第18話 発想法(あまのじゃくの転換法)



 じゃあ、他人の作品に素晴らしいと感銘を受け「こんな作品を書きたい!」と思ったとき、どうやって自作のオリジナルに持ちこむのか?


 ここ、肝心なとこですよね。これまでさんざん、パクりはやめてと言いつつ、ひらめきを得るのはよし。なら、じっさいにどうやって一瞬のひらめきを元話とは別の形に持ってくるのかって話はしてきたことなかったので。


 じっさいには、前のページの『宙夢』のあとがきで、『どろろ』から『宙夢』にまで、どうやって変換したかという説明はしてるんですけどね。そちらは宙夢を読んだ人の目にしかふれないだろうから。


 二人そういう人を見かけたので、たぶん、一定数の人が「こんな話書きたい!」と思ってるんだろうってことで、今回は『薬屋のひとりごと』を参考にしますか。


 ただしね。この作品が大好きで、今まさに「こんな話が書きたいんじゃ!」と思ってる人が、これから僕が書く内容を読んだら「そんなんじゃない! それは薬屋じゃないもん。違う話だよー!」って言うと思う。

 いや、だから、違う話にしないといけないんですよ……たぶん、そこがわかってないんだろうな。


 これはパクり推奨してるわけじゃないですよ。ほんと、僕自身はアイデアの盗用だけでもやめてほしいです。

 ただもし、不幸にして思いついたネタが他作品とそっくりだったとき、違う形に持っていき、差別化をはかることはできるかなと。

 そういう頭の訓練というか?


 何かの作品から発想を得たとき、大事なのは、自分がその作品の何に感銘を受けたのか、それをまず分析すること。自分の趣味嗜好、いわゆる癖を把握しておけば、その後、また違う作品を考えるときにも、きっと役立ちます。


 薬屋のひとりごとなら、中華風ファンタジーで毒見役の薬師が美形宦官(と言っといて、たぶん王子)の頼みで後宮内で起こる事件を解決するミステリー、ですよね。


 これをまんま設定に使ったら、ほんとにただのパクりです。こういう話書きたいと思っても、やっちゃいけません。


 この場合、上記で書いた内容の単語は全部、使わないこと。つまり、中華風も、後宮も、薬屋、薬師、毒見役も、宦官(王子)もダメ。使っていいのは美形に頼まれて事件を解決ミステリーだけ、かな。


 ええー! そんなの薬屋っぽい話にならないじゃん!

 そうですよ。ならないようにしてるんです。


 僕なら、まず時代設定がたぶん中世くらいなのかなぁと考えて、じゃあ、中華じゃなく、ルネサンス期イタリアにしようと思います。

 薬屋って、中華ファンタジーなのに、事件のトリックやその解法が現代の知識じゃないですか。ほんとのこと言うと、僕は時代考証が……と気になって、あんまりアレ好きじゃないんですが。世界観がいっきにくずれる気がしちゃって。

 でも、一般の人にはそこが読みやすさにつながってるんだろうなと思う。白粉が毒とか、指紋のとりかたとか、食品アレルギーとか。ほんとの中世だったら、当時の人の知識にあるわけがないです。


 なので、ルネサンス期なわけです。ルネサンスは中世のなかでは唯一ひらかれた科学知識の時代だったので。ヒロインが現代的な言動をしても、しっくりいくと思う。さすがに「犯人が残した血痕から遺伝子を調べました」とか言ったらやりすぎだけど。「ペストはネズミが運んできます」くらいは言わせてもいい。


 さて、舞台と時代はこれで決まりました。次はヒロインの設定ですね。ここで、薬屋と反対を行きたいなら主役を男にしてもいいんだけど、それだと、今まで男が主役のミステリーはいっぱいあるので、逆に新鮮味がなくなってしまうかも?

 なら、女のままで行きましょう。


 西洋なので、赤毛がいいかな。当時、赤毛は気が強いと信じられていて、あまり好まれてなかったんですよ。やっぱり人気は金髪碧眼ですよね。男も女も金髪がモテはやされ、イタリア女性はけっこうな率で金髪に染めていた。


 というわけで、ヒロインはマイノリティの赤毛。赤毛なのに気が弱くてオドオドしてしまうとかね。赤毛はそばかすもセットなので、この点は薬屋の子がチラッとのぞきますよね。けど、そばかすていどは盗用にはならない。本家は不美人に見せるためにわざと描いてるので、こっちはもともと生まれつきのそばかすにしましょう。瞳はグリーン。赤の対抗色。


 そして、仕事。薬屋はダメだよ? なので、毒をあつかう職業がいいな。暗殺者? いやいや、ラノベで暗殺者は女性向けじゃないな。スパイファミリーは背景に戦時中ってのがあるからアリだけど、ただのミステリーに暗殺者の探偵はちょっと……。

 掟上今日子もランチ合コン探偵も可憐で切ないヒロインだった。


 じゃあ、逆に暗殺者を追っかける役ならどうだろう?

 中世か。暗殺が横行してたよね。謎の暗殺者を追うのはドラマチックでいい。アリだな。

 でも、職業としてはなんだろう? このとき、僕の頭にふっと浮かんだのは、異端審問会とか、修道女とか、なんなら、歴史色強めファンタジーにして、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子とかどうだろう? となると絵師なんだけど、師匠からあらゆる科学の知識をつめこまれてる……いいね。ちなみに、ダ・ヴィンチ、若いころはすごい美少年だったらしい。


 じゃあ、誰からの依頼で動くのか? 主役を宮廷絵師にすれば、王宮に出入りできるよねぇ。相手が身分を偽った王子くらいは、元話とかぶってもいいかもだけど、王子のワードをさけるとしたら、暗殺者(組織的なものにすると話を大きくできる)を調査中の将軍の息子とかでいいかも。やつした身分は神父。カトリックの神父は結婚不可なので、ヒロインとの恋をからめるとき、ハードルになるよね。本家が宦官(手術で男性として生殖ができない体)と言ってるので、神父くらいなら、本家を匂わせられる。


 そう。ここ。ここが肝心。

 まず、自分の性癖を自覚しとくといいよと。元話のどこに惹かれて、「こんな話にしたい」という気持ちの根っこがどこから来てるのか。

 僕なら、たぶんこの部分。ほんとは高貴だけど身分をやつしてる美青年と恋愛しつつミステリー。

 コレなんだと思います。

 もちろん、ほかの人はそれぞれ、惹かれるとこ違うと思いますよ?

 でも、僕が惹かれるとしたら、そこらへんだろうなと思うので、そこを残しました。


 でも、この設定を見て、元話が『薬屋のひとりごと』だと思う人いますか?

 たぶん、ほとんどの人は気づかないだろうし、もしかしたら、ふわっと薬屋の香りをかぐ人はいるかもしれないけど、だからと言ってパクってるとは思わないですよね?

「もしかしたら、この作者さん、あの話好きなのかな?」くらいは思うかもしれませんが。


 これが正しくインスパイアされたオマージュ作品です。

 ここまで自分のなかで料理しないといけません。


 もちろん、ほかの人は違うところにインスピレーションを受けてるだろうし、その部分をじっくり吟味して、さぐりあてます。


「ああ、中華だ。中華ファンタジーのミステリーが書きたいんだ」と思えば、どうしても、中華、後宮というだけで似てしまうので、もういっそ男の娘、女装妃のBLミステリーにしてしまいましょう。お相手を宦官にするとかぶりすぎるので、皇帝の弟とかにして、身分は偽らない。いやいや、外国からの外交官とかでもいいな。中華世界で銀髪美青年なんかギャップがいいね。そのうちお国どうしが敵国になりそうな気配があれば、なおよし。


 薬屋を残したいなら、和風ファンタジーにするとかね。江戸時代、大奥か? ただし、本家のキモは『主役が薬屋』なので、ほんとはそこが一番、排除させたいところです。

 僕がやるなら、それこそ暗殺者で毒薬の専門家にしますね。後宮とかでなく、ふつうの町娘で、理不尽に苦しめられる人を毒の知識でひそかに救ってあげる裏稼業、みたいな。始末人だ。お相手は彼女の裏稼業に薄々気づいてて案じる幼なじみ。本家要素は毒薬以外、全部消さないと使えない。


 まあ、そんな感じです。

 大事なのは癖ですよ、癖。

 自分がどこに惹かれたか。それにつきますね。


 そして、元話の要素は徹底的に細かく分解し、そのなかで一つ、ないし多くとも二つていどまでしか使っちゃいけません。しかも、元話のなかでもっとも濃厚なメインの要素は外す。じゃないと、似てしまうので。

「こんな話が書きたい!」と思ったとき、欲張らないことが転換のコツ。

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