白き竜と黒き竜 / 竜の歌

 竜の巫女シリカは夢を見ていた。

 周囲一帯を霧で覆い隠された場所に自分がいて、その眼前では自らが出会った白い竜と伝承で聞いた姿に似た黒い竜が対峙していた。


『ネガルよ、話とは何だ』

 白い竜は、シリカにも向けていた穏やかな声色で尋ねる。


『クラウシュ、言わずともわかるであろう』

 ネガルと呼ばれた黒い竜は、荘厳ながらしわがれた声色で応える。


『……わからぬとは言わぬ。しかし──』

『この身を見よ、既に刻は近い』

 躊躇うクラウシュとは対照的に、ネガルは酷く落ち着いていた。


『何故、何故そうなったのだ』

 やり切れぬ想いを零すように。


『アーキアという娘を覚えているか』

 一際低く、しかし思い出を語るかのように。


『覚えているとも。貴様が吾によく話したあの娘であろう』

『……ああ。あの娘との日々がカタチを歪めて信仰となった』

 それが原因だとネガルは語る。


『奴らはこの身に慰みとして巫女を贈るようになった』

『…………』

『自ら志願した者ではなく、16……アーキアが追放されたのと同じ歳の娘をだ』

『だが、それだけでは──』

『──望まずにやってきた者がどうなるかを知らぬわけではあるまい』

『……今まで何人死んだ』

『わからぬ。しかと覚えているのは、少し前に手ずから殺してしまった娘一人だ』

 それ以外はある日から姿が見えなくなったとネガルは語る。

『貴様……』

『この身にはアーキアとの日々が刻まれている。まるで呪いのようにな』

『ネガルよ、貴様の怒りが街を焼いたことは覚えている。だが』

『だが、何だというのだ。この身が憐れか?』

『ああ、実にな』

『であれば、この身に終わりを与えてはくれまいか。友よ』

 クラウシュは躊躇いの色を滲ませる。


『この身は……穢れ過ぎた』

 伝承からはかけ離れたネガル。

 それはクラウシュの性質ととても近しく。

『アーキアを救えぬだけでなく、罪なき者達までもこの手にかけてきた』

 悠久を生きる者が、刹那を生きる者を想うこと。

 それがどれほどの地獄なのか、クラウシュにはわからない。

 だが、もし今の己に古き友の為に出来ることがあるとすれば──。


『──ネガルよ』

『……ああ』

『本当に、いいのだな……?』

『ああ、本望だ』

 瞳を閉じ、その時を待つ。

 ……が、その時は訪れず。


『……どうしたクラウシュ。まだ何かあるか』

 どこまでも穏やかなネガルの問いかけに、暫しの逡巡を経てクラウシュは応える。


『──その記憶を、吾が受け継いでも良いか』

 ネガルもその言葉の意味を知らないわけではなかった。

 竜は、互いの契約のもとに記憶を引き継ぐことが出来る。

 無論、それは殆ど起こりえないことではあるものの。


『好きにすると良い』

『……ありがとう』

 か細く響く感謝の声には万感の想い。

 暫しの沈黙は、互いの交わした日々を慈しむように。


『──では、さらばだネガル。良き友よ』

『ああ、さらばだクラウシュ。愛しき友よ』

 最後の言葉は揚々と。


 竜巫女シリカは、そこで目覚めた。

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