微睡みより / シリカの記憶2

 悲しくて優しい夢を見ていた気がする。

 最初にシリカの胸に去来したのは、そんな想いだった。

 ぼんやりとした頭で見上げる先は白い霧ではなく、どこまでも黒い天井。

 しかしそこが暗いわけではなかった。

 足元から差し込む光がやがて目覚めを呼び込んでくる。


 少し目覚めたところで、目尻から頬にかけて涙が流れた跡を感じる。

 どうやら自分は寝ている間に涙を流していたようだ。

 しかし、その理由を知るために見ていた夢を思い出そうとしても、朧気にしか思い出せない。覚えているのは、自分が出会った白い竜の姿と、伝承にあった黒き竜のことだけ。

 自分はいったい何を見たのだろうと思いながら身体を起こす。

 その先には光溢れる湖があった。


 周囲を見渡してみれば、そこは洞穴の入り口だった。

「(……こんな場所あったんだ)」

 倒れる前に目に映ったのは空の色と竜の姿だけだったから。

 洞穴から見る外は酷く明るく見えて、差し込む光によって武骨な岩肌が照らされている。


「(ああ、たしか──)」

 茫然と辿る記憶。

 そこで自分がどうなったのかを思い出す。

 がむしゃらに竜の身許を目指して、たくさん転んで傷だらけになって──。

 自分が今どんな状態なのかを確かめようと、腕を見やるも、そこには傷一つなく。

 あれほど無理やり動かした身体も痛みがなく。

 土と血に汚れた服だけはそのままで、あれが現実だったと伝えてくる。


「えっと……」

 ところどころ抜け落ちている記憶を手繰り寄せて整理していく。

 たしか、優しく息を吹きかけられて意識を手放したのだ。

 ……だとすると、此処にはあの竜が運んでくれたのだろうか。

 そんなことを考えながら後ろ手をつけば、そこに大量の葉が敷き詰められているのがわかった。目をやれば青々とした葉が幾重にも重ねられている。

 こんなことを自分が出来るはずもなければ、ましてや傷もこんな早くに治るわけがない。他の人間がしてくれた可能性もない。だってここは誰も足を踏み入れない場所だから。


「じゃあ、本当に──」

 そこで思い至る。自分はあの竜の名前を知らない。

 たった一人の人間の為に此処までしてくれたあの竜のことを何も知らない。

 ただ、ハッキリと覚えているのは。

『そなたは吾が護ろう。吾が巫女よ』

 その言葉。それだけは、忘れてはいない。

 ……ああ、なんて優しい言葉だろうか。

 心の中でその言葉をなぞれば、あたたかな気持ちが広がっていく。


「……まだ、いらっしゃるかな」

 もし、本当に辿り着けたのだとしたら。

 もし、その言葉が本当だとしたら。

 もし、私の居場所として認めてくださったのだとしたら。

 まだ、かの竜はそこにいるはず。


 伝えなければならないことがある。

 聞かなければならないことがある。

 そう思い、シリカは立ち上がると光へ歩みだしていった。

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