第20話 ダサい想いに花束を
(落ちた?どういうことだ?)
俺はすぐさまスマホを取り出し、廊下へと向かう。彼女の電話番号は聞いてはいないが、メッセージアプリでの無料通話なら可能だった。
「もしもし?」
「あっ、石田さん?」
今にも泣きそうな声。発せられた第一声で、彼女がどういう心持ちなのかがよく分かった。
「どうしたの?」
「私、落ちちゃったんです。それで、急に不安になっちゃって、それで、あの」
「わかった。ゆっくり話してごらん」
俺は彼女にそう促す。彼女はしどろもどろになりながら、状況を説明する。
どうやらこの間受けた最終面接、そのお祈りメールが今来たらしい。来週だと思ってたこともあいまってショックだったということだった。
それは確かにキツかっただろう。当事者ではない俺でさえ、その事実を聞いてかなりダメージを受けている。本人の気持ちなんて、考えるまでもない。
(だが、厳密には少し違う)
俺はそれがよく分かったし、彼女もきっと理解している。
彼女は受かると思っていたのだ。正確には、受かっていて欲しいという気持ちが、そう思い込ませていた。面接の手応えも良く、最終では落とさない企業が多いという話もある。そういう情報から、自分にとって都合の良い想定を作り出していた。
『受かっていれば良いな』が『受かっているだろう』に、そして『受かっているはずだ』へと変わっていく。だからこそ落差が激しいのだ。
あの人との将来を勝手に期待していた、かつての俺のように。
(とにかく、今はそれどころじゃない)
俺はスマホを軽く持ち直して、彼女に話しかける。
「まあ、割り切るのは難しいかもしれないが、とにかく今は次の面接に集中だ。これからなんだろう?」
「……はい。一度待合室には入って、今廊下からかけてます。40分後に面接予定です」
「ちゃんと時間に余裕持って来れてるね。いいことだ」
俺は少し間を置いて続ける。
「いいかい?ありきたりかもしれないけど、過ぎたことはしょうがないし、落ちたのだって君が原因なんじゃない。どうせ男女比とか、コネ入社とか、そんな向こうの都合だ。君は悪くない」
「……はい」
「それにあれだけ丁寧に準備してきたんだ。前回だって面接に失敗したわけじゃない。今回も同じようにやれば、十中八九内定はもらえる。だから……」
「でも!」
彼女が遮るように話す。
「私、石田さんに言ってなかったんです。出来は良かったって言ってましたけど、幾つかの質問は、ちょっと見当外れなこと言っちゃってて……。それに私が良かったと思ってただけで、向こうからは馬鹿な子だって思われてるかもしれないし…」
「そんなこと……」
「そうじゃなきゃ、こんなにっ!……こんなに落とされるわけ、無いじゃないですか」
彼女の泣き出す声が聞こえる。俺は何も言えず、ただスマホを握りしめていた。
彼女は今、感情的になっている。この理不尽に感じる辛い状況に、自分を責めることで答えを出そうとしている。現実はそんなに単純じゃ無く、むしろ運も含めた他の要素が影響していたとしても、彼女はそれが納得できない。
それが自分を責めるという道だとしても、答えがある方を信じてしまう。
「わた……、やっぱりダメなんだ……、今までも……」
丁度その時、彼女の声が途切れ途切れになる。泣いているのも相まって、言葉はほとんど聞き取ることができない。この庁舎内は電波が通りづらく、Wi-Fiも専用の端末しか繋げない。
(クソッ。もう時間が無いってのに……)
俺は時計を見る。面接の時間まで多少あるとはいえ、気持ちを落ち着ける時間も必要だ。待合室には、早めにいた方が良い。
「野村さん、聞こえる?」
「……はい」
「とにかく、今はこっちに集中するんだ。落ちてしまったことを考えてもしょうがない。辛いかもしれないけど、待合室に戻って」
「……はい」
俺はそう言って通話を切った。1分と40秒ちょっと。たったこれだけの通話だったのかと、どこか力が抜けていた。
(俺は……一体……)
自分の人生の責任は、結局の所自分で取らなければならない。自分自身が今彼女にできることなど、たかが知れている。それにこれは彼女自身の試練であり、彼女自身が乗り越えなければならない。俺はそう自分に言い聞かせた。
何かに言い訳するように。
俺はゆっくりと自席へと戻った。仕事に戻らなければ、そうは分かっていても、一向に手が動かない。ただPCとにらめっこを続けながら、答えの出ない問題に感情だけが揺さぶられていく。
「石田さん、今良いですか?」
丁度そこに田辺が声をかけてくる。俺は彼の方を一瞬だけ見て、彼がもってきた資料に目を通した。
「石田さん、これなんですけど……」
「ああ。それなら……」
俺は聞かれたことを説明しながら、時計を見る。何かできることはなかっただろうか。彼女のこととはいえ、何か。
「わかりました。ありがとうございます」
「ああ、また何か分からなかったら聞いてくれ」
考えれば考えるほど、思考が定まらない。答えなんてありはしない。頭でいくら考えても次移すべき行動が見つからない。
これは俺の就活では無い。答えなんて出せるはずも無い。そんなことは分かっていた。
「あの、石田さん?」
田辺が声をかけてくる。俺は説明がつかない苛立ちを抑えながら答える。
「ん、なんか分からなかったか?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
田辺が続ける。それは思いがけない言葉だった。
「気になることあるなら、先にそっち済ましてくればどうですか?仕事なんて、別に後でもできますよ」
「へっ?」というちょっと間の抜けた声と共に、俺は顔を上げた。
田辺はいつも通り無愛想な顔だったが、俺と目が合うと一瞬だけ頬が緩んだ気がした。なんのことはない一言、彼も特別強い想いがあっていたわけでは無いだろう。それでも、俺にとってその言葉は確かに背中を押していた。
(クソッ、こいつ意外と鋭いんだよな)
「そうだな。」とだけ言って、俺は席を立つ。生意気な後輩に少しばかり感謝して。
(彼女のことだとか、誰の責任だとか、そんな理屈はもうどうだっていい)
急に席を立ったからか、数人が訝しむ。それさえもどうだっていい。理屈も、評価も、常識も、見てくれも。自分がどうするべきかは分からない。だが何がしたいかは明確だった。
胸が高鳴るのがわかる。ああ、俺はいつだって結局感情任せだ。まったく成長していない。
でも、そんな自分が好きな気がしていた。
どんどん身体が軽くなる。心臓が体中に血液を送り、胸がどこまでも熱くなる。
そうだ。頭で考えるな。
やはり心は胸にある。
俺は強く自分の胸を叩き、スマホを取り出した。電波が悪い。クソ、ゴミ庁舎め!俺はさっきの履歴から再び通話ボタンを押す。すぐに彼女が電話に出た。
「もしもし、野村さん。聞こえる?」
俺はエレベーターのボタンを押しながら話しかける。
「あ、はい」
「ごめん。ちょっと伝え忘れてたことがあって」
「え?なんですか?電波が悪くて……。あ、でもすいません。もう時間で……」
エレベーターは来ない。待っている時間は無かった。俺は大きく息を吸う。
「好きだ!」
「へ?」
「君が好きだ!」
「ええっ!」
驚き10割の反応。だがそれさえもどうだっていい。届いているなら十分だ。
電波が悪いなら、届くように言えば良い。はっきりと何度でも。
俺はさらに続ける。
「就活で失敗しても、恋人ができなくても。コミュ障でも、自分の容姿に自信が無くても!」
「ちょっ、え、別に彼氏がいない話はしてないはず……」
「君が好きだ!」
「っ……!?」
「一生懸命で、ちょっと口下手で、嘘が下手で、笑うと可愛くて、一生懸命で」
「一生懸命って、二回言ってますよ!」
「とにかく君が好きだ!」
「っ……!?」
「だから、頑張れ!無理しなくていい。でも精一杯頑張れ!これから、最終面接なんだろ?今まで一杯練習してきたんだ。それ以上無理することはない!失敗したら、死ぬほど慰めてやる。また一から相談に乗ってやる。……でも、後悔しないように、一生懸命やるんだ。しどろもどろでいい。とにかくにっこり笑って、正面を向いて、一生懸命話すんだ!頭じゃなくて、心で話せ」
「……はい」
「……どこにも就職できなかったら、俺のとこに来い。一生養ってやる」
俺はそこまで言い切って、自分の呼吸が乱れているのに気付いた。荒い呼吸音だけが電波に乗って運ばれていた。
「何言ってるんですか、もう」
笑いながら彼女がそう返事をしているのが聞こえた。それで十分だった。少しずつ熱が収まっていくのがわかった。
「……頑張れ。失敗してもいい。何度間違えてもいい。でも……頑張れ。健闘を祈る」
「……はい」
俺はそう言って電話を切る。不思議なほどにクリアな感覚だ。何もかもが、どこまでも透明に感じられる。今なら何でもできる気がした。
しかし少しして、今自分がいる場所がエレベーター前であることに気付く。振り返るとそこにはエレベーターを待つ人がチラチラと此方を見ていた。
おんぼろエレベーターのせいで待つ人は多い。それ故に、俺の話を聞いていた人も。内容が内容だけに、注目を集めるのも必然である。
(なんか、流石に恥ずかしさで死にたくなってきた……)
俺はこそこそとその場を離れ、自席へと向かう。冷静になればなるほど、顔から火を噴きそうであった。
(せめて、同僚が聞いていませんように。特にあの出来が悪い後輩が……)
しかしそんな願いを打ち砕くかのように、田辺が嬉しそうにこちらに近づいてきた。
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