1180年09月14日 石橋山の戦い

 伊豆半島(インド亜大陸)で山木館の襲撃に成功した源頼朝だったが頼朝軍の戦力だけで伊豆半島を支配する事は不可能だった。表向きは従う者は多いだろうが、報告を受けた平家が大軍を派遣すればすぐにでも平家に再従属するだろう。その為頼朝は三浦半島(東南アジア)を拠点とする三浦氏からの援軍をあてにしていた。だが、彼女達は遠路を理由に帰参しなかった。

 いきなりあてが外れてしまった。

 ここで待っていたのでは平家に時間を与える事になる。官軍である平家は出撃するまでに様々な手続きを必要する。なので平家に対抗するには即断即決以外に方法は無かった。

 その為頼朝は神奈川県に行く事とした。目指したのは湯河原町。三浦氏の三浦半島までは遠いがそれより前にある神奈川県湯河原町にまで行けば頼朝に協力を表明している土肥実平と合流して兵力の増強が出来る。

 一方平家側は大庭景親率いる軍勢が頼朝討伐に向かった。景親は以仁王の挙兵の時に平家側で戦った武将達の一人である。

 景親の軍勢は3000の数であり、対する頼朝の軍勢はたったの300だった。

 頼朝は石橋山へと逃げそこで陣を敷いたのだが圧倒的に数が不足していた上に伊豆半島の武将である伊東祐親が300機の鉄機で頼朝軍の背後を防いだ。

 その上大雨。状況を知った三浦氏は援軍を派遣したがこの大雨で合流に失敗する。

「それでどうなさるおつもりかな鎌倉殿。」

 仮設基地の内部で鉄機に囲まれながら土肥実平が頼朝に言った。ぎりぎり合流が間に合ったのだが兵力の増強には失敗した。

「いや無理だろ。こっちが300で敵が3000だぞ。伊豆からの追撃部隊を合わせたら敵の総数は3300。11倍の敵にどうしろと。」

 頼朝が諦観に満ちた言葉を述べた後、頼朝達の目からも見える煙が遠くで上がった。

 秘匿通信によると三浦氏が景親達の後方基地を襲撃したらしい。

「これならば敵は撤退する事でしょうな。」

 と、土肥実平は言ったが、そうはならなかった。

 大庭景親は名将であった。

 東国武者に限らず武士どころか人間という奴等の行動原理は『こいつは自分より上だからとりあえず従っておこう。こいつは自分より下だからとりあえず虐めよう。』である。

 なので幾ら気に入らない相手が現れたとしても自分より立場が上なら大体我慢する。我慢しなくて良いような自分より格上の奴が自分の味方になってくれたらそいつを旗頭にして一致団結して立ち上がるのである。

 故に、頼朝をここで葬ってしまえば東国武者達はどれほど平家に不満があろうとも立ち上がらずに我慢するか、あるいは立ち上がりはするものの格上の指導者を得られず団結に失敗して瓦解する。

 それを大庭景親は見抜いていた為、後方の基地がどうなろうがどうでも良かった。頼朝さえ葬れば基地を襲撃している奴等は基地を襲撃している奴等だけで戦う事になる。自分と同格かあるいは格下の相手に従おうと考える奴は少ない。それが人間だ。

 大庭景親軍が闇夜の防風の中、頼朝の陣へと襲撃を仕掛けた。

 これが平家本軍との違いだ。平家本軍は京都暮らしが長い為か夜襲等には慣れていない。しかし平家に従属する大庭景親は東国武者である。なんでもござれの荒武者は勝てると思った時にこそ行動するのだ。

 両者の間に谷が一つあって両軍を隔てていたのも大きい。これにより頼朝軍は、流石に大庭軍は今すぐには攻めて来ないだろう、と油断していた。だからこそ大庭景親は攻撃を決意した。

「とにかく矢を切らすな。何がなんでも撃退しろ。」

 土肥実平配下のシノギヅクリ達が谷をよじ登ってくるコガラスヅクリ達にめがけて鉄矢を浴びせる。だが頼朝護衛用の50機を除いて残りの250機で浴びせたとしても敵の数は3000であり、その上頼朝軍の背後には300の敵も居るのだ。

 だが、だからと言っても怯まない者が頼朝軍には居た。

 佐奈田義忠である。

 佐奈田義忠は戦が好きだった。戦いこそ武士の生きる世界だと本気で信じているような奴だった。

 この時代は警察なんてものはなく中央政府は各地の支配者を定めはするものの実際にその支配者達が任地に赴く事は稀であり大体は代官が派遣されたり現地の者が事実上の支配者に任ぜられた。

 要するに統治する気は無いが税は搾り立てる。その程度には地方の住人達は中央政府である朝廷から軽んじられていた。

 だからこそ武家でありながら朝廷と同じ政策を採用した平家に不満は出るのでこの時代に各地で反乱が頻発したのだ。

 その事を佐奈田義忠はどういう事なのか一切理解していなかった。戦いが問題解決の手段に過ぎない、という事を理解しておらず純粋に戦闘を好んでいた。

 敵が攻めてきたら自分が迎撃する、と頼朝に言った時に頼朝から『お前の鉄機は派手だから敵に見つかりやすい。』と言われたにもかかわらず『武士なら戦場で派手に戦う事はとても素晴らしい事。』と返したのは断じて『自分が囮になるから代わりに逃げろ。』と頼朝に遠回しに言った訳ではなく、言葉通りの意味だったのだ。

 戦いこそが武士の生きる目的だと本気で思い込んでいた。それが佐奈田義忠という人物だった。

 頼朝がこの場で撤退するという判断を下した事も、より多くの戦場に立って一人でも多くの敵を討ち取るためだろう、としか義忠は思っていなかった。平家による悪政とかそういうのには一切興味が無かった。

 景親軍は次々に谷を降り、そして崖を昇った。命綱とかハーケンとかそういう類の物は一切使わず鉄機の足が崖の壁面に埋まる程の力で次々に蹴りながら崖を昇っていく。京都暮らしが長い平家本軍とは異なり東国の在地武者の集合体である大庭景親軍は人間離れした技術で鉄機を自由自在に操って難所を突破していく。

 当然崖の上から景親軍めがけて鉄矢が何度も放たれるが、それで討たれる者は運が悪いとでも言わんばかりに誰も怯む事無くどんどん崖を蹴り昇っていき、そして多数の景親軍の武者達が崖上に到達して頼朝軍の弓射鉄機隊を切り倒していく。この勇ましさは長続きしなかった。

 佐奈田義忠が姿を現したのである。彼女は自身の鉄機であるシノギヅクリを前に進めて名乗りをあげた。

 それを見た大庭景親と俣野景久、長尾新五、新六、岡田弥次郎の五人のコガラスヅクリが義忠に狙いを定めた。

 夜中の大雨。完全に視界不良で電探が知らせる信号のみを頼りとするはずの戦いだったが、両軍はほぼ正確に敵味方の識別が出来ていた。

 これが戦いを日常茶飯事とする東国武者の脅威。されど彼女達も人間だった。

 闇夜に紛れて義忠に切りかかったのは岡田弥次郎だ。弥次郎の乗るコガラスヅクリを一瞥した義忠は自身のシノギヅクリに思いっきり蹴らせた。蹴りが弥次郎に届かなければ、あるいは蹴りが遅ければ、そのまま大太刀で切り倒される危険性があったにもかかわらず。

 のみならず、倒れたコガラスヅクリの上に全身の質量どころかさらなる力を加えた両踵落としを浴びせた。人型に変形させた鉄馬にシノギヅクリの両手を掴ませて思いっきり振り下ろさせたのだ。自身の鉄機そのものを武器として使う義忠の姿に驚愕した大庭軍の将兵達に、間髪入れず襲いかかる義忠。今度は両の足首を鉄馬に握らせ、シノギヅクリには太刀を握らせた。そしてその状態で人型の鉄馬にその場で回転させたのだ。

 巨大な槍を振り回しているに等しい義忠の鉄馬。その常識外れの戦法にうろたえた大庭軍の将兵達は次々に討ち取られる。

 だがそれ程派手に動き回れば当然時間経過と共に敵は距離を取り始める。という事を義忠は知っていたので、投げさせた。

 凄まじい遠心力を得て鉄馬によって砲丸投げのように投擲されたシノギヅクリは剣を前方に構えて一直線に身体を伸ばした状態で、大庭景親のコガラスヅクリに向かってまっすぐに飛んでいった。

 だが、そこに俣野景久が蹴りを入れた。景親のコガラスヅクリまで残り三メートル、という所で真横から義忠のシノギヅクリは景久のコガラスヅクリに蹴り飛ばされたのだ。

 景久のコガラスヅクリも無事では済まない。凄まじい運動エネルギーを持ち一直線に飛来したシノギヅクリを全力で蹴ったのだ。前方への強力な移動力を真横へと変換した代償にコガラスヅクリの足首はねじ折れ、景久の乗機は片膝を付いた。

 その直後、景久のコガラスヅクリは地面に倒れた。破損したのは右の足首だけだ。ならば倒れる理由は無い。一体何が起きた。

 景久はメインモニターに視線を通した。赤枠で囲まれた警告文が表示されており、それによると右手首に何らかの圧力が発生し引っ張られたという事だった。コガラスヅクリの頭部を回し右手を見るとそこには細い鉄線が巻き付いていた。

 蹴り飛ばされる直前、義忠のシノギヅクリは景久のコガラスヅクリに鉄線を巻き付けた。そして鉄線が伸び切った瞬間、景久のコガラスヅクリは飛んでいくシノギヅクリの勢いに引っ張られて倒されたのだ。

 景久のコガラスヅクリは即座に鉄線を太刀で切断したが、その直後に飛来した二本の短刀がコガラスヅクリの右手首に突き刺さった。義忠のシノギヅクリが投擲した物だ。

 義忠のシノギヅクリに鉄馬が合流し、双方は合体して更に巨大な機械巨人へと変貌する。

 その前に立つ長尾新五と新六の姉妹。景親軍の鉄馬は崖を登れていなかった為、鉄機だけで戦わなければならない。

 新五は鉄矢を放ち、新六が突進する。義忠の合体巨人は上方へと大きく跳躍し両腕の小型コンテナから無数の短刀の雨のごとく降らせた。回避行動に移行する新五と新六の二機のコガラスヅクリだが、義忠のシノギヅクリは即座に鉄馬から分離した。そして空中で鉄馬を蹴り、新五のコガラスヅクリめがけて上方から突進したのだ。回避行動を優先していた新五のコガラスヅクリはそれに対応出来るはずもなく、着地の直前に義忠のシノギヅクリが放った一太刀を半身と下半身の接続部分に叩き込まれて上下に胴体を両断されてその場に崩れ落ちた。

 新六のコガラスヅクリが大太刀を振りかざしてシノギヅクリにせまるが短刀を撃ち尽くして不要になった両腕の小型コンテナを義忠は新六めがけて投擲。そして地面を蹴って後退し、後方に居た鉄馬と再度合体し新六のコガラスヅクリに向かって地面を蹴って一瞬で距離を詰め、その頭部を全力で上方から殴りつけて地面に倒した。

 最初に義忠のシノギヅクリが鉄馬と合体してから10秒も経過しないでこれである。

 景親軍の兵は無数に居る。だが、眼前の悪夢のような戦闘シークエンスを見せられて佐奈田義忠に斬りかかろうとする者は居なかった。

「音に聞く平家の猛者、大庭景親殿は不在のようだな。」

 佐奈田義忠のその声は挑発だ。この声に負けて今ここで飛び出せば即座に討ち取られるのは明白。そう考えた景親は配下の兵達のコガラスヅクリに弓を引かせ、一斉に弓射を浴びせた。

 だが遅い。義忠の大暴れを見せられた景親軍の兵達は弓射が遅れ、義忠が回避行動を取るまでに十分な時間を与えてしまった。

 義忠の合体巨人は圧倒的脚力で地面を蹴って木々の中へと消えた。その後に放たれた景親軍の無数の鉄矢は当然義忠を仕留められない。木々の中からは大きな金属音が鳴り、そして二方向から疾走音が聞こえる。その音は景親軍の周囲から聞こえる。

 冷静に考えれば義忠の合体巨人が合体を解除して鉄馬とシノギヅクリに別れて走っているのだという事はすぐにわかる。だが義忠の大暴れを目にした景親軍の兵達は冷静さを失い、どこから攻撃してくるのかわからに敵に怯えていた。

 いくら東国武者が命知らずとはいえ、所詮は人間だ。想定内の現実世界では大暴れ出来る。だがあまりにも現実離れした世界を目の当たりにしてしまえば脳の処理性能が限界を超過し普段の行動力は即座に剥奪される。

 その恐慌状態を義忠は見逃さず木々の中から鉄矢を放つ。電探で位置を探れば即座にわかるしいくら義忠が強かろうともこの視界不良の状況下で当たるはずがない攻撃だ。しかし大雨かつ夜中という精神をかき乱す悪環境で更に義忠の圧倒的な強さを見せつけられた影響により景親軍の兵達から冷静さは完全に失われていた。故に義忠のこの行動は景親軍の兵を減らす事は出来なくてもその不安を更に拡大させるには十分な効果があった。

「うろたえるな。密集して防御陣営を取れ。」

 大庭景親が命令を下し、兵達がそれに従う。その程度には練度が高く、しかし反撃を試みない程度には練度が低い。

 まずい。兵達が自分を軍の一部ではなく一人の人間として認識している。つまり、死を恐れている。こうなっては相手が一人だろうが零人だろうが兵は役に立たない。

 一旦退いてやり直すべきだろう。

 そう考えた直後、大庭景親のコガラスヅクリの電探から義忠のシノギヅクリと鉄馬の反応が消えた。にもかかわらず、大庭軍の兵達からは緊張が抜けていない。状況を分析する冷静さが完全に兵達から失われている。

 不甲斐ない。

 そう思いながら景親は彼我の損害状況を調べる為に兵達に細かい指示を下し始めた。

 こうして石橋山の戦いは平家側の大庭景親が源頼朝を逃がしてしまうという結果に終わった。

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