転がりながらビキニ美女の肢体をじっくりと堪能したり、あわよくばひと夏のアヴァンチュールが楽しめる可能性も大いにある。
(マジでタイミングが悪ぃんだよなぁ……なぁんでこういう時に限って良い天気なんだよ……)
大空から見下ろしてくる太陽を、つい睨みつけたくなった。しかし、そういう個人的な理由で一方的に八つ当たりされても、太陽だってはた迷惑だろう。
しばらく砂浜を歩いていると、沖に向かって延びる木造の桟橋が見えてきた。単純桟橋のようである。良く見ると、五百メートル先当たりで、途中から崩れ落ちている。何かによって強引に食い千切られたようだ。その切れ端に向かって波が叩きつけられるかのように、まっ白な飛沫を上げている。
ふと視線をずらすと、桟橋の手前に黄色い標識が立っている。それには黒文字で「
(ひょっとして、これが例のアンストロンの仕業だとしたら……)
しかし、五百メートル先位までは鮫は攻めて来られるものだろうか?
それとも、他の生物の仕業によるものだろうか?
現時点では良く分からない。
全長が五十メートルはあるという巨大なものが、浅瀬に出没する確率は遥かに低く、常識的には考えられない。どう考えても深海だろう――生物であれば。
鮫自体、呼吸の都合上必要以上に浅瀬に来ると座礁してしまうため、浅い区域までは泳いで来ない筈である。だが、今回の相手は、生物のように異形変化した機械知性体だ。浅い区域まで侵入してくる可能性がゼロとは言い切れない。
(少なくとも、今俺が歩いている場所に関して言うなら、陸の上ならば被害に遭遇する確率は低い……ということか)
しかし、二・三日程度の期間内で果たして決着がつくのだろうか? いつまで期間がかかるのかまでは良く分からないが、上層部が想定して来たということは、恐らく、何らかの見当はついてそうである。そんな彼の脳裏に、部屋に籠もって調べ物に勤しむ相棒の姿がふと浮かんだ。
(長くなれば長くなるほど、あいつと二人っきりということか……まぁ、今に始まったことじゃあねぇから、別に構わねぇけどよ)
何だかんだ言って、ディーンとバディを組まされて四ヶ月の時間が過ぎ去って行った。表情も感情も一切表に出さない相手であるため、彼が一体何を考えているのか、最初はさっぱり分からなかった。
戸惑うことも多かったが、今はそこまで違和感を感じなくなった。良い意味でも悪い意味でも〝慣れ〟たせいかもしれない――強引に〝慣らされた〟感もあるが。
(最近になって、あいつの機嫌程度なら何となく分かるようになった気がする……良く分かんねぇけど!)
彼とは任務中でしか一緒じゃないため、人柄がイマイチ分かりづらい。仕事については責任感が強く、大変有能なのが良く分かる。何だかんだ言って的確な助言はくれるし、本気でまずい場合は自分を助けてくれる。きっと、元々優しい性格なのだろう。いつの間にか、彼に対して最初に感じていた警戒心は、雪が溶けるように消えてなくなっていた。
(そー言えば、家族の話とか全然したことなかったな。する必要もねぇと思ってたし)
多忙な日々を送る中、ゆっくり会話する機会さえなかった。相手のことを知る機会すら得ることもなく、そのままずるずるときている状態である。
そこでイーサンとシアーシャに言われたことを思い出し、タカトは首を傾げた。
――ディーンは文字通り〝一匹狼〟タイプだ。別に悪い人間ではない。ただ、人を寄せ付けない壁を作る男だ。プライベートに関わるから詳細は話せないが、彼は訳あってうちにいる――
――あの時は、まだ〝もの静かで一人を好むタイプ〟という位だったかな。今ほど人を全く寄せ付けない雰囲気まではなかったのだよ――
――それはもう過去の話さ。悪いが、これ以上はあたしからは言えない。いずれ分かることだが、今はまだ早い――
恐らく、口振りから察するに、セーラス本部に来たばかりの彼は、今ほど他人を避けるような性格ではなかったに違いない。きっと何か理由があって、今のように変わってしまったのだろう。その理由を知りたいような、知りたくないような……そんな気持ちが内心でうごめいている。
互いの家庭環境を知ることは、相手を深く理解する役に立つとは良く言ったものだ。恐らく、知っておいた方が今後の為にもなるだろう。しかし、施設育ちな上、兄弟さえいない自分には、これと言って話せる内容さえない。己の持つ情報があまりにも乏しいことに気付き、今まで感じたことのない、妙な寂寥感を感じた。
(酒が飲めるかも分かんねぇから、呑みに誘うことも出来ねぇし。でも話に乗ってくるとも思えねぇから、俺達の場合はそれ以前の問題か……)
ため息を付きつつ、さざ波の音に耳を澄ませていると、潮風が心地よく吹いてきて、鼻をくすぐっていった。むずむずしてきて、盛大なくしゃみをする。
(あー! 何だか面倒くせぇ!! ぐだぐだ考えてもしょーがねぇや! 物事なるようにしかならねぇんだから、これ以上は変に考えねぇようにしよっ!! )
タカトは鼻をすすった後、両腕を上に上げて盛大な伸びをした。
陸上でこれといった情報が得られないのなら、現地の人や、訪れた観光客から聞き出そう。そちらに時間を割こうと彼は思い直し、人集りに向かって駆け出して行った。
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