Episode 20 Aerial clashes

 幾ら創作の世界だからって、上空六千メートル程度を飛行機のように飛ぶリビテート・カーだなんて、あまり聞かないだろう。少なくとも、ルラキス星では前代未聞である(と、少なくともタカトは本気で思っている)。


 空気抵抗を一体どう相殺しているのだろうか。

 燃料は一体何を使用しているのだろうか。

 車体は一体どれだけ頑丈に出来ているのだろうか。


 などなど、読者としては、科学的にどうやって説明出来るのかが非常に気になるに違いない。だが、もし知りたければ製作者(提供者? )サイドである、セーラス開発部の者に尋ねるしかないだろう。

(恐らく、企業秘密で教えてもらえず、即追い出されることになると思われるが……)


 ◇◆◇◆◇◆


 (ああああああ……何か俺ハゲそう!! )


 頭部に生えている髪の毛が、一本残らずごっそり抜け落ちるんじゃないかと思う位の緊張感の中、針頭の青年は必死になっていた。目を血走らせ、震えながらハンドルを握るその手には、血管が浮かび上がっている。極度の緊張感ですっかりがちがちになっているようだ。今の状態がどれだけ続いてるのかなんて、のんきに考えていられる余裕など微塵もなかった。


 (野郎と心中だなんてぜってーお断りだからな!! )


 彼の頭の中はそれでいっぱいいっぱいだった。無理もない。しかし、先方はこちらの余裕のなさを数ミクロンも理解してくれそうになかった。


 トリモドキ達の群れは、変わらずタカト達を狙ってくる。翼を持つアンストロン達が、V字型の形態で右に左に上に下にと、躱される度に折り返してはしぶとく彼らの元へと向かってくるのだ。


 その度に右に左に上に下にへと、旋回してはかろうじて避け続ける……どちらかが潰れなければキリがない状態が続いていたのだ。


 いきなり下から突きあげられたり、がくがく左右に揺さぶられたり。


 三半規管がぐっちゃぐちゃになりそうな状態の連続で、気を失わない方が不思議な位だった。


 (〝視点を一点からずらさないようにしろ〟と言ったって、一体どうすりゃあ良いんだよ!? もう目が回って目が回って……!! )


 タカトは顔が青白くなるのを必死にこらえつつ、ちらと本来の運転席にいる相棒の方をチラ見してみた。すると、何と彼は通常と変わらぬ状態で、目の前のタッチパネルの上で平然と指を滑らせるように動かしているではないか。


 (マジでありえねぇ!! 本当にコイツ人間かよ!? )


 内心で勝手に機械人間認定マークをつけつつ、ハンドル操作に集中していると、タカトの右肩にぽんと手の重みを感じた。


「調子はどうだ?」

「ぬあ――――っっっ!?!?!?!?」


 突然背後から耳元でささやかれ、タカトはこの世の終わりと言わんばかりの大絶叫を上げた。いたずらっぽく苦笑しつつ、己の耳の穴を両手の指で塞ぐドウェインに、視線だけ動かして睨み付けた。真剣に運転中でなければ、その胸ぐらを掴みかかっていたに違いない。この透明男、実は物質透過能力も持っている。


「てんめぇ……!! 人が必死こいてる最中に、いきなり驚かすんじゃねぇよ〝ディアボロス悪魔〟!! そんなに俺の心臓を止めてぇのかゴルラぁっっ!?」

「おや? 俺は先程からずっといたのだが……君達の邪魔をしては悪いと思って、息を潜めていた・・・・・・・

「そーゆー変な気遣いは要らねえっつーの!!」

「冗談冗談。悪いな。俺、元々影薄いから。こればかりは不可抗力ってやつでな」


 何の邪魔とは敢えて言わない。

 前のめりになり、必死にしがみつくようにハンドルを操作しているタカトを尻目に、目の前のタッチパネルの操作をしながら、色白の相棒の唇が静かに縦に開いた。何の感情も籠らない氷のような声が車内に響く。


「〝ディアボロス〟。地上のラミネ地区に残る〝スコルピオス〟は一人で大丈夫か?」

「問題ないだろう。彼女のしぶとさはうちのエージェント一位二位を争うレベルだ。そう簡単にはへこたれないだろうしな。ただ、全く心配ないと言えば嘘になる。なるべく早く向こうに戻る予定だ」

「先程レティナ・コールで言っていた君達の意見と、僕達の意見はどうやら一致しているようだ。僕達が先程から狙っている〝マスター〟にあたる〝アンストロン〟が当たりであれば、今回の一件は一気に片が付くだろう。そのことを、彼女に早く伝えてくれ」

「了解した。……それじゃあ引き続き頑張れよ〝運転手さん〟」

「おうよ!」


 タカトは半ばやけくそ気味に返事した。

 細いことはどうでも良く、早く現状を打破したくてイライラしていたのだ。


 三人目の搭乗者が背景色に溶けるように姿を消すと、ディーンは赤色に点滅しているボタンを人差し指で押した。

 すると、ブブブブ……と機械音と軽い振動が響き渡り、やがて静かになった。

 レビテート・カーのナンバープレートがくるりと回転し、その中から黒光りする大きな銃口が出現した。

 彼は氷のような冷ややかさで、相方に指示を出す。


「〝レオン〟。車体の向きをそのまま維持しろ。絶対に一ミリも動かすな」

「え?」

「目標を射程圏内に捕捉。照準完了」

「……!?」

「ファイア」


 ディーンが淡々とした声で言い放った途端、車体を前後に貫くような大きな衝撃が走った。


「!!!!」


 銃口から真っ白な光線が放たれ、それは、常に右端を飛行し続けたアンストロンの額に当たる部分を一気に刺し貫いた。


「命中……か……?」


 耳を塞ぎたくなる轟音と共にバチバチッと火花が飛び散った。

 真っ白な煙を吐きながら、急所を撃ち抜かれた一機が群れから外れ、真っ逆さまに落ち始めた。

 すると、他の六機も後を追うように地上に向かって追随しようとする。


「……命中したようだが、このままで良いの……か?」

「……」


 ディーンの放った光線が命中した一機に、他の六機が周囲を取り囲むようにし、動きが止まった。


「!!」


 それを目にした瞬間、ディーンは右手で己のハンドルの傍にある黄色のボタンを瞬時に押して、車の主導権を運転席に戻した。

 既に銃口も車体に収納され、ナンバープレートも元の位置へと戻っている。

 そして、ハンドルの上にある白いボタンを瞬時に押し、車体全体が青白い光に包まれ始めるのを確認する。

 これは恐らく、外部の衝撃から車体を守るためのシールド装備だろう。

 そのまま同時にブレーキペダルを踏みつつシフトレバーを「リバース」に入れた後、一気にアクセルペダルを限界まで踏み込んだ。


 ここまでに過ぎた時間が約三・〇秒。


 転瞬、タカト達が乗るリビテート・カーが一気に後進、その場から離れた。

 それと同時に、ディーンの鋭い声がタカトの耳を一気に貫いてゆく。


「危ない! 目を瞑れ! 耳を塞いでいろ!!」

「!?」


 タカトが目を瞑り、両手で耳を塞いだその瞬間、周囲に耳を劈くような轟音が響き渡った。

 中心から放射状に飛散するオレンジ色や黄土色の閃光。

 同心円的に広がる衝撃波。

 四方へ放射される強烈な熱線。

 周囲の空気が膨張して生まれた超高圧の爆風。

 飛んでくる金属片や黒い大きな塊。

 それが同時にタカト達に襲いかかってきた。

 音も色も光も、五感の感覚が全て消滅しそうになるほどの衝撃だ。


「!!!!!!」

 

 もしこれをまともに直視していれば、一瞬にして目を焼かれていただろう。

 上空であるため、他に物がないのは幸いだったが、生じた爆風に煽られ、車はバック転状態で後方へと吹き飛ばされた。


「うわわわわわわわわわ!!!!!!」


 真っ暗闇の中で何度もバック転させられている状態の中、タカトは色々気がかりだった――爆風に煽られたアンストロンの残骸が車体に直撃しないか。そして、地上にいる方のアンストロンの集団はどうなったか――あとは、自分達とは空と陸で別行動をとっているシアーシャ達のことが心配で仕方がなかった。


「おい〝リーコス〟! この車はいつになったら止まるんだ!?」

「……その内止まる筈だ。我慢しろ」

「えええええええええええええ!?」

「既にブレーキを限界までかけているが、すぐには止まれない」

「ひいいいいいいいいっっ!!!! 何だそりゃ―――っっっ!!!!!!」


 交通安全週間か何か、どこかで聞いたことのあるフレーズだが、上空では止めてくれる障害物さえない。

 こういう状況でも、相方は人形のように平然とした面持ちだった。

 車体が無事なのは良いが、いい加減頭に血が上りっぱなしの状態から開放されたい。

 いつまでこの地獄が続くんだと悪態をつきたいのを、こみ上げそうになる吐き気と共に喉の奥へと押し込み、シートベルトを両手で掴んだまま現状を堪えるしかないタカトだった。


 (ぜってーコイツ人間じゃねぇ……!! )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る