Episode 19 敵は頭上にあり
頭の上にひろがる青黒い夜の色。
その中で、星が銀砂のように細かく煌めかせている。
今日は晴天だったからか、雲一つない夜空は、全てを飲み込んでしまいそうな位に広く見える。
美しい夜空だが、レビテート・カーに乗る者二人には、それをのんびり鑑賞している余裕は微塵もなさそうである。
「……了解した」
レティナ・コールを受け取った白皙の美青年は、こめかみに右手の指先をあてたままの状態で微動だにしない。左手はハンドルを握ったままだ。まるで文字通り凍り付いているんじゃないかと誤解されそうな雰囲気だ。
「ひょっとして、姐さんからか?」
「……その通りだ。随分苦戦を強いられているようだ」
「今度はどんなヤツが相手なのか良く知らねぇが、やるっきゃねぇな! ところでよぉ、ラミネ地区まであとどれ位……」
タカトが言い終えない内に、突然胃が下から突き上げられるような力が外部からかかった。車体が上下左右に大きく揺れ、身体が大きく揺さぶられる。何かがぶつかって来たようだ。衝撃でクロス型のシートベルトが肩に食い込み、彼は思わず顔をしかめた。
「うわわっ!?」
「……どうやら、先方は地上のみではなく、上空にもいるようだ」
「え? 上空って?」
(何故上空? 今この車は地上から十センチメートル浮いた状態で走っているんじゃねぇのかよ。……まさか上に何かがいると言うんじゃ……!? )
理解に追い付こうとしている相方を尻目に、ディーンは長い指でハンドルの付近にあるタッチパネルを押した。するとランプがブルーからグリーンへと変わり、自動運転モードから手動運転モードへと切り替わった。
「文字通りの意味だ」
「それは分かったが、モードを自動から手動に戻す必要はあんのかよ?」
「ただ目的地に向かうだけなら自動操作でも問題ないが、それ以外の操作を行う場合は、手動制御でないと不可能だ」
〝普通の移動以外の操作〟とは。
車というものは元々車輪がついており、それが回転する乗り物のことを指すのだから、普通に移動するだけの利器の筈だが……?
脳内に大きな疑問符を浮かべ、首を傾げる相棒にはお構いなく、ディーンの解説はまるで説明書を読み上げるかのように、とうとうと続けられていた。
「セーラスのレビテート・カーはシートベルトが強靭に出来ている。ある程度の衝撃には耐えられるから心配は無用だ」
「……て、え!?」
ディーンがハンドルの中央にあるボタンを押すと、そのボタンがイエローからレッドへと変化した。
すると、一気に浮遊感がタカトの身体を襲った。
車体が何と飛行機のごとく高度を上げており、一気に加速しているではないか。
((注)これはセーラス本部所有車ならではの特別仕様であって、通常のレビテート・カーではあり得ない)
気流が安定していないためか、車体が若干縦と横に揺さぶられた。車酔いしやすい者にとっては耐え難い拷問である。
「あわわわわわわわ……!?」
「そのまましばらく動くな。動くと危ない」
(動くもなにも、動けるわけねぇだろうが……!! )
ディーンは抑揚のない平板な声で、タカトを諭すように言い放つと、ハンドルを一気に右へと切った。
すると、突然車体が右側を下にして急旋回した。
全身に強いGを感じるが、クロス型のシートベルトが身体をホールドしているため、落ちそうで落ちないという、不思議な感覚だ。ヘッドレストはいつの間にか頭部を守るようにホールドする形状へと変わっていたため、首も思ったほど痛くない。
その傍をかすめるように、黒い何かが一気に通り過ぎ去って行った。
それも一機だけではない。
暗くて分かりにくいが、どうやら七機位あるようだ。
それが波状に移動する、大きな立体の集団を形成している。
見たところ、サイズは恐らく、一機あたり大体二メートルから三メートルの間位だろう。
それぞれ大きな一対の翼のようなものが見える。その形はまるで……
「……何だありゃあ!?」
「どうやら、今回の標的の一部のようだな。恐らく、先程この車を狙って攻撃してきた者達だろう」
「よく見ると小型揚力飛行体ではなく機械知性体。しかも鳥型かよ!!」
「……来るぞ。今見ている場所からなるべく視点をずらすな。でないと悪酔いする」
「うげ!? マジかよ……て! うわわわわわわわわわっ!!」
その集団は、やっと水平の体制をとれたタカト達を乗せた車へと、真っ直ぐに向かって来た。その形態を例えるなら「V字フォーメーション」――ガンやペリカン、ハクチョウと言った、群れをなして飛ぶ鳥が形成する飛行形態だ。
向かってきた一機をかろうじて避けたと思えば、別の一機が向かって来て、それをハンドルさばきで右に左にと旋回し、何とか切り抜ける……それを七回連続繰り返した。
すると、再び折り返してきては同じ形態で背後から向かって来る。
相手は翼と尾羽を上下に可動させ、時には翼を動かすのを止めて滑空したりもする。
そしてそれは何度も繰り返され、息を付く間もない。
その時、タカトの背筋を嫌な感触が走った。
本能で感じる何かだった。
これは、非情にヤバい気がする。
(これってまさか、ただのアンストロンではなくて、追尾機能の付いたミサイルタイプなのでは!? )
その予感がもしあたれば、ヒットした途端一貫の終りだ。ディーンの腕を疑っている訳ではないが、万が一自分が操作する側になった場合を想定すると、恐ろし過ぎて言葉にならない。
(無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!!! 俺には絶対無理――!! )
二人を乗せているレビテート・カーは、その車体を右に旋回、左に旋回、一回転とアクロバットな動きをしながら飛んでくるアンストロン達を避け続けた。一体、どう対処すれば良いのか。
すると、それまで無言を貫いていたディーンが唇をかすかに動かした。
「〝レオン〟、視えるか?」
「え?」
「今この車を狙っている者達の〝マスター〟にあたるアンストロンのコアの位置は分かるか?」
「言いたいことは分かった……視てみるぜ」
タカトは己のこめかみに右手の指をあてた。
すると、頭の奥底から熱い塊が吹き上げてくるような感じがした。
目の奥にかかる熱と圧力が一気にひいて来た途端、静かに目を開けたタカトの瞳が、瞬時に翡翠色から金色に変化した。
彼の視野に映るトリモドキ達の頭頂部あたりに、光って視えるものが映像として浮かび上がってきた。
どれもこれも似たようなものばかりだった。
しかし、目を凝らしてよく視ると、特に最後方の右端を飛ぶものだけは、著しくまばゆい光を放っていることに気が付いた。
握りこぶしより一回り小さな円柱状の塊だ。
彼らの狙いのものに違いない。
「……視えたぜ。俺の勘があたれば、あの最後方の一番右端を飛ぶヤツが怪しい」
「分かった。よし。それなら、ここから先は交代する」
「……え?」
「僕が標的を
それはまるで死刑宣告のように、タカトの全身を一気に貫いた。
「えええええええええええええ!? マジかよ!?」
「先程レビテート・カーを運転出来ると言ってなかったか?」
(運転出来るのは普通の車であって、小型飛行機モドキのこれじゃねぇって!! )
心臓が、肋骨をへし折りそうな位に飛び跳ねるのを抑え込むのに必死だったが、何を言っても無駄だと悟らざるを得ない。タカトは、心の中で十字を切った。
もうこれであとには引けない。
「この車に備え付けられている武器類を扱う際、車体自体の操作が出来なくなる。運転と同時にするのはかなり厳しい」
「……分かった分かった。やりゃあ良いんだろーが。分かったから、あんたは自分のことに集中しろ」
「……」
ディーンが右手で己のハンドルの傍にある黄色のボタンを瞬時に押して、車の主導権を助手席へと交代した。それとほぼ同時に、タカトは己の目の前にあるハンドルをぎゅっと握りしめた。
(……?)
一瞬だが、相方の視線を感じた気がしたタカトは、ふと運転席の方へと視線だけを動かしてみたが、彼は人形のように前を向いたままだった。
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