第6話 足掻く貴方に花束を
「それじゃあ、お願いします」
彼女は少しだけ緊張気味に、そう話す。俺はもらっている紙にそって質問を始める。
「それでは、まず弊社を志望した志望理由を教えてください」
「はい。私は……」
「面接は以上です。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
一拍あけ、彼女が大きく息をはく。画面の向こうにいる彼女は、それなりに緊張して臨んでいたようだ。その意味では俺がやった意味もあっただろう。
「いいんじゃないか。そんなに悪いところも見当たらなかった」
「そ、そうですか!」
「まあ、若干論理が飛躍しているところとか、ひっかかる所はあったけどね」
「……ですよね」
彼女は分かりやすく喜び、そして落ち込む。喜怒哀楽の分かりやすい子だ。初めて会ったときにはまるで想像もつかない。
(あのときはもう、絶望して今にも消えそうになってたからな)
俺は駅近の喫茶店で話したときの事を思い出す。あのときから比べれば、彼女は随分と立ち直ったと言える。
(とはいえまだ自信のなさがうかがえるな)
俺は彼女からもらったエントリーシートを見る。内容は悪くない。それに学歴や学生時代にやっていたこともだ。きちんと好きなことがあって、考えがあり、努力もしている。エピソードとしても、組織でやっていくのに必要な体験をしていると言えた。
(○○大学で、大学時代はラクロス部。最終学年では副キャプテンか……十分すぎるような気がするが)
俺はさらに深く読み込んでいく。もちろんずば抜けた経歴ではないが、採用する会社があってもおかしくはない。
「ちなみに、今までどんなところ受けてきたの?」
俺は彼女に質問する。彼女は一拍おいて、ゆっくりと思い出しながら答える。
「××と△△はエントリーシートで落ちちゃって、□□は……」
俺は相槌を打ちながら彼女の話を聞いていく。どうも彼女は交通系の企業をメインに受けているようだ。しかもそれなりに良いところを、だ。しかしそれで上手くいかず、今はもっと手広くといったところであった。
(元々受けていたところが全体的に狭き門だったのか?それならありうるな)
日本の新卒就活は一斉に動き出すからつい忘れがちだが、志望する業界によって難易度は大きく変わる。それは人気という面から競争率が高いという可能性もあるが、それ以前に市場規模という問題もある。そもそも市場の成長が鈍化、ないし後退しているところは、どんなに大手でも新採は絞る。
(受けたって言ってた会社の採用について調べてみるか)
俺は彼女の話に相槌を打ちながらキーボードを弾く。やはり企業自体は有名でも、そこまで採用枠が多いというわけではなかった。
「ちなみにインターンとかはどうだったの?」
「インターンですか?部活の大会の時期とかぶっちゃって……あんまり行けてなかったです」
なるほどね。俺はそんな風に思いながら少しだけばつが悪そうにする彼女を見る。画面越しでも、十分すぎる程彼女の感情は伝わってきた。
(公務員の俺でも、就活の早期化は耳にしている。まあ、あんまり十分な対策ができていたようではなかったが……)
俺は追加で幾つか質問をする。今どこを受けているのか、何社受けているのか。
もうここまで手伝ってるんだ。多少踏み込んで聞いても良いだろう。彼女も特に抵抗もなく、答えてくれた。
(なるほどね)
彼女の話を聞く限りでは、正直な所彼女はきちんと就活に対して準備できていたとは言えない。情報収集や戦略の立て方、受けるべき企業や、落ちた場合の想定など。やるべきことはいくらでもあった。
しかしそれをとやかく言ってもしょうがない。それに、俺はそんな彼女を悪く思ってもいなかった。
かつての自分も似たようなものだったからだ。俺の場合は大学受験の時にそれは色濃く出たのだが。
(受験の時は何とかなるって、最後の大会が終わるまで部活しか頭になかったからな)
だれしも必ず終わりが来る。そして向き合わなきゃいけない現実が待つ。でもその当時の俺は、今目の前にあるものしか目に入れなかった。それは後から反省はしたが、どこか後悔はしていなかった。あのとき本気だった自分は、必ず将来の財産になる。
だがその後の受験対策は後悔している。時間が無く焦っていたとはいえ、明らかに努力が空回りしていた。結果として、第一志望は逃してしまった。
(ただしい情報収集と正しい戦略、そして十分な努力があわさって成果は実る。分かったつもりでも、なかなか実行に移すのは難しい)
俺はある程度話を終えた後、彼女にあらためて質問する。
「難しい質問だけどさ、野村さんはどういう風に働きたいの?」
「どういう風に?」
「そう。どういう風に」
俺は続ける。
「今までの就活は、多分企業の目的とか、イメージとか、行きたい業界とかで選んだと思うんだ。でも、もう大分限られてきた。そしたら今度はそうじゃなくて、働き方給与とか、別の軸で選ぶのも手だと思うってこと」
「働き方?」
「そう。例えばなるべく定時で上がって趣味に励むとか、転勤が少ないとか、年収が高いところとか」
俺の言葉に、彼女は黙って考える。俺はそれを眺めながら、少しだけ椅子に深く腰掛けた。
実際の所、どんなに良い企業に入っても、そこにいる上司や同僚次第ですぐに辞める場合もある。勿論大企業の方がそういったリスクが少ないというのもあるから、大企業を狙うこと自体は悪くはない。
(しかしまあ、俺の職場でも、高校や大学の同期でも、良いところに入って転職したヤツは少なくない。そして大体は、あんまり良い理由じゃない)
時代の影響もあるだろう。インフレや増税、そして年金の負担。若者だって馬鹿じゃない。終身雇用と年功序列、そして経済成長に支えられてきた年配者達を、敬いながら軽蔑している。
しかし一方で大企業とはいえない会社に就職したものの、辞めずに続けているやつもいる。話を聞けばある程度大変ではあるものの、給与や福利厚生、働き方なんかは十分すぎる感じだった。イメージ的に目立たない会社だが、きっちり利益上げている会社なんかも確実にあるのだ。
「私……」
考えていた彼女が話し出す。
「私……私が必要とされるところで働きたいです。忙しくてもいいので、前向きに頑張れるところが」
なるほどね。俺は再びそう心の中で唱えてしまう。
きっとそれは誰もが願うことだろう。そして、誰もが満足していないことでもある。
人に必要とされること、それは最上の喜びであるが故に難しい。必要とされることができても、必要とされ続けることは更に難しいのだ。
(愛することもまた……か)
誰かの顔を思い出し、何かが自分の胸を刺す。いや、これは抉ったと言うべきか。
得体の知れない痛みを抱えながら、俺は彼女との初めてのミーティングを終えた。
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