1180年09月21日 義兼帰参

 足利義兼という少女が居た。

 彼女の親である源義康は足利荘を拠点としていたので足利義康を名乗った。この足利氏というのが問題だった。足利氏は二種類存在したのである。

 俵藤太こと藤原秀郷の子孫である藤姓足利氏。彼女達は義兼が属する源姓足利氏と領地争いを繰り広げていた。そして藤姓足利氏の代表者が以仁王の挙兵の時に荒れ狂う富士川を300機で渡河した足利俊綱である。

 1180年。義兼は苦境に立たされていた。

 もし足利俊綱が藤姓足利氏こそが正統な足利荘の所有者であると主張すれば富士川の功を考慮して平清盛は源姓足利氏から没収して藤姓足利氏に与えるだろう。皇族である以仁王から領地を没収し、それどころか上皇を監禁する奴である。怖い物など何もない。たかが下級氏族程度平気の平左で族滅させる。

 つまり、源姓足利氏の滅亡のカウントダウンは始まっていたのである。

 そんな絶体絶命の足利義兼の耳に源頼朝が静岡県の伊豆半島で挙兵したという報告が入った。

 乗るしか無い、このビッグウェーブに。

 義兼はそう判断した。せざるを得なかった。そうしなければ滅亡するのだからそうする以外の手段が無かった。

「行くぞ、義範。」

 義兼は兵を率いて足利荘を出る前に同族の山名義範に声をかけた。義範の親は足利義康の姉である源義重である。義重の領地は新田荘であり、要するに新田義貞の先祖だ。源義重は頼朝の元に帰参するのが遅れ、これが新田氏こそが宗家で足利氏こそが分家であるはずなのに太平記の頃には立場が逆転する遠因になった。

 一方、義重の子である義範は足利氏と仲が良かったから頼朝に早期に帰参できた、という説がある。だが、まあ、親が親であるのだから多分義兼の側から誘った。

「いやでも親が。」

「そうか流石だな義範それでこそ私の従姉妹だ。」

「いや、別に行くとは」

「さあ行こう。」

 かなり嫌そうにしている義範を家から引きずり出した。実際本当に義範が嫌がったのか、という点についてだが、タイムマシンで過去に遡らないと判明しないだろうが多分嫌がった。理由は先述した通り親である源義重が頼朝の元に帰参しなかったという歴史的事実が挙げられるが、では何故帰参しなかったのか。

 簡単な話、義重は頼朝の挙兵を京都の平家に報告している。すなわちこの時点では新田氏は平家側の武士だったのである。

 余程親と仲が悪い訳でなければ異なる立場を選ぶ子は居ない。最悪族滅も有り得るのだから。そういう危険性を無視して暴れ回ったのが源為朝だったり源義朝だったりするのだが多分そいつらは例外外れ値規格外。参考にしてはいけない。

 加えていくら源氏の御曹司とはいえ源頼朝の反乱が成功するという確固たる証拠も無いのだ。平家に従っていれば源氏であっても従三位まで昇叙出来るのは源頼政が証明済みだ。

「姉者が馬鹿な事をしなければなあ。」

 嫌そうにしていた義範をぐるぐる巻きにしてシノギヅクリの座席の後ろに放り込みながら義兼は愚痴をこぼした。

 以仁王の挙兵の時、義兼の姉である矢田判官代である源義清が源頼政に従って以仁王側に参戦したていた。この時の富士川の戦いは藤姓足利氏と源姓足利氏の戦いでもあったのだ。

 当然清盛が賊軍に落ちた源姓足利氏を野放しにする訳がない。そういう理由からも義兼は源頼朝の許に帰参しなければならなかった。

 さあ伊豆半島に移動しよう、という段階になって石橋山の戦いで源頼朝が敗北した、という報を足利義兼は受けた。報告者によると頼朝達は房総半島の南部に逃れたらしい。急がなければ。

 進路を伊豆半島から房総半島に変更し、移動し始めた。その直後に見つかってしまった。見つかりたくなかった奴に。

「義兼じゃん。なになに、どっか行くの。」

 金髪の少女『胡沙虎』であった。長いスリットが入ったチャイナドレスを身に着けている。

 この胡沙虎という人物は関東地方の少なくない面積を支配している女真族の王朝である金の武将である。その態度は横暴の一言。史実を見ればわかる通り命令違反とか逆らう奴を処刑とかやってる。だというのに戦いにおいては結構有能な為、金の上層部は胡沙虎を処罰できなかった。

「胡沙虎が行くなら私も行く。」

 そう言いながら胡沙虎の後ろから現れたのはまたもや金髪チャイナドレスの少女。胡沙虎と異なり大人しそうな印象を受けるが、別に許可した訳でもないのに彼女の中で胡沙虎が義兼に同行する事になっているあたり間違いなく胡沙虎と同類である、と義兼は確信した。

 彼女の名前は紛らわしいのだが『胡沙』である。いつも二人で一緒に居るし似た外見だし似た名前なので姉妹か親戚かとよく間違われる二人だが、胡沙虎は金朝建国期に功績を残した元勲の子孫であり、胡沙は金の宗室出身。血の繋がりは一切無い。

 二人そろって戦いとなったらめっぽう強い。その反面、命令違反だったり独断専行だったりが酷く金朝でも手を焼いているらしい。

 こいつらを鎌倉殿の許に連れて行ったらまずい事になるなと義兼は確信し、無視してシノギヅクリの歩を進めようとしたのだが突如胡沙虎が腰の満鉄刀を素早く抜刀し、義兼のシノギヅクリの左小指を切断した。決して軽くはない鉄製の巨大な指が一本、地面に落下して音を立てる。

『何をする。』

 外部スピーカーを通して義兼が言う。胡沙虎は剣先を義兼のシノギヅクリに向けたまま言った。

「この間の戦いで負けた頼朝とかいう奴の所に行くんでしょ。面白そうだしあたしらも連れてってよ。」

『断る。』

 即答であった。そして胡沙虎は即答に即答で返した。

 次に胡沙虎が満鉄刀を叩き込んだのはシノギヅクリの手首。先程の指一本とは比べ物にならない質量が地面に落下し、轟音を立てた。

「ほらほら、さっさと頷かないと今度は肘いっちゃうよ。」

 こ、い、つ、は。

 義兼はシノギヅクリで思いっきり踏み潰したくなる欲求をぐっとこらえ、思考する。こいつ等をどうすべきか。流石にここまでやられて無視する訳にはいかない。胡沙虎はやる時はやる奴である。最悪この場でシノギヅクリを解体される恐れも。

 義兼はシノギヅクリの頭部を胡沙に向けた。察した胡沙が答える。

「大丈夫だよ。上層部の許可は取ってる。」

 それが信用ならないんだよ。

 この二人の戦いでの信用度は凄まじい一方で人格については何一つ信用できない。

 だが現在の義兼は源姓足利氏滅亡のカウントダウンの真っ只中、行動しない訳にはいかない。そして行動する前に行動する為の足であるシノギヅクリを破壊される訳にもいかない。

『万事休す、か。』

「聞、こ、え、て、る、ぞ。」

 義兼が折れた事を知りけらけらと楽しそうに笑う胡沙虎。やむを得ず義兼は言う。

『同行を認める。ただし鉄機は自分で用意しろ。三十分以内だ。』

 それを聞いて胡沙と抱き合って満面の笑みで喜ぶ胡沙虎。普通ならこの条件は遠回しな同行拒否の返事なのだが、三十分どころか恐らく十五分でも用意出来るのが胡沙虎という女だった。自分の意見を通す為に常に武力を近くに置いているのだから三十分は長過ぎる位だろう。

『お待たせ。』

 五分後、金朝の伝統的鉄機であるコウアイッシンが二体、シノギヅクリの前に現れた。十五分でも長過ぎた。

『いくら何でも早過ぎだろう。一体何を想定してそんな近くに鉄機置いてるんだ。』

『暇潰し。』

 胡沙虎からの通信によるその返答に義兼は言葉を失った。この乱暴者に質問したのが間違いだった。

 とにかくこれで出発しよう。

 源頼朝が逃れたのは千葉県南部という事だった。千葉県は房総平氏が支配しており、そして彼女達は清盛の先祖である平貞盛に討伐された平将門の末裔を自称している。平将門、という名前から後世の創作では平家の一門だと考えられて清盛達とひとまとめにされる作品がいくつか見られるが、実際には坂東独立を目指していたので源頼朝の先輩である。

 つまり、千葉県は反平家と言って良い。

 そういう訳なので特に抵抗も無く千葉県を北から南へと進んでいき、1180年09月21日に到着した。

「よく来てくれた、義兼。」

 頼朝は旧知の友人に会うかのような態度で宿泊所から出てきた。

 義兼と頼朝にこれより前に面識があったかどうかは不明だが、同じ源氏で本拠地が近いのだから面識が無い方がおかしいだろう。

 そして頼朝は義兼の後方に控える二人の見慣れない武人少女に目を向けた。

「そちらの二人は。」

「あたしらは」

「こいつらは金朝からついてきたおまけなんであんまり気にしないでくれ鎌倉殿。」

 自己紹介をしようとした胡沙虎の言葉を義兼が遮った。当然不満そうな顔をする胡沙虎だが、隣の胡沙にたしなめられた。

「金朝か。使えるのか。」

「使いたくない。出来るならば送り返したい。」

 義兼の即答に思わず吹き出す頼朝。笑いをこらえきれないながらもなんとか言葉を続ける。

「そうか、そうか。まあ、感謝するよ義兼。ここから皆でひっくり返す。」

 義兼の他にも房総半島の武士達が頼朝の周囲に集っていた。

 三浦氏長老、三浦義明。北条氏当主、北条時政。頼朝側近、安達盛長。

 足りない。

 義兼は見抜いていた。故に口を開く。

「千葉と上総か。」

「その通りだよ義兼。」

 頼朝が肯定する。房総半島のこの二大勢力が味方に付けば平家の大軍と正面から戦える。

「あのさあのさ。」

 胡沙虎が義兼に耳打ちし、そして問う。

「で、何してんのこの人達。」

「反逆。」

 義兼の返答を聞いた瞬間、胡沙虎の目の色が変わった。とにかく反骨心の塊のような女である。その変化を見て義兼は『あーあ。』と内心で呟いた。

 こうして室町幕府将軍家の先祖と後の鎌倉幕府初代将軍は合流した。

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