Episode 22 黄金の瞳を持つ獅子
さて、タカト達がアンストロンを撃破してから数日経った頃。
惑星ルラキスと規模の似た星――それは、惑星マブロスと言われている――にある研究室にて、一人の男が一通の文書を読んでいた。短い亜麻色の髪を後ろへと流し、長い白衣を着た五十代後半位の男だ。太い眉に整った顔立ちで銀縁眼鏡をかけた暗褐色の瞳に、反射した緑色の文字が映り込んでいる。
手元にある文書にざっと目を通したライアン・アナトレイ博士は、大きな嘆息をついた。それには「ポダルサD3」や「プティノKK5」と言う文字がぽつんと記されてある。一体何の名前だろうか。
「あのポダルサD3のみならず、プティノKK5までもやられたか……セーラスの犬どもめ。想像していたより手強い相手だな」
彼の不機嫌じみた独り言から推測するに、恐らく、前者が大ムカデ化したアンストロン、後者が飛行部隊型化したアンストロンに関係するウイルスだろう。文書はどうやら部下からの報告書のようだ。
彼は、マブロス星の主要都市「アデッサ」にある研究所の所長だった。政府から研究費を貰い、常に研究室に籠もっては実験に明け暮れた日々を送っている。大半は助手達に任せているが、己の研究も並行して進めている。生物と機械知性体に関する研究を日々行っており、同星内では割と名前のある研究者だ。
そこへ、戸をノックする音がした。
「誰だ?」
「博士、私です。トム・ヨハンソンです」
「入れ」
戸の開く音がすると、ずんぐりむっくりとした体型で薄汚れた白衣を羽織った男が部屋内へと入ってきた。彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。見たところ、博士の助手であろう。
「失礼します。アナトレイ博士」
「ヨハンソン君か。何だ?」
「指示通り、相手の気を引き付けるためにアンストロンを利用した作戦をとっているわけですが、このままで宜しいでしょうか?」
「ああ。しばらくこの方法でいく予定だ」
博士は、薄紫色の研究用グローブをはめた手で培養室から出してきた、スクリューキャップつきのガラスチューブの内部を舐め回すように眺めながら答えた。少し不透明な薄黄土色の培養液内で、どす黒い沈殿物が見える。彼は細菌か何かを培養しているようだ。
「あの新種のウイルスは、去年ヤツラの人員を減らすのに一役買ったが、残りの彼らが中々にしぶといようだな」
「ええ。……そう言えば聞きましたが、セーラスの本部は、新しいエージェントを呼び寄せたようですな」
「ほう」
「茶色の針頭に翡翠色の瞳を持つ若造だそうです。見かけはちゃらんぽらんで軽薄そうに見えますが、侮れないと部下達からの報告を受けております」
ライアンは培養状態に満足したのか、満足げな顔をしてそれを培養室へと戻しつつ、銀縁眼鏡の中で、目を細めている。グローブを脱いだ右手の指で、うっすら無精髭の生えた形の良い顎を撫で回した。
「あの〝狼〟の新たな相棒か? この前一人闇に葬ったばかりだと言うのに、もう後釜を見つけたのか。案外早かったな」
「そのものは〝レオン〟と呼ばれているようです」
「〝獅子〟か。だがそう長くは持つまい。これまで一体何人の死亡者が出たと思う? その〝獅子〟も、さっさと消えるに決まっている」
博士は興味無いと言いたげに手を左右へと振った。それを鵜呑みにするなとでも言いたげに、助手はゆっくりと太い首を左右へと振る。
「いやいや侮れませんぞ博士。〝獅子〟と呼ばれる男は嗅覚に優れ、我らのウイルスを仕込む〝カルマ〟の位置を即座に嗅ぎ付けるとの情報を得てますからな」
「ほう? どうやって嗅ぎつけると? トリュフを嗅ぎ付ける豚のような感じか?」
ライアンはせせら笑った――人差し指で己の鼻を押して豚の鼻を示すジェスチャーをしながら。それを見た助手の男は、即座に首を千切れんばかりに左右へと振り、否定の意を示している。その顔は、真剣そのものだ。
「いえ。〝
「〝ゴールデン・アイ〟だと? ……どこかで聞いたことのある……ああ、あれか。三年前に始末したあの女の瞳もそうだった」
「まさか、我らのウイルスを見抜く能力を持つ人間が他にもいたとは、今まで聞いたことはありませんでしたからな」
「あの時は予備実験から本実験に移行して、まだ日が浅かったからな。肝を冷やす思いをしたが、早々に芽を摘んだお陰で良いデータが出来て、現在無事実践に移せている」
「あくまでも情報のみで、まだこの目で見てはおりません。しかし、それが本当である場合、このままヤツを野放しにしておいては、我らの作戦がことごとく失敗に終わります」
博士は、実験データをチェックしながら眼鏡のブリッジ部分を人差し指でゆっくりと押し上げた。その瞳は全く笑っていない。
「〝ゴールデン・アイ〟を持つ〝獅子〟か……興味深いな」
「ヤツらが我らのメタラ・ウイルスの存在に気付けば、逆に乗り込まれる可能性は?」
「ふふん。ヤツラもただの虫ケラではない。恐らく既に調べておるだろう。逆に
まるで赤子の手をひねるかのように、大したことはないとでも言いたげだ。
「ヤツラは恐らくこのウイルスに気付き、何らかの行動を起こしていることだろう……ヤツラの動向を常に把握しておけ。そのゴールデン・アイを持つ男は、特にな」
「……分かりました」
「ふふふ……セーラスの犬共め。私の研究の糧になるが良い。〝狼〟と〝獅子〟の牙、共にへし折ってやるわ」
博士は唇の端だけをぐいと引き上げ、ほくそ笑んだ。
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