Episode 26 怪魚

 二人が現地に到着後、直ちに向うようにと本部から指示された場所は、大通りの傍に建つ、ある高層ビルの一階にあった。


 例えると、ホテルにある旅行会社の現地スタッフが在住している、サポートデスクのような感じだ。受け付けと思われるブースに足を運んだディーンは、スタッフと何か話をしていた。すると、そのスタッフは「少々お待ち下さい。担当の者がすぐに参ります」と、彼の傍に置いてある携帯端末で急ぎ呼び出した。


 二・三分ほど待っていると、浅黒い肌で、角張った顎。小鼻が大きく、闘争的な戦士の顔立ちをした中年男性が現れた。例えるならハワイ王国の初代国王であるカメハメハ一世に少し似ている。彼は営業スマイルを浮かべつつ、柔和な雰囲気をまとっていた。彼は華やかでカラフルな色彩で染め上げられた、開襟シャツを身に着けていた。どうやら、この地区での正装のようである。

 

「ようこそ、カルディファ地区へ。そして遠方遥々当施設にまでおいで下さり、誠に感謝しております。わたくし、当施設責任者のカウイ・パイエアと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 深々とお辞儀をする様は、いかつい外見からは想像できない。名前も、南国の音楽が聞こえて来そうな印象を受ける。


「まずは手続きを済ませましょう。セーラス本部様より指示を承っておりますので、お二人が滞在中に必要とされるお部屋を準備しております。お支払いは既に済んでおりますので、どうぞお気になさらず。延長した場合は早めにご連絡下さい。ご宿泊のお荷物はこちらでお部屋にお運び致しますので、宜しければお預かりします」

「分かりました。それからお話をゆっくり伺いましょう」


 ディーンは手続き等をスムーズに済ませ、手荷物を預けた。


「ところで、こちらの地区で凶悪化したアンストロンが出没し始めたのはいつ頃からですか?」

 

 ディーンはいつもと変わらない平板な声だったが、先方はそれを特に気にすることなく、営業スマイルにやや憂いを浮かべた表情をしながら答えた。

 

「先月あたりからで御座います。当施設はサーフィン愛好家を初めとしたお客様にご利用頂いておりますが、アンストロンが出没し始めてからは客足が遠退いており、予約のキャンセルが跡を絶たず、困っております」

「そうなんだな。ところでよ、パイエアさん。その問題のヤツってぇのは、どんな形をしているか分かるか?」

「……例えるなら〝鮫〟で御座います」

「鮫!?」

「それも、かなり巨大のもののようです。目撃者による報告では、全長は五十メートルを超えているかどうかだとか……」


 タカト達は絶句した。全長五十メートル超えだなんて、そんな巨大な鮫がこの世に存在するだろうか?


「そして、それは独特な鳴き声で、人間を呼び寄せ、海中に引きずり込んでは食らっていると聞いております」

「……!!」


 まるで、海に住む怪物「セイレーン」のような話だ。

 海の航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の人間を惑わし、遭難や難破に遭わせ、喰い殺す――そんなことをする鮫は、今まで聞いたことがない。


「海に一度沈んだ後、数日経って再び現れて、次々とサーファー達を飲み込んでいくのです。誰も対応出来ず、次はいつ現れるか分からず、こちらも対応にほとほと困り果てておりまして。これは専門の方にお力添えを頂きたいと思い、セーラス様に急ぎご連絡差し上げる次第となりました」

「しかし、その巨大鮫のようなものが〝アンストロン〟だという証拠はありますか? 改めて確認ということになりますが……」


 予めセーラス本部が受けた案件だ。標的とするものが〝アンストロン〟であると分かった上で対処を引き受けていると思われる。だが、再度確認してその証言にブレがなければ疑う余地のない真実と確定する。ディーンはそこまで視野に入れていた。


「その〝鮫〟を撃ち殺そうとマシンガンを用いて試みた者がおりましたが、通常の弾丸を見事に弾き返したそうです」


 膝の上に置かれた握り拳がわなわなと震えていた。この責任者も必死なのだろう。


「あとは、その〝鮫〟が現れた瞬間を目撃した者から……正確には〝一人のサーファーの身体を食い破って出てきた〟と報告を聞きました。しかもその時、周囲に重油のように真っ黒な液体が飛び散ったとも聞いております」


 それを耳にした二人は、互いに視線だけを交わしあった。今までの変異したアンストロンの特徴と共通している。疑う余地はないのは、火を見るよりも明らかであった。


 アンストロンは人間とほぼ同じサイズで製造されている。規定で定められているのだ。どんなに大きくてもせいぜい二メートルを越すか越さないかが関の山である。二メートル前後の人間サイズのアンストロンから五十メートルの巨大鮫が出現するだなんて、想像を絶する事態である。初任務で対応した巨大ムカデモドキだなんて、この〝鮫〟から見たら餌レベルのものだろう。


 桁違いの標的の出現に、驚きを隠せない。タカトの背中に一筋の汗がすうっと流れ落ちてゆく。一方ディーンは顔色一つ変えず返事を返した。


「……事情は分かりました。今回の件についてはこちらで対処させて頂きます」

「お手数をお掛けして大変申し訳ありません。どうぞ宜しくお願い致します。何かお手伝い出来ることがありましたら、どうぞお声掛け下さい」


 何度も何度も深々と頭を下げたカウイは憐れな位、小さく見えた――別に悪いことをした訳ではないのに。その後、普段通りの営業スマイルに戻り、手元に置いてあるPCの画面を、タカト達に向けた。


「それでは最後に、お二人がご滞在中の際、ご利用になられると思われる設備等をご説明致します。こちらの画面をご覧下さい」

 

 タカトはPCの画面上に映っているものをまじまじと眺めていた。

 彼らが宿泊する予定の施設は、どうやらコンドミニアムとホテルを足して二で割ったような感じだった。

 リビングとベッドルームは戸を隔ててしっかり分かれている。

 キッチンや洗濯機など生活に必要なものが揃っているものの、ハウスキーピングのサービスも受けることも可能らしい。

 宿泊客が自分でしたければベッドメイキングも出来るし、ハウスキーピングに任せることも出来る。

 宿泊客の要望に応じるため、融通が効くようにしているのだろう。


「このお部屋はPCも完備しております。無線による接続も可能ですので、ご自身のPCを使用することも出来ますよ。何かあったらすぐご連絡差し上げますので、それまではどうぞごゆっくり寛がれて下さい」


 タカト達は準備されていた部屋に案内された。荷物は先に運び込まれていたのを確認する。

 寝室は二つに分かれており、ドアで区切られている。

 こう言った部屋は、調査目的で訪れた者に大変向いていた。


「調べることがあるので、僕はしばらくこちらの部屋に籠もる。何かあったら〝コール〟で呼んでくれ」

「ああ。分かった。じゃあ、俺は歩き回って色々見回ってみるぜ。夕方までには戻る」


 そう言ったタカトは部屋の鍵を一つ受け取り、部屋を出ていった。


 

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