1180年06月20日 以仁王挙兵

 平安時代末期、以仁王という名の皇族の少女が居た。

 彼女は後白河天皇の第三皇女でありながら親王宣下もされずに放置されていた。『平家物語』では守覚法親王が出家しているので第二皇女として扱われている。にもかかわらずにだ。

 1179年の11月頃、平家の棟梁である平清盛はクーデターを起こし後白河法皇を幽閉し、更に関白を追放して実権を手に入れた。そして以仁王の支配下にあった城興寺領は平家によって没収された。

 法皇とは治天の君である。日本における最高権力者のはずだ。それに対してこのような反逆は決して許されるものではない、と以仁王は心中で叫んだ。実際はそんなのただの口実だった。以仁王にとっての願いは唯一つ。

 私を無視するな。

 天皇になれず。親王になれず。その上ついでのように領地を取り上げられた。もう我慢の限界だった。何故自分は間違いなくここに居るのにどいつもこいつもまるで居ない者のように扱うのか。許せない。

 特に親王宣下を受けられなかった事は甚だ遺憾であったらしく、以仁王は無許可で『最勝親王』を名乗った。

 全国に平家打倒の令旨を出した以仁王だったが、令旨とは皇太子や親王等の上位の皇族が出す命令書であり、親王になれずただの王に過ぎない以仁王が本来出せる物ではなかった。そして平家に以仁王の反逆行為は漏洩しており、以仁王は皇籍を剥奪され公式には『源以光』と呼ばれる事となった。

 以仁王は武勇に優れた源頼政を味方にしたが、頼政配下の兵数は平家軍よりはるかに少なかった。その仏教勢力に依頼して兵数を増強した。

 1180年6月20日。以仁王・仏教連合軍と平家軍は宇治川を挟んで対峙した。

「随分と精強な奴らが居るな。」

 専用鉄機の操縦室内で源頼政が言った。

 鉄機。それは人類の文明を飛躍的に発展させた平均身長5メートルの機械巨人。

 宇治川の向こう側に見えるの鉄機達の中には都で見慣れた平家正規軍仕様の『コガラスヅクリ』達だけではなく、坂東から来たと思われる仕様のコガラスヅクリ達も居た。それら日本鉄機にまぎれて見慣れない鉄機が数百機見えた。

『あれはイルデニズ朝のキリチですね。』

 そう答えるのは普及型の鉄機『シノギヅクリ』に乗る源仲綱であった。

 イルデニズ朝。

 愛知県西部、すなわち尾張国を本拠地とするイラク・セルジューク朝というイスラム国家が存在する。イルデニズ朝はその地方政権であり、京都市にあるマムルークの軍事政権だ。君主は大アタベクを称し、現在はジャハーン・パフラヴァーンが指導者となっている。ジャハーンは自分の主君であるイラク・セルジューク朝のスルタンを殺害し、今のトゥグリル3世をスルタンにしたという経歴の持ち主である。主君を幽閉した清盛と馬が合うのだろう、と頼政は考え勝手に納得した。

『異国の武者とも戦えるとはこれは暴れ甲斐がありそうだ。』

 シシオウの操縦席内に響いたその声の主は僧兵衆の五智院但馬である。三井寺から僧兵達を率いて参戦した。仏教勢力だと彼女の他には浄妙明秀、一来法師が僧侶用の鉄機『ナギナタ』に乗って参戦している。

「五智院殿、僧侶である貴殿が殺生をするのは良いのか。」

『平家曰く平氏にあらずんば人にあらず。しかし我らは人である。平氏が我らを人でないとみなすのであれば、我らもまた平氏を人とみなさず。つまりこれは殺人の罪にあらず。』

 五智院の通信に、そういうものか、と頼政は強引に納得した。

 理屈ので言えば皇位継承権の順序を辿るのが正しい。だが現実問題、本人が悪い訳でもなくとも親戚縁者が失脚すればやむを得ず皇位継承候補から外さざるを得ない。何故なら本人が皇位を継承した時にその親戚縁者達がどのように振る舞うのか、という事も含めて皇位継承は検討されるからだ。

 無論、本人が何も悪い事をしていないのに本来持っている正統な権利を取り上げる事を道徳的に思考するならば悪である。だが、道徳的正しさだけでは政治はできない。

 以仁王が親王宣下を受けられなかった理由の一つは伯母である藤原公光が失脚した事にある。皇位とは無闇矢鱈に動かして良いものではなく、それ故それを守る近縁者達の権力が重要になる。それが脆弱であれば前年に起きた治承三年の政変のように新興勢力によって政治は意のままに操られる。

 だから以仁王はどうあっても皇位を継承できないし親王にもなれない。にも関わらずに頼政が以仁王に従っているのはこのまま何も選ばず死ぬのが嫌だったからだ。あの斉藤実盛という武者はどうなったか、と頼政は思う。自分と同じく保元の乱を生き残り、未だ健在のはずだが。

 武士たる者、死ぬ時は戦場で。

 清盛には感謝している。前々年の1178年には清盛の推挙により念願だと自分が勝手に思い込んでいた従三位に昇叙した。保元の乱で同族と戦い、敗北者達の子を養子にし、公卿まがいの事までやって宮中で出世した。

 そんな事が自分のしたかった事なのかと言われると、断じて違うと今だからこそ言える。

「長居し過ぎたな。」

 あの時、義朝達は武士らしく戦って散った。義賢もそうだった。自分だけが生き残り、平家の飼い犬を演じている。もう良いだろう。もう十分逃げ回った。

 現在平家軍は宇治橋を渡ろうとしている。だが、宇治橋の道路は真ん中で穿孔してあり、大穴があいている。その上で偽装用の光学迷彩を展開してまるで路面が続いているかのように見せている。平家軍は精鋭揃いではない。都暮らしに慣れきった平家軍には坂東武者のような自分の命を捨てる積極性はほぼ無い。だが、だからこそ我先に敵を殲滅しようとする。敵から反撃を受けたくないから敵が態勢を整える前に殲滅してしまえば自分達の命は守られる。

 死にたくない。そう考えるからこそ平家の将兵達の鉄機部隊は宇治橋を走り抜けようとする。だが、先述した通り宇治橋の道路には既に大穴があけられている。その事に気付かない平家の将兵達は光学迷彩の偽りの路面をすり抜けて宇治川の水面へと次々に落下していく。彼女達も馬鹿ではない。途中で気付いていはいた。しかし走る勢いが強過ぎて後方から続々とコガラスヅクリ達が追突してしまって、罠に気付いて立ち止まった前方のコガラスヅクリ達は突き落とされてしまった。

 やがて平家側の勢いが止まり、全員が罠の手前で立ち止まった所に無数の鉄矢が放たれた。

 浄妙明秀である。弓の名手である彼女が乗るナギナタは弓射用の改造が施されており凄まじい量の鉄矢を短時間に放つ事が出来る。

 負けじと平家側のコガラスヅクリ達も鉄矢を放つのだが、五智院但馬の乗るナギナタがそれを防ぐ。次々に飛来する鉄矢を長刀で切り払っていく。

 完全に宇治橋は以仁王に与する者達によって占拠されてしまった。


 クズル・アルスラーンは平家軍の言い争いをマムルーク用鉄機である『キリチ』の操縦席のモニターを通して遠くから観察していた。

『時間はかかるけど宇治橋を迂回して別の橋から渡った方が良いですよ。』

『忠清殿はさあ、頭の中未だに平治の乱で止まってる人なの。これだから西の人達は嫌なんだよね。こんなの無理矢理渡れば渡れるんだよ。無理というのは無能な人の言い訳なんよね。』

『若い人は道理を御存知ない。無理矢理渡っても疲労で渡河の直後に敵に討たれておしまいでしょう。』

『だから疲れないように疲れる担当の人達と疲れない担当の人達にわかれて渡るんだよ。』

 冷静な策を述べる藤原忠清に対して強硬策を唱える足利忠綱。両者の上官であるはずの平知盛は黙っている。

 早くしてくれないかな、とクズルは思った。姉であるジャハーン・パフラヴァーンが平家棟梁の清盛と仲良くしているので、という理由だけでここに来たに過ぎない。さっさと少数の敵軍を撃破して帰りたい、というのが本音だった。

 だというのにまとめるべき指揮官の知盛は静観していて二人の将を諌めようとはしない。

『もういいや。』

 足利忠綱はそう告げて自身のコガラスヅクリを鉄馬に跨がらせたまま宇治川に飛び込んだ。彼女の郎党達のコガラスヅクリ達もそれに続いた。総数三百機。

 当然、川の向こう側に位置している頼政軍はそれを黙認するつもりは無く鉄機『シノギヅクリ』達に弓を引かせて鉄矢を雨のように降らせた。

 だが水流で忠綱隊の位置がずれる為なのか命中せず、また忠綱と言い争っていた藤原忠清率いる部隊も反対側に向けて鉄矢を放った為、頼政軍は乱れた。互いの陸地から鉄矢の撃ち合いとなっている内に足利忠綱の部隊が対岸へと辿り着こうとしていた。

 まずい。

 クズルは焦った。平家の勢力は圧倒的なのでそれに対する反乱を促されてもほとんどの人は無視する、という姉の意見を信じていた。彼我の戦力差が圧倒的だったので自分が何かする前に勝敗が決してしまった、と姉に言い訳する予定だった。

 しかし足利忠綱の少数部隊が渡河という苦難を乗り越えて手柄を上げた後ではそんな言い訳は使えなくなってしまう。

 そう判断した直後、クズルは鉄馬に跨がらせた自身の鉄機を宇治川に飛び込ませていた。クズルのキリチの後にマムルーク兵達のキリチも続々と宇治川に飛び込んだ。

 なんか後方がばしゃばしゃするな、と思った忠綱は自分のコガラスヅクリの頭部を後方へと回す。見ると加勢に来た異国のマムルークと呼ばれる兵士達が多数こちらの後を追いかけていた。

「異国のもののふ達の中にも戦いを理解する者が居たか。」

 忠綱の部隊が岸へと上陸し、一気に走り出す。そして平等院の前に立ちはだかる敵のシノギヅクリ達に向けてこう言い放った。

「遠いならば私の声を聞いて、近いならば更に近寄って両目で見なよ。朝敵である将門を討伐して褒美を貰った俵藤太秀郷から十代目の足利太郎俊綱の娘、又太郎忠綱だよ。今年で十七歳。まだ無官無位だけど、以仁王様に申し上げるね。やんごとなき一族のお一人である貴女に弓を引く事で天がお怒りになられると思うでしょうけど、残念ながら弓も矢も神仏のご加護も既に平家軍に味方してるよ。三位入道の頼政さんを討ち取りたいと思っている奴はとりあえず突撃。」

 忠綱のその言葉を川の中から聞いていたクズルは更に急ぐ。忠綱は平家出身ではない。その家臣だ。そして住んでいるのは東国であり、京都周辺の西国の者達にとっては蛮族のように思われている。万が一に戦に負けないようにと熟練の東国武者を連れてきたというだけであって、本来ならば圧倒的な数を有する平家本軍だけで決着がつく戦いだ。だから清盛の娘である知盛が安全に手柄を上げる為に労せずに勝てるはずのこの戦いに指揮官として派遣されている。要するに忠綱は本来手柄を上げるべき立場にない。なのにそいつが手柄を上げたならば同様に期待されていない自分も手柄を上げていないのはおかしいと判断される。

 何がなんでも追いつかなければ。

 やっと岸を渡った時には既に忠綱の隊は平等院内部へと攻め入っていた。

 そして背後ではやっと知盛が平家本隊に命じて渡河を命じた所だった。その数二万八千。だが、三重県出身の兵達のコガラスヅクリが川の流れに勝てずに600機程流されていく。300機を一機も失わなかった忠綱隊の精強さにクズルはこれが東国出身の命知らずの武者達かと驚愕した。だが、驚愕している場合ではない。自身も平等院内部に攻め入った。

 そこで見たのは両軍のどの鉄機より一回り大きい頼政専用鉄機『シシオウ』であった。


 源頼政という人物は空虚だった。自分には何も無い。その事を嫌という程知っていた。

 1155年。大蔵合戦。源義仲の親である義賢が死亡した。殺したのは源義朝の長女、義平だった。義朝と義賢は姉妹であった、はずなのに。

 頼政はどちらにも味方せずに、残された義賢の長女である仲家を無言で養女にした。

 1156年。保元の乱が起きた。同族である源為義は敗北者となった。

 1157年。頼政の妹が突然流罪となった。頼政は妹の娘達を養女にした。

 1159年。平治の乱が発生。清盛側に付いた頼政は勝者となり、そして清盛と敵対した義朝は敗者となった。義朝の河内源氏は没落し、中央政界から消滅した。

 そうして頼政は、数多くの源氏達が脱落しても生き残り続け、中央政界で源氏長老として振る舞うようになった。

 1178年。頼政は従三位へ昇叙した。自分の要請に対して応じた清盛の推挙によるものであり、その事に恩義を感じてはいた。いたのだが、どうでも良くなった。

『こんなものか。』

 熱望したの事実だ、とは最早言い張れなかった。自分は一体何を望んでこの地位についたのだ。

 頼政の中の誰かが言う。望んでなどいなかっただろ。望んだふりをして見て見ぬふりをしたかっただけだろう。

 振り返ると当然誰も居ない、はずだった。今まで自分が背を向けてきた源氏の仲間達がそこには居た。そうだった。思い出した。思い出しただと。嘘を言うな。見なかったふりをしていただけのはずだ。

 何もかも見捨てた。ひたすら自己保身に走った。それが武士のあるべき姿か、とずっと自問自答していたはずだろう。仕方がないだろ。家族を守らなければならない。仕方がないだろ。大義はあの方にある。

 そんな事をどんなに自分に言い聞かせても何一つ納得出来なかった。だからもっと俗な願いを唱えて自分を納得させようとした。そのための従三位。だが、叶ってしまった。従三位を得るために仕方がない。公卿になる為に仕方がない。これはとても名誉ある事なんだ。だからその為には何もかもが仕方がない。そう延々と自分に言い聞かせ続けたが、叶ってしまったらもうおしまい。

 言い訳に過ぎなかっただろ。

 本当に清盛に恩があるならば何故自分は今ここに居る。本当は後悔していたはずだ。だから同族の娘達を養子にした。そうする事で自分の罪から逃げようとしていた。

 一人残され、最後の言い訳である従三位、すなわち公卿への昇格を得た時、自分は満たされたのか。そんなはずなかっただろ。

 所詮武士に過ぎない自分に公卿としての振る舞いが出来るのか。その不安の方が大きかったはずだ。公卿らしい知識は身につけた。多くの著名な歌人との交流も持てた。

 それでも、従三位に昇叙した時に思ったのは『こんな物だったか。』という極めて短い感想だった。

 同族の源氏武者達は自分達の意志で選んで戦って散っていった。では自分はどうだ。何も選ばず、せめてもの罪滅ぼしの為にそいつらの子を引き取った。そうやって何もかもに言い訳して生き延びて、その末に手に入れたのがただの形骸。

 あの時、為義を止めていれば。あの時、義朝と義賢を仲裁できていれば。あの時、自分で選んでいれば。

 頼政の従三位への昇叙は九条兼実が日記『玉葉』に『第一之珍事也』と記している。

 そんなものだ。こんなのはただの名誉勲章。だれも本当の公卿だなんて認めてない。心中では下賤な武士と見下しているに違いない。

 じゃあいいだろ。こんなの投げ捨ててしまって。

 そう思った矢先だった。以仁王から助力を依頼されたのは。

 自分の年齢の半分にも満たないその若者は、いかに自分が不憫な状況に置かれておりそれがいかに不当であるのかを語りそして元凶が清盛平家政権であるという事を熱弁した。長年に渡って清盛に仕えてきた源頼政に対して。

 馬鹿だと思った。蛮勇だと思った。だが、それこそが自分が欲しかった物ではなかったか。

 源氏の蛮勇。それこそが武士。なのに自分は何をやってる。公卿ごっこを始めて一体何がしたい。

 これが最後の機会だと思った。

 下賤な武士ではなくやんごとなき一族の一人であり、更に自分の年齢の半分にすら達してない若者であり、平家に報告される事も構わず平家の属将である自分を頼ってきた以仁王。

 やんごとなき一族ではなく下賤な武士であり、後は死ぬだけの老齢の身でありながら、ひたすら自己保身の為に平家に従属して欲しくもない公卿の地位という形骸を手に入れた自分。

 その対比に耐えられなかった。本来武家とは程遠い場所に位置するはずの以仁王が武士としてふさわしい決断を下したのだ。武士である以上、立ち上がらずにはいられなかった。

 だから今、自分はここに居る。

 頼政はシシオウの操縦席にある電探に目を向けた。鉄機の接近がある。反応は平家軍。もう味方ではない。敵だ。

 頼政は座っている自身の鉄機『シシオウ』を立たせた。他の鉄機より大きいその巨体は光る目で敵を睨みつけた。


『来たか。』

 クズルが乗るキリチの操縦席内に響いたそれは、公開通信で聞こえてきた頼政の低い声だった。シシオウは自身の全高の二倍程の長さを持つ巨大な鉄弓を水平に構え、そして鉄矢を放った。源為朝の強弓程の威力は無いものの、それでも忠綱隊の三機の鉄機をまとめて貫いた。

『御見事、頼政さん。だが私の手柄になってもらうよ。』

『来るが良い。』

 忠綱のコガラスヅクリがシシオウめがけて鉄馬を走らせる。シシオウは再び弓に矢を番えるが、その直後コガラスヅクリが下馬して左に、主を失った鉄馬が右にそれぞれ走リ出す。

 確かに一発一発の威力を最大限に発揮する反面連射が苦手な巨大鉄弓相手に標的を増やして対抗するのは有効手段だ、と頼政は思う。だがシシオウの頭部に内蔵してある大口径機関砲が容赦なく忠綱の目論見を葬る。忠綱の鉄馬が人型に変形して抜刀した直後、シシオウの頭部砲口から放たれた機関砲弾が忠綱の鉄馬を蜂の巣にする。金属製の巨大な人型があっという間に穴だらけの鉄塊に成り果てる。

 そして忠綱のコガラスヅクリには視線を向けずに鉄矢を放った。忠綱が前方にコガラスヅクリを飛び込ませるのが一瞬でも遅れたら間違いなく鉄機本体が串刺しになっていた。

 コガラスヅクリは抜刀し、発射直後で動きが止まっているシシオウの胸部に短刀の剣先を突き刺した。だが剣先しか突き刺さらなかった。

 重装甲のパワータイプであるシシオウに通常の攻撃手段は全くの無意味だった。忠綱は抜けないであろうと判断した短刀を抜こうともせずに手放して距離を取る。その一瞬後にコガラスヅクリが居た空間に巨大な太刀が振り下ろされた。

 そして距離を取れば大弓による容赦ない射撃。どの攻撃も一撃を食らうだけで機能停止に追い込まれる即死級。忠綱のコガラスヅクリはひたすら動き続けて回避行動をとり続けるしかなかった。

「難易度インフェルノのアクションゲームの敵キャラ。」

 そう言ってクズルは遠くから鉄矢を放ったが、シシオウの重装甲に弾かれた。

 クズル達マムルークの基本戦術は弓騎兵による集団戦だ。だがクズル以外のマムルーク達は頼政配下の兵達との戦いに忙しくて平等院の内部までには入り込めていなかった。忠綱の配下達も同様である。そして平家本隊が到着するのにはまだ時間がかかりそうであった。

 要するに、この化け物鉄機相手にたったの二機で戦わなければならない、という最悪の状況。

 しかもそれは更に悪化した。

 頼政の娘、仲綱のシノギヅクリが外での戦闘を終えて内部に入ってきたのである。しかも宗盛に取り上げられたと思わしき名鉄馬『コノシタ』まで連れてきている。

 鉄馬は通常の人間用の馬と異なり人型形態に変形し、更には鉄機との合体も可能である。騎馬鉄機達がその能力を発揮できない閉所内では大体が鉄機を鉄馬と合体させる事で身体能力を向上させるのだが、忠綱の鉄馬は先程シシオウの頭部機関砲により蜂の巣にされ、クズルの鉄馬はクズルのキリチを平等院内部へと送り届ける為に敵の鉄機にぶつけて使い捨てた直後だ。

 要するに三対二。ハイエンドモデルであるシシオウ相手に大量生産型のコガラスヅクリとキリチで戦っていた時点では純粋な戦闘力で劣っていたが数では上回っていた。というのに最早数ですら下回ってしまった。

「どうする東国武者。何か策はあるのか。」

『無いよ。全く。』

 忠綱の無感情な返答にクズルは絶望する。何故こんな訳のわからない日本武者同士の戦いに巻き込まれて自分は今にも死にそうになっているのか。勇名で馳せたマムルークの一人だぞ。

 人型に変形済みのコノシタが長刀を振り回して襲いかかってくる。クズルのキリチは飛び退いて回避しようとするが敵の攻撃範囲が長過ぎて完全な回避に至らない。故に右手に持った曲刀を盾代わりに突き出して反射的に弾こうとした。

 しかし鉄馬は人間が操縦する鉄機程賢くは無いがそのパワーバランスは馬と人間程に差がある為、人型に変形して有効な攻撃にパワーを注ぎ込めば圧倒的破壊力が生じる。その上、仲綱のコノシタは名鉄馬である。

 一方クズルのキリチは性能を向上させる為の上級者向けの改造は施されているものの、所詮は一般兵にも扱いやすい集団戦用の普及品だ。単体の性能はさほど高くはない。

 この両者の圧倒的な性能差は、キリチが手に持っていた曲刀がコノシタの長刀の先端に触れただけだというのに激しい金属音を立てて手から離れて大きく飛んでいったという現状が残酷に物語っていた。

 兵は無く、馬も無く、遂には武器まで無くなった。これでどうしろと。

 クズルは絶望する。だが、時間切れだった。

『よく持ちこたえた。後は私達に任せろ。』

 その声に振り返ると、そこには豪華に飾り立てた平家軍の大将鉄機が立っていた。平知盛の『イカリヅキ』だ。本隊がやっと到着したのだ。

『潮時か。』

 シシオウの中の頼政はそう言った。仲綱のシノギヅクリはシシオウに向けて頷き、そして。

 平等院が崩壊した。

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