Chapter3 Stop the season in the sea

Episode 23 翡翠色の瞳

 タカトがセーラス本部にやってきてあっという間に時は過ぎ、ルラキス星のアストゥロ市周辺の地方はすっかり夏を迎えた。


 病院の建物の入り口から一人の男が、重い足取りで出てきた。赤のTシャツに白地のジーンズを身に着けた彼は、針のように逆立てた茶髪の後頭部をぼりぼりとかきつつ、翡翠色の瞳を眩しそうに細めた。


 澄み渡る青空に、燦々と輝く太陽が暑くて眩しい。こういう季節はキンキンに冷えたエールで喉を潤したくなる。


「はぁ……次は半年後かよ……たりぃぜ……」


 口からもれ出たため息が大きく一つ。これから先もずっと付き合っていかねばならない身体だ。肉体を酷使する職業なだけに、常に体調管理は義務付けられているようなものである。彼にとって職場の健康診断以外に、病院で受ける定期検診も必要不可欠だ。面倒だが仕方がない。


「ふわ〜ぁあ……っ!?」


 両腕を上へと伸ばして背伸びをし、大きな欠伸をしたところで、人の気配を感じて思わず背後を振り向いた。

 一人の男がこちらを見ていたのだ。

 

 黒髪に、百九十センチメートルに若干届かない位の長身。

 雪のような色白の肌。

 完璧に整った顔立ち。

 黒いサングラスの下からは高い鼻梁と、横に結ばれた形の良い唇。

 紛うことなきタカトの相棒だった。

 彼は白の買い物袋を右手に持っている。

 恐らく、買い物帰りなのだろう。

 どうやら偶然通りかかった状況のようだ。


 青灰色の半袖シャツに黒のスラックスを身に着け、買い物袋を手に下げて佇む姿は、任務中の彼とは違って随分と人間らしく見えるから不思議だ。


 タカトは彼の普段とは異なる雰囲気に驚くとともに、何故か彼女に浮気がバレた時と同じような焦燥感を覚えた。


(うげっ! よりによって何故コイツに会っちゃうんだよ……!! )


 そのまま下手に逃げても逆に怪しまれる。タカトは顔に不自然な愛想笑いを貼り付けて、その場を何とか乗り切ることにした。


「……よ……よぉ。こんなところであんたに会うなんて、奇遇だな。まぁ、今日は非番だし、道で急に出会っても別に変ではないがな」

「どこか悪いのか?」

「いや……そ……その……俗に言うメンテナンスとゆーやつだ」

「……」


 いつものお調子モノのノリが出ず、ぎこちない。サングラスの奥からやけに鋭い視線を感じる。いつもと変わらない無表情なのに、何故か白状しないとひどい目にあわされそうな予感がして、背中がひやひやしてきた。


 (あああ誤魔化しきれねぇ……!! )


「……あーあ。本当はヘムズワースさん以外には言いたくなかったけどよ。バレちまったもんはしょーがねぇな!」


 下手にごまかしても即見抜かれると思ったタカトは、諦めて腹を括ることにした。


「実は……その……眼科に行ってた。目の状態を主治医に診てもらいにな。今日は術後の定期検診日っとゆーヤツ」

「……」

「俺の眼、実はどちらも移植眼なんだよな」

「……え……?」


 サングラスをかけたままでも驚いた感情が伝わってくるのが分かった。タカトの目が両方共に移植眼――ディーンにとっても、予想外のことだったのだろう。


「へぇ~あんたもそんな表情かおをすることがあるんだな。珍しいもん見れた。ラッキー」


 そんな彼を見たタカトは、いたずらに成功した子供のような笑みを、その口元に浮かべた。


 ◇◆◇◆◇◆

 

 眼球移植のこと自体は別段、珍しい話でもない。

 例えばルラキス星にも存在している軍隊では、負傷の状態によっては腕や足を切断せざるを得ない場合が多々ある。その際、培養している腕や足の移植手術すれば、多少リハビリは必要だが、早期に日常生活を送ることが出来るようになる。


 眼球の場合も同じ要領で、病院では常に培養しているものがあるのだ。それは〝培養眼〟と言われており、ここルラキス星では失明者がいないと言われている。

 有事に備え、本人が事前に依頼して己の細胞を採取し、それを元に予め培養しておいたもの。

 ドナー登録した者が死後、各部位の細胞やらを提供し、それを元に予め培養されたもの。

 培養眼は色々な事情で使用されることが多い。


「チキュウ」では不可能と言われていた眼球移植だったが、ルラキス星では医療がより発達したため、十年前より可能となっていた。今のところ九十九・九パーセントの成功率だが、術後の経過観察が必要である為、定期的な通院が義務付けられている。


 ◇◆◇◆◇◆


「実を言うと俺のアイカラー。本当はこんな色じゃなかったんだよな」

「何色だったのか?」

「元々はよ、暗褐色だった。それがすっかり翡翠色になっちまって……もうすっかり慣れたけどよ。最初は違和感が凄かったのなんのって」

「その手術は一体何年前に?」

「ええっと……三年前。ジャスト三年前だ」


 それを聞いた途端、ディーンの心臓が鼓動を一際強く打つのを感じた。茶色の髪と翡翠色の瞳を持つ女性の面影が彼の脳裏に再び蘇り、肺を千切れんばかりに締め付けてくる。彼のまとう空気が急に変わったことに気付いたタカトは疑問に思い、目を瞬かせた。


「ん? どうした? 俺、何かまずいことでも言ったか?」

「……なんでもない。気にするな。それより、君は何故手術を受けることに?」


 脳内で急に再生された映像を無理矢理意識の外に押しやったディーンは、相方に話を続けるよう促した。純粋に話の続きを促す目的というより、何故か、内に秘めた不安を必死に打ち消そうとしているかのように感じる。彼が己に対して好奇心を向けているのを感じ、タカトはすっかり得意顔になる。


(へぇ。随分と珍しいこともあるもんだ。あんまり他人には興味なさそうなヤツだと思っていたのだが……まぁ良いか。こいつは面白ぇ……)


「前職の職務中、ある事故に巻き込まれてよぉ……あの時はひでぇ目にあったもんだ。両目とも失明一歩手前。普通の治療をしても視力の全回復は絶望的と主治医に言われちまってさ。仕方なく」

「……」

「その入院期間も、本来なら手術日と術前術後のあれこれで最低でも二週間の入院は必要と言われてたのだが、トータル一週間で退院即現場復帰させられたんだぜ! たったの一週間だぞ!! 通常なら有り得ねぇひでぇ話だぜ!」

「……」

「あの短期間で良く現場復帰出来たもんだと、あの頃の自分をべた褒めしたいぜ、全く」


 両目とも移植手術を受けねばならない位の重症だったことを、まるで石に躓いてコケたような気軽さで何故彼は話せるのだろうか。己の相方のことを、ディーンは正直言って少し羨ましいと思った――口には出さなかったが。


「そうか。それは大変だったな」

「まぁ、普段はどうってことねぇし、変わった点といえば、元々あまり良くなかった視力が格段に上がったという点だな。半年に一度、こうやって定期検診を受けなきゃなんねぇ足枷が、正直かったるいけど」

「そうか」


 タカトは後頭部をぼりぼりかきながら、ふと思い出したかのようにディーンに念を押した。


「そうだ、これはあんただけには話したが、姐さん達にはぜってぇ漏らすなよ?」

「? 何故だ?」

「そりゃあ、心配させるからに決まってんだろ!? まわりに余計な心配をかけたくねぇ。正直言うとあんたにも言わねぇつもりだったが、バレちまったもんだから仕方ねぇ! と思って、ぜ~んぶ喋っちまった!」


 そう言い切った後、照れ隠しなのかぺろりと舌を出した。ここまで思い切った性格だと、却って清々しく見える。


「おっと、調子に乗ってついすっかり話し込んじまって、悪かったな。残りの貴重な休日、あんたもゆっくり過ごしなよ。じゃあな!」


 右手をひらひらと動かしながら、タカトは回れ右をして去って行った。まるで最初から何事もなかったかのように。


「三年前……眼球移植……翡翠色の瞳……」


 その場に一人残されたディーンは佇んだまま、何かを思い出そうとしていた。


 自身にも大きな影響を及ぼした、三年前に起きた事件。

 あの日を堺にして永遠に失ってしまった、深緑の半透明な美しい瞳。

 それから三年の月日が経って出会った男が持つ瞳の色は、嘗て自分が見ていた瞳の色とあまりにも良く似ている。


 (……何かが、引っかかる)


 答えの出ない問いは、彼を縛り付けたまましばらく離そうとしなかった。

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