【6】

 想像を絶する過去に言葉を失う。余りにも凄惨な話に引き込まれ、気づけなかったようだが、もう既に目的地のホテル?には着いていたようだ。


「ねぇ…円香ちゃん」

「君はアタシのコト…好き?」

 いつの間にか、蛍さんの頬には涙が伝っていた。

「………」

 しじまがひどく重たい。

「…………」

 大粒の涙を抱いた瞳を真っ直ぐに見据え、震える手を握る。


「             」


……………言ってしまった。だけど、これで彼女が救われるのなら、私は供に。

 蛍さんにはやっぱり、笑っていてほしいから。




 気づけばもう陽は傾き、終わりを悟った茅蜩が哭いている。

「じゃあ…気をとり直して、ホテル行こっか」

「……ここって普通のホテル…ですよね…?」

「当たり前でしょ」

 でしょうね。

「それとも何か期待しちゃった?」

「ぇえ!? そ…そんなわけ…あり…ありません」

「ふーん…円香ちゃんのえっち……」

「ホントに違いますから!」

 そんなこんなで私たちはチェックインを済ませ、部屋に倒れ込む。私は今日、殆ど動いていないのにもうクタクタだった。

 部屋はそれほど広くなく、化粧台にクローゼットにテレビと冷蔵庫、そしてシングルベットが二つ。至って普通のホテルといった感じだ。

 冷蔵庫のなかは空っぽだった。中に何か飲み物が入っているホテルや旅館もあると聞いたが、ここは違ったらしい。

 夕餉は流石にホテル内のコンビニで買った。それほど資金に余裕があるわけではない。今日は三食中二食がコンビニ飯になってしまった……今思い出したが、朝ごはん食べてなかったな。まぁ餓死さえしなければなんの問題もない。多分。

 夕餉を終えて、私は寝巻きの準備をしていた。寝巻きをベットの上に置き、お風呂の順番について話そうとしたが、先を越されたらしい。

「円香ちゃん先入る?」

「お風呂ですか?」

「そう で、どっちから入る?」

「アタシ的には一緒に入るのもアリだと思うんだけどなぁ〜」

 蛍さんは私をじっと見つめて、これまたとんでもないことを口走っている。

「私的にはNGです お先、もらいますね」

「えぇ〜…」

 途端に悲しそうな顔になる蛍さん。しかし、ダメなものはダメだと思う。そう自分の中の情欲に言い聞かせて浴室へ向かう。


 このホテルの浴室はいわゆる三点ユニットバスという浴槽と洗面台、トイレが一部屋にまとめられたモノであった。

 いつものように冷水を浴び、頭を洗ったあと、左脚から順に身体を洗う。

「………ふぅ」

 友人モドキの他人が、私のコトを烏の行水だの何だのって言ってたっけ…もうハッキリとは覚えてない。

 シャワーヘッドから出遅れた雫が滴る。タオルで身体を拭き、水気を切って、バスルームから出る。

 部屋の方を見るが蛍さんの姿は見えない。

「円香ちゃん捕まえた!」

 ドアの陰に潜んでいた蛍さんが背後から抱きつく。

「うひゃあぁっっ!!」

 思わず悲鳴をあげてしまったが、出待ちは卑怯だと思う。そしてそのまま抱え込まられ、一糸纏わぬ姿でベットに連行された。何故?

 それから蛍さんは、私をベットに押し倒すなり、お腹や腰を愛撫しながら、「円香ちゃん…もう少し太った方が良いわよ…」

「流石に痩せすぎだと思うんだけど…」と言った。

「……それはそうなんですけど…服…せめてタオルだけでも巻かせてほしいんですけど………」

「えー…なんで?」

 こっちの台詞である。

「いや…だって…恥ずかしいですし……」

「それに…なんで私をベットに押し倒してるんですか?」

 私の切実な問いに対し、蛍さんは首を傾げて

「…? 寂しかったからだけど?」と答えた。

「私今裸なんですけど!」

「…? 別にもうアタシたち恋人同士でしょ?関係なくない?」

またも首を傾げる蛍さん…いや、「ちょっと、ちょっと待ってくださいなんで手掴んでるんですか!?」

 胸元を覆い隠す両手を引き剥がそうとしているのか、私の両手を引っ張っている。

「………………」

「なんで黙ってるんですか!?」

 黙って手を引き剥がす蛍さんに、精一杯の抵抗を試みるも、貧弱すぎて体育の先生に呆れられた経歴を持つ私になす術は無かった。

「や…ちょっ…うぅ……」

 恋人繋ぎで両手の自由を奪われる。それと同時に、現在私の身体を隠すものがなくなった。

「……ねぇ円香ちゃん…アタシ、君から告白してくれたらご褒美あげるって言ってたわよね……」

 そういえばあの滝の前で、そんなことを話してたなぁ……いや、待てよ……確かご褒美って……

「キス…しよ?」

「………」

 予想が的中、善後策を講じる。

「いや…あのまだ心の準備というか…その…」

「もー!ずぅぅっとそればっかり!」

 確かに滝の前でもこう言って逃げてたなぁ……流石にもう通用しないかぁ…どうしたものか…

「もう逃さないんだから……」

「へ?」

 瞬間、唇がやわらかに触れ合い、互いの体温が共有される。

「んむっ…︎!? ……ぷはっ…!はぁ♡…はぁ♡…」

 心の準備ができてなかったもので、喫驚と興奮が入り混じった感情に支配され、今までの躊躇いが嘘のように、『もっとしてほしい』と身体が訴えてくる。

心臓はドクドクと唸り、冷水で下げられていた体温が急上昇する。もうきっと顔は真っ赤に染まっていることだろう。

「……さっきまであんなに拒絶してた割に、もうトロトロになってるみたいだけど?」

 そう言って蛍さんは、いわゆるガチ恋距離を維持したまま、熱を持った私の頬に手を遣る。彼女の眼は罠にかかった獲物の息の根を、まさに今止めにかからんとする狩人のようであった。

「いやっ♡…その♡…これは違くて……」

「ん?何が違うの? とりあえずもう一回ね」

「ちょ!」

 そして再び唇で繋がり、天にも昇るような多幸感、そして何かが壊れるような恐怖感が津波のように襲いかかる。さらに舌がねじ込まれ、口腔を犯される。

 逃げようにも頭を両手でホールドされている以上それは叶わず、次第に私の理性は多幸感の波に呑まれ、その機能を失っていった。

「…っ…!?…♡」

 気づけば自ら舌を絡め、両手脚を蛍さんの背に廻して抱きつく形となっていた。恐怖感も何処かへと消え去り、純粋な快楽のみがそこにあった。

 彼女も私の変化に気づいたのか、頭を押さえていた両手を私の背に廻し、抱擁はお互いにより強くなる。

 何故か下腹部がきゅんきゅんと切なくなるので、なんとももどかしくなる。

 息継ぎを挟みながらも、深く接吻を交わし続け、十数分が経った。

「…ぷはぁっ……♡」

 離れた唇からは銀糸が吊り橋のように伝い、橋渡しをしている。

「「はぁ♡…はあ♡…はぁ♡…」」

 二人の呼吸音が重なるように聴こえる。

「…ふぅ♡……あっ、そうだ…!」

 何かを思いついたらしい蛍さんに視線を向ける。ようやく息も整ってきた。

「なんですか…今度は…」

「ん〜なんとなくお揃いにしたいなぁ〜って思ったから……♡」

 そういうと蛍さんは自身の口紅を塗り直し…

「へ…?」

…そのまま吸い付くように短くキスをした。

「…ぷはっ♡………ふふっ♡…ちょっと不格好だけどこれでお揃いね♡」と、蛍さんは満足げに微笑んだ。

「も、もう……お揃いにするだけならわざわざキスじゃなくてもよかったですよね…」

「あら?…もしかして嫌だった?」と、悲しげな瞳で見つめられる。

「い…嫌なんかじゃない…ですし…むしろ嬉し…かった…です……♡」

 正直、もう私はこの時点で中毒にでもなっていたのだろう。さながら依存症のように、接吻を交わし、互いの手足を絡め抱き合う。唇が触れ合う度に、快感の波が脳を揺らし、意識が飛びそうになる。

 次第に蛍さんは、唇だけでは飽き足らず、鎖骨や首筋にもキスマークをつけ始めた。無論それを私が拒むはずがなく、自ら身体を差し出した。この辺りからはよく覚えていない。ただ、とても幸せだったことだけを記憶している。


 最初のキスから一時間と三十分ほど経った頃、

「はぁ♡…ちょっと♡…ちょっと休憩とかは…」

流石に疲れ、息も持たないので、休憩を提案する。

「そうねぇ……あっ…」

 何かを思い出したように、ぽつりと蛍さんが呟く。

「どうしたんですか?」

「そういえばアタシお風呂まだだったわ…」

 ならちょうど良いだろう。

「じゃあ一旦蛍さんはお風呂には入るってことで…」

「あれ? 円香ちゃんも一緒に入るんじゃないの?」

「流石にそれはまだダメです!」

 薄い掛け布団の裾を握って叫ぶ。

 渋々一人で浴室に向かった蛍さんを見送った数分後、私は意識を失った。今日一日分の疲労+αには勝てず、寝落ちしてしまったらしい。

 蛍さんに『おやすみなさい』を言えないのが名残惜しい二十一時過ぎだった

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