第66話 冥王の爪痕
チンチロリン♪
ドアに取り付けられた鈴が軽やかに鳴る。 まだ仕込み時間と言う事で、店には大ママ・マリアさんと小ママ・ダフネさんの二人だけで、ベノムさんはまだ来ていないらしい。 いや、店の片隅に一人……っ!?
「スミスさん!?」
「やあ、クロの旦那! 先日は電話で失礼しました。 随分とご無沙汰してます!」
「お初にお目にかかります。 私がこの店の店主マリア、そしてこちらがダフネです。 宜しくお願いします。
「お初に……へっ!? ダークロード……??」
「クロのことだよ?」
「シロ、そうなのか? 何がどうなればダークロード??」
「あら、ご本人様にはお話されていらっしゃらないのですね!?」
「私、そう言う情報には疎いもので、そちらからお話していただけると有難いですわ?」
「わかったわ♪ 宜しいでしょうか?
「その、だ、ダークロードは辞めていただけませんか?」
「あらあら、ご謙遜なされるのですか。 では、僭越ながらクロ樣と呼ばせていただきますね!?」
「様も要らないですからっ!?」
「では何とお呼びすれば宜しいのかしら?」
「クロで良いですからっ!!」
「さすがにそれは畏れ多いのではないでしょうか!? では、クロさんとお呼びしても?」
「は、はい。 じゃあそれで!」
「ではクロさん♪ の作製されましたCD【冥界の慟哭】がミリオン……いいえ、デカプルミリオンセラーを超えて更新中です♪
この冥界の音楽界では知らないものはいないですし、その人気は天井知らず。 もはやカリスマを超えて神の領域、いいえ魔神の領域へと到達していると言っても過言ではないほどですわ♪」
「冥界の慟哭……魔神……冥王……なにそれ? 聴いてないんですけど?」
「一度レコード会社と連絡を取ってみてはいかがですか?」
「……そう、ですね。 ちょっと失礼しますね」
「ええ、どうぞ♪」
ボクはデバイスを起動させてマキナクラウドにバックアップしていたデータをデバイスへダウンロードした。
……アホみたいに
ごめん、ローレンさん、マタリさん……全然見てなかったよ。
ミームに返信を入れるとすぐにマタリさんからミーム電話がかかって来た。
[もしもし? 師匠!? 本当にクロさんっスか!?]
「あ、ああ。 クロです。 なんかすみません。 デバイスが壊れて長い間着けていませんでした」
[そうだったんスね!? まあ、元気そうで良かったッス!! あそうそう! ローレンさんが連絡を取りたがっていましたよ? もう連絡とりました?]
「い、いや、まだ……」
[なら、早くかけてあげてください!! けっこう困っていましたよ!?]
「そうなの?」
[そうッスよ! じゃ、オイラはこれで!! また
「ああ、分かった! ありがとう!」
僕はマタリとの通信を切ると、すぐにローレンさんへミーム電話をかけた。
[はい、こちらムジカレーベル・アーティストマネージャーのローレンです]
「あ、ローレンさん。 ご無沙汰しております。 クロですが、覚えていますか?」
[クロさん!? ……コホン、失礼……本当にクロさんでございますか?]
「はい、モカ・マタリさんに紹介していただいたクロです」
[おお!! 連絡をお待ちしておりました!! クロさん!!
クロさんと連絡が取れない間に、山ほど仕事やオファーや企画が積み上がっていて困っています。
つきましては、一度どちらかのうちの支店に顔を出していただく事は出来ないでしょうか? 仕事を受けるにしても、そうでないにしても、一度お話いたしたく存じます]
「……あのぉ、ローレンさん?」
[はい、何でしょう?]
「お話の前にですね、僕のアーティスト名ですが、
[ああ、どうです? イメージにピッタリでしょう? アルバムのタイトルも申し分ないかと思うのですが……お気に召しませんか?]
「はあ、まあ……お任せしたのはこちらなので、文句はありませんが……」
[あれ? お気に召しませんか?]
「いえ、大丈夫です。 はい」
[いや〜良かった!! アレに関しては社内で大論争になりましてね? 決定するのに三週間はかかってしまいました。 しかし、その甲斐あって売り上げの方も順調……、いえ、爆上がりに伸びております]
「は、はあ。 それで、とりわけ重要な話は何でしょうか? 良ければ先に少し聞かせてください」
[はい。 まあ、その、お金のお話になるのですが、印税の振込先の話になります。
以前は現金が必要だと云われましたので口座登録なされていないんですよ。 なので、振込先の口座など用意いただけないかと思っておりますが……]
「印税……ですか? まあ、では何処かで会いましょうか。 現在ニヴルヘル冥国のナーストレンドにおりますが……」
[……畏まりました。 そちらの支部の担当が伺いますので、担当が決まり次第連絡差し上げます。 名前を後ほどミームで送ります。 その者からの連絡をお待ち下さいませ]
「わかりました。 宜しくお願いします!………はああああああ……」
僕は通話を終えると深くため息をついてしまった。 皆が何事かと顔を覗き見るが、手をひらひらと振って何でもない素振りを見せる。
無駄に時間がとられるのが困る。 まあ、まだバベルに乗り込む算段が出来ている訳ではないのだが。
「あ、スミスさん、私用で愛想なしですみません。
「お、おう。 まあ、せやねんけど……クロの旦那。 何か切り出し難くなってもたなぁ……」
「何かあるんなら聞きますよ? どうぞ話して下さい」
「そうか? ほな、言うけどな? クロの旦那の作った【カレー】のレシピを売る権利が欲しいんやけど、ええかな? 勿論売上の一部は旦那へ送ります」
「カレーのレシピ? 権利??」
「せや……アカンか??」
「そんなのわざわざ確認しなくても……」
「いやいやいやいやいやいや、そんな訳にはイカンやろう!? あんな莫大なお金の匂いしかせんモンを……どんだけお人好しなんでっか!?」
「お人好し……そんなものですかね? カレー……」
「そんで、ここに契約書も持って来てますねや。 旦那の事やから、そんなんええって言うんでっしゃろけど、利権と言うのはちゃんとしとかんと、勝手に使われるんや。 うちが元祖やとか本家やとか言い出して権利を先に取ったモン勝ちっちゅー事になるんですわ。 んなわけで、出所をはっきりさせておきたいんですねん」
「どこにでもあるんですね、そーゆーの……」
「せや、どこにでも利権は発生する。 冥王かてそうや。 旦那を詮索する
「まあ、カレーは皆が美味しく食べれたら良いと思うから、レシピは公開したら良いけど、確かに独占して金儲けの餌にされるのは遺憾だな。 分かった! この件はスミスに一任するよ!!」
「かしこまりっ!! ほいたら、ココにサインしておいてんか」
「ほいほい」
僕は特に何も確認せずにさらりとサインした。 本当にここの人はカレー、好きだよな……。
「おおきに、旦那! カレーの権利は俺が守ります!」
「お、おう。 好きにしてくれ」
「ねえ?」
店の店主マリアさんだ。 何か目が……キラキラしてるな……何時か何処かで見た目だ。
「そのカレーって言うの? そんなに美味しいならうちでも出したいんだけど、スミス、レシピ教えてくれないかしら?」
「ええけど、高くつきまっせ?」
「先日臨時収入があったから大丈夫よ。 教えてちょうだい」
「ああ、そう言う事ならよろしおま!」
チンチロリン♪
ドアチャイムが鳴って皆の視線が玄関に集まる。 ベノムさんだ。 もともと無表情な人だが、今日もニコリともしない。 ニヒルで格好良いよな。
「こんにちは」
「「いらっしゃい♪」」
マリアさんとダフネさんが営業の声色で迎えるが、やはり顔色一つ変えない。 ベノムさんは店に集まった面々を一瞥すると、軽く頭を下げて入って来た。
ダフネさんがカウンターに水を置いて、ベノムさんの席を僕の隣に誘導する。
「あの、今日はいったい……?」
「ああ、わざわざ呼び出してすみません。 先日は商業ギルドの紹介助かりました、ありがとうございます!
それから僕の仲間が迷惑かけたみたいですね? 退院したみたいだけど、具合はどうなんですか?」
「いえまあ、大丈夫ス……」
「なら良かった。 先日のお礼と迷惑をかけたお詫びをしたいんですが、何が喜んでもらえるか分からなかったもので、マリアさんに呼んでもらったんですよ」
「そんなの別にいいス。 俺、何も欲しいモノないので」
「じゃあ、下世話な話、お金でも良いですか?」
「え……………、いいッス、別に」
少し間があったな……。 しかしこんなに無欲でお金が欲しいとなると……何かあるんだろうか……?
「いや、ぜひ貰って欲しいんだ。 僕のワガママだと思ってくれて構わない。 駄目だろうか?」
「すみません。 金で俺たち痛い目見てるんで、そんな簡単に受け取れないス」
俺たちね……ますます訳ありだな。 しかし、ガンツさんの感じではそんなに困っているとも思えないのだが……?
「そうですか。 残念ですね……では、こういうのはどうでしょう?」
「え、何ですか?」
僕は一枚の紙をベノムさんの前に出した。
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