停まらない、電車
サボりは道連れ、世は情け。
後ろめたい行為であったとしても共犯者がいるだけで、心への負担が軽くなる気がするのだから不思議である。
あくまでも僕の立場から見た自己中心的な意見のため、今こうして年季の入ったゲーセンのクレーンゲームに熱中しているまよいが、同じ気持ちか否かは判断しかねるのだった。
「はぁ? 何で今ので取れないわけ? アームが貧弱過ぎる上に、やる気も感じられないんだけど。トーくんってこの筐体の擬人化だったん?」
「お店と僕に失礼だから、言いがかりはやめた方が良い」
「……お店の人、ごめんなさい」
「僕は? ねぇ僕には?」
コーヒーショップを後にした僕らは、あてどもなく街を彷徨っていた。
未だ夏休み中の繁華街は若者でごった返していて、騒がしく賑やかだ。
周囲の人たちに
楽しそうな笑顔と笑い声。
時折目と耳に届く幸せの象徴にも似た光景に、僕の心は酷くざわつくのだった。
受験に失敗して予備校生に身をやつしている立場からすると、この空間が場違いなものに思えてくる。
両親にも迷惑を掛けている以上、どうすれば一番の親孝行に繋がるのか、なども分かりきっているのに。
モチベーションの低下だとか、たまの息抜きは必要だとか、言い訳を繕う手際ばかりが上手くなっていく自分が嫌になる。
渦巻く自己嫌悪に溺れそうになりながらも、ため息交じりで喧騒に溶けていくのだった。
矢継ぎ早にリクエストを申請してくるまよいに付き従っている内に、気が付けば夜の十時を回っていた。
彼女と遭遇した当初は、コーヒーを飲みながら軽く談笑して解散のつもりだったのに。
消化できなかった本日分の勉強タスクは、明日に持ち越しとなるだろう。頑張れ、明日の僕。
まよいと連れ立って夜の街を歩く。
昼間の賑わいは薄れたものの、仕事帰りと思しき人たちが新規参入したことによって、頭数の総量という意味ではプラマイゼロかもしれなかった。
人波の合間を縫い、駅の構内を進む。辺り一帯では一番大きな駅なので、各所から大量の路線が乗り入れている。
西へ東へ、南へ北へ。毛細血管のごとく張り巡らされたそれぞれに利用者はいて、更に人の数だけ生活があると考えると、壮大なスケールを感じずにはいられない。
僕ら二人の地元の駅へと連なるお目当ての路線を目指して歩を進めていると、まよいが改札手前で不意に足を止めた。
「……まよい? どうした?」
投げかけた声が届いているのかいないのか、彼女は俯きがちに顔を傾けている。
ゆっくりとした動作で僕を見つめる瞳には、複雑な感情が散りばめられていて、即座に読み取ることは出来そうにもなかった。
「……ねぇトーくん、私まだ帰りたくないな」
飛び出したフレーズは、男としては一度は言われてみたいセリフかもしれなかったが、相手も相手である。
僕とまよいは、ただの昔馴染み。それ以上でも以下でもない。
今日一日を一緒に過ごしたのも、懐かしさに端を発した旧交を温めるだけの行為だ。
恋人でもない間柄で交わされるワードとしては、いささか場違い感が否めなかった。
「……そうは言ってもな、もう十時過ぎだし。良い子は家に帰る時間だぞ。少し早めのシンデレラってところだな」
白状すれば僕だって、明日のことに思いを馳せると嫌な気分になる。
このまま遊び歩いていられれば、どれほど楽しいだろうか。
しかし僕はともかく、制服姿のまよいを遅くまで連れ回す訳にもいかない。
時期も時期だし、青少年の挙動には警察も強めに目を光らせているはずだ。
非行とは縁のない真面目な人間である僕は、補導の対象が何時からなのか正確には把握していないけれど、確か十一時が境だったと薄っすら記憶している。
「あはは、シンデレラか。私はむしろ――ドロシーの方が近いのかな――なんちゃって」
冷たく、抑揚のない声。
浮かべた笑顔は薄い膜に覆われていて、明るさを遮断しているようだった。
僕が言葉の意味を
「ほら、ボーっとしてないで。もう電車来ちゃうよ?」
そう言って彼女は、スマホをかざして改札を通り抜けていく。
僕も慌てて後を追ったけれど、今しがたのまよいの言葉と表情が、脳裏にこびり付いたまま離れなかった。
程なくして到着した電車に乗り込むと、乗客はまばらで運よく席に座ることが出来た。
連日の疲れが出たのか、はたまた久しぶりに若者らしい街遊びに気疲れしたのか、発車してからすぐに僕は眠りに落ちていった。
「――――くん、ねぇトーくんってば!」
まよいの声と、肩を揺さぶられる感覚で僕は目を覚ました。
「――ん……もうすぐ着く感じ?」
半ば夢の中にいるような、とぼけた声で応じる僕の目に映ったのは、初めて見る程に緊迫したまよいの表情だった。
「……私もさっき起きたんだけど、何か変なんだよ。外の景色は真っ暗だし、いつの間にか誰も乗ってないし――」
「……え?」
おふざけではない声のトーンによって、僕の意識は強制的に覚醒する。
壊れた首振り人形を思わせる動きで周囲を確認してみれば、確かに様子がおかしい。
この路線は地下鉄ではないため、大なり小なり建造物や民家の明かりが走行中でも目に入るはずなのだが、流れていく景色はほぼ真っ暗で、呆けた僕の顔がぼんやりと浮かぶだけだった。
次に乗客。
乗り込んだ当初は混雑こそしていなかったものの、それなりに乗客は存在していたはずなのだ。だが今は、僕とまよいを除けば人影ひとつ見当たらない。不気味に静まり返った車内に、ゴトゴトと走行音だけが空しく響いていた。
「……なんだよ、これ」
嫌な予感を感じつつも、僕はポケットのスマホを取り出してみる。
ディスプレイに表示される時刻は、既に十一時を回っていた。僕らの降りる駅はさほど遠くないため、大幅な遅れが生じない限り、こんな時間になるなどあり得ない。第一、電車は速度を緩めることなく走り続けているし、乗り過ごしたにしても全く見覚えのない場所を走っているのは何かの間違いにしか思えなかった。
そして――電波は圏外で、現在位置も正しく表示はされていない。
「トーくん……」
不安げな顔で、まよいが僕のシャツの裾を掴んでくる。
迷走する事態に頭は混乱中だったが、僕まで慌てふためいていたのでは、彼女まで不安にさせてしまうだろう。努めて冷静さを維持しつつ、思考を巡らせようと試みた瞬間――
突如としてアナウンスが流れ、僕とまよいは大仰な程に身を震わせてしまう。
「次は――XXXX――次は――XXXX」
ザラザラと不快感を煽るアナウンスは、ノイズ塗れでほとんど聞き取れない。
かろうじて駅の降車案内だということが判別出来たものの、駅名など皆目見当がつかなかった。
「……あそこ……電光掲示板……」
震える指でまよいが指さしたのは、車両の上方に取り付けられた電光掲示板。
常日頃から見慣れた表示とは程遠い文字化け具合で、無機質に読解不能な言葉が並んでいるのだった。
『次は 郢ィ晢スャ郢晏ク厥ヲ鬯ァ』
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