Episode 18 押し寄せる影

――これは、その時その場に居合わせた客達の目撃情報によるものである――


 緑豊かな場所であるラミネ地区は、日中もであるが、特に日の出と日の入りの景色が大変素晴らしく、人気のある場所だ。


 ラミネ地区にて普段のように夕方の草原でアクティビティを楽しんでいた客達に突然異変が起きた。

 一人、また一人と、何の前触れもなくばたばたと倒れ始めたらしい。会場の従業員の何人かも右に同じで……。


 やがて彼らの背中が縦にぱっくりと割れた途端、一対の真っ黒な翼が一気に生えてきたそうだ。

 そしてそのまま肉体・・をまるで洋服を脱ぐかのようにべりべりと破り捨て、二メートルほどの黒い塊がぬっと出現した。


 その塊は真っ黒な尾羽と、くちばしのように鋭く尖った口元を持っていた。


 それ一体だけではなく、他のそれら・・・も同じようにどんどん変化し、草原一体が真っ黒な大型の怪鳥だらけになるという、異様な光景。


 しかも、それらはただ変化するだけでなく、その場に居合わせた客達に次々と襲い掛かったのだ。


 尖ったくちばしによって目を突かれたり、身体中を刺しぬかれたり……会場があっという間に惨劇の場へと急変してしまった。


 指令を受けたシアーシャ達が現場に駆け付けたのは、そんな最中だった。いつもなら美しさのあまり感嘆の声で飾られる筈の太陽が、重苦しく血を流しているかのように見えた。


 ◇◆◇◆◇◆


「ちょっと……何なんだいこれは!?」


 シアーシャは、目の前に広がる光景の異常さに目を丸くし、辺りを漂うひどい悪臭に鼻と口を手で覆った。


 目を潰され、顔面血だらけになった死体。

 クレーターのように全身穴だらけになった死体。

 赤黒い血溜まりがあちこち出来ており、錆びた鉄のような匂いで会場が充満している。


 屋外だからまだしも、これが屋内であれば、むせ返る臭気で卒倒しかねないだろう。


 イベント参加目的だったと思われる親子連れや、大人を始め、小さな子供達に至るまで死屍累々たるありさまだった。顔面蒼白状態で逃げ惑う人々が右往左往しつつ、黒い集団から距離をおこうとしているのが視界に入り込んできた。


「何てひどい……!! 一体誰が!?」

《恐らく、人間という人間を見境もなく八つ裂きにするようなプログラミングでもされたのだろうな》

「それに、巨大で凶暴なカラスっぽいデザインもセンス悪いし!」

《……我が相棒殿は、そちらも随分と手厳しいことだな》


 端から見れば、シアーシャが独り言を言っているように見えるが、彼女の背後には少し距離をおいて姿を消したドウェインが控えている。光学迷彩を使って周囲の状況を調べているようだ。


《〝スコルピオス〟構えろ!!》

 

 突然、相方の声が聞こえると同時に殺気を感じた彼女は、その方向へと身体を向けた。すると、翼を広げた真っ黒な胴体を持つ何かが一気に彼女の視界を占めてきた。


「……くっ!」


 シアーシャは右のこめかみに指をあてると、右腰の辺りに何かが瞬時に現れた。亜空間収納から呼び寄せたを即右手にとると、頭上に引き上げ、そのまま思いっきり前方へと向かって振り下ろす。


 それは、三メートルほどの長さを持つ鞭――彼女が得意とする〝ブラスター・ウィップ〟――だった。


 彼女がグリップを強く握ると、キーパーからフォールに向かって橙色の電流のような光線がビリビリと纏わりつく。光が強くなったり弱くなったりしているところを見ると、その威力は、どうやら持ち主の制御一つで縦横無尽に調節可能なもののようだ。


 すると、彼女に襲いかかってきたその〝モノ〟は、キィインという金属の避ける音を響かせ、あっという間に縦真っ二つに裂けた。


 「キェエエエエエエエエッッ!!」と上がった奇声と共に、どす黒い循環剤が夜空に向かって吹き上がり、地面に炭のような水溜りが出来てゆく。


 頭の中で響き渡るほど、シアーシャの鼓動がやかましい。

 身体中の血液が一気に熱を持ち、背中が湿り気を帯びてきた。


「いきなり大歓迎……というところだね」

《向こうにも二・三機かいるようだな。俺はそちらを相手する》

「分かった。そちらは君に任せた!!」


 背後で相棒の気配が消えるのを感じ取った後、シアーシャは再びグリップを握り、次なる攻撃に備えた。


 ◇◆◇◆◇◆


 現地に到着して早々、戦闘開始してどれぐらいの時間が経ったのだろうか?


 シアーシャの周囲には、発生したソニックブームによる騒音と、ブラスターによる電気音が始終鳴り響いている。その度に倒れた鳥型アンストロンも出るが、まるで生えてくるかのように新たな一機が出現し、攻撃してくる。

 

 フォールは毒蛇のようにしなり、音速を遥かに超えるスピードでくねって這いながら、標的を次々と薙いでゆく。


 幾体もの機械知性体達は、まるで磁力で吸い寄せられるかのように、どんどん彼女の立つ場所へと向かって来ては循環剤を噴き上げ、大根のように真っ二つに裂けていった。


 そのたびに、周囲には漆黒の水たまりが生まれ、まるで炭を大量にこぼした状態だ。

 これを誤って踏むと滑って危険なため、彼女は大きな動きが出来ないでいる。


 彼女の周囲には、握りこぶしより一回り小さな円柱状の塊が幾つも転がっていた――いずれもブラスター・ウィップによって弾き出されたもののようである。それでも、標的は次々と現れ、しぶとく彼女を狙ってくる。終わりが見えて来ないように感じた彼女は、思わず背中と服の間に氷を入れられたかのように、背筋が寒くなってきた。


「……ねぇ〝ディアボロス〟。そちらの調子はどうだい?」


 彼女は軽く肩で息をしながらこめかみに手をあて、近くにいるはずの相方・・・・・・・にレティナ・コールで声掛けをした。


 すると、彼女の後ろに迫ってきた機械知性体が突然金縛りにあったかのように硬直し、痙攣し始める。


 それから二・三分も経たない内にそれは、真っ黒な循環剤を周囲に撒き散らしつつ、ぐしゃりと地面に倒れ込んだ。


 その途端、空中に浮かんでいる円柱状のもの・・・・・・・・・・・が、シアーシャに向かってゆらりと飛んで来て、彼女は左手で受け取った。


 その倒れた機械知性体の周囲には空間・・しか見えない。

 やがて〝声〟だけが彼女の背後から響いてきた。


 《まずまずと言ったところだ。一体幾体あるのか不明だが、これは多勢に無勢だな。はっきり言ってキリがない。全部まともに相手をしていると、正直こちらの身がもたない》


 〝ディアボロス〟ことドウェインは〝光学迷彩〟の力を用いて姿を消し、〝物質貫通能力〟を用い、透明化した肉体を物質通過させることで、機械知性体の体内循環経路を破壊しているのだ。

 但しこの力は二つの能力を同時に発動させるため、体力の消耗が激しく、長時間継続して使用することが出来ない。

 空中を飛んだり壁を通り抜けたりと言った、単に移動するだけならほぼほぼ消費しないが、攻撃目的使用となると事情が異なる。

 攻撃用途で連続多用した場合、間に休息を挟まねばならないのだ。

 髪の毛一本どころか、細胞や遺伝子さえ透明化するのに身体にかかる負担は、想像以上に重い。


「やっぱりね。ここに着いた途端、ヤツらが一気に攻めて来そうな嫌な予感がしたから、あらかじめ〝リーコス〟に連絡しておいたんだけど。流石に〝はいすぐ合流!〟とはいかないねぇ」


 舌打ちをするシアーシャに対し、姿を消したままドウェインはため息を一つ着いた。


 《……とにかく、我々は今出来ることをするしかないな。俺の〝光学迷彩〟は長時間は使えないから、今の内に対策を考える。ところで、だ。俺が思うに、今ここにいる・・・・・・アンストロン達はいずれも〝スレイブモード〟状態な気がするのだが、君はどう思う? 》


 相方が自分の感じた感触と同じだったことが分かり、シアーシャは大きく縦に首を振った。


「……そうだねぇ。それ、あたしも思っていたんだよ。コアを抜き取っても抜き取っても、湧くように出て来る。このアンストロン達を操ってる黒幕が背後にいるんじゃないかってね。この黒幕を抑えないと、長期戦であたし達の方が参ってしまうよ」

《俺はこの場所以外・・・・・・にもヤツらがいないかを調べてみる。その間、ここを君に全て任せることになるが、大丈夫か? 》

「分かった。時間稼ぎをしておくよ。いざという時にはブラスター・マシンガンを使うつもりだし。あたしは君が能力を発揮出来なくなることの方が心配だ。むしろ、現状打破の作戦を立てる方に回ってもらった方が良さそうだしね。それと――〝リーコス〟達を見掛けたらすぐに連絡して欲しい」

 《了解した》

「あまり無理しないようにな」

 《ああ。君もな》


 彼がそう言い終えた途端、今まで傍にあった〝ディアボロス〟の気配を彼女は全く感じなくなった。光学迷彩を操る彼の気配は、誰も感じることが出来ないが、相棒である〝スコルピオス〟だけが唯一可能だった――理由は分からないが、本能で感じられるものらしい。


「さあ、ひと休憩はおしまいだ。かかってきな木偶の坊達。女王様の鞭から逃れられると思ったら、とんだ大間違いだよ!」


 シアーシャは再び気力を奮い立たせた。橙色の輝きを持つ鞭を握りしめながら構えをとり、己の目の前に立ちふさがる、幾体ものアンストロン達を焔のように燃えるような色合いの瞳で睨みつけた。

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