第7話 難攻不落の要塞

 戦神家では夕食が行われていた。

 今日の学校の出来事などをシスネに話しながら夕飯を食べる。

 食事を終えると、シスネが緑茶を入れてくれテレビを観ながら会話をしたりする。

 これが戦神家の今のいつもの光景だった。

 そして、21時くらいになり、夜の情報番組が始まった。

 ニュースには正直、俺はあまり興味がないため、かじり程度だけ観てチャンネルを変えようと思った。

 そして、テレビの中のキャスターは始めのニュースを読み上げる。

「今日未明、落雷が相続いて発生し、通行人の男女計6人が死亡しました」

 衝撃的なニュースだった。

 さらに聞こえてくるニュースを聞いていると、全て俺の住んでいる市。

 “頂点の遊戯会”があっている天野市ではないか。

「また、いずれも現場の近くでは大きな金槌を持ち全身黒服の怪しい人物が確認されており、事件には関係ないと警察は判断していますが、凶器を持っているため別件で捜査を開始しているとのことです。夜道には十分お気をつけください」

 相次いで雷が、人間に落ちてくることがあるのだろうか。

 ここは、そこそこ都会だ。

 近くにはまあまあ高い建物が密集しているから、避雷針やそれでなくとも落ちそうなところはたくさんあるはずだ。

 なのに人間だけ。

 これは、恐らく騎士の仕業だ。

 そう考えるのが妥当だ。

 だがなぜ今、終盤になって? なぜ一般人を狙って?

 いや、考えたところで分からない。

 とりあえずは夜のパトロール及び散歩に出ることにし、椅子から立ち上がった。

 テレビでは既に次のニュースが流れていた。


 夜のパトロールは30分が経ち、ルートの半分に差し掛かっていた。

「ふぅ、コーヒーでも飲むか」

 近くの公園の自販機に寄り、スマホ決済でアイスの缶コーヒーを買う。

 いつもは無糖派だが今日は少し甘いのが飲みたくなったので“オリジナルレインボーブレンド”とPOPが書いてあるのを買う。

「はぁ〜〜〜」

 甘かった。

 甘いが、学校に行って疲れた体に染み渡る。

 そうやって、缶コーヒーで一服すると、もう一度大きなため息を付き、頭を切り替える。

「で、お前が例の事件の犯人か?」

「事件〜? 何のこと〜?」

 少年のような高く、可愛らしい声で返答が来た。

 やけに幼い声だな。

 俺は後ろに振り向き、声の主の正体を確認する。

 見た目は小学校低学年の男の子だった。

 髪を少しだけ伸ばしており、目元まで隠れている。全身黒服の男の子。

 それ以外は、特に何の変哲も無い、もし今が夕方なら、ただそこら辺に普通にいそうな男の子。

 俺の脳裏にさっき見たニュースが流れる。

(いずれも現場の近くでは大きな金槌を持ち全身黒服の怪しい人物が確認されており・・・)

 こいつも、全身黒服だな。不審者の情報と同じじゃないか。大きな金槌を持っていないから確証はないが。

 また、僅かだが神のオーラが漏れ出ている。

 修行が足りないな。

 さっき、相手の姿を認識せずにすぐ近くにいることを言い当てたのは、この僅かなオーラを感じ取ったからだ。

 それはさておき、男の子は俺に話しかけてくる。

「ねぇねぇ、事件てなに? 何か起きてるの?」

「それはお前が知っているんじゃないのか? 最近、雷が人間に落ちてるだろ。連続で」

「え? 事件? 俺は確かに雷を人にプレゼントしているけど...事件なんて知らないな」

「ビンゴ...だな」

「へ? なに?」

 これで分かった。

 こいつが連続雷事件の犯人である。

 だが、本人は自分がやっていることが人に害を及ぼしていると、気づいていない。

 未熟故なのか、確信犯なのかは分からないが。

 とりあえず、俺が今やるべきことは・・・

「おい、おまえ。“雷のプレゼント”をやめるつもりはないか?」

 警告の意味を含めた説得だ。

「何を言ってるの? 僕はお裾分けしているだけじゃないか。だってだってダッテダッテダッテダッテダッテ、こーんなに気持ちいいんだよ」

 とても幸せそうな顔でそう言った。

 話す姿は、まるでその姿は恋する狂人のようだった。

「それじゃ、殺るか」

 交渉決裂。

 改めて、俺が殺るべきなのは、こいつを今、殺し、これ以上の雷からの被害を無くすこと。

 俺は剣を異空間から呼び寄せ、鞘から抜く。

「えっ、お兄さん。僕を殺すの? ・・・なら、僕も殺すね」

 男の子はまるで何かに取り憑かれたように、雰囲気が変わった。

 それと同時に、秘められていたオーラが開放される。

 とてつもないオーラだ。

 俺はオーラの勢いに負けて、倒れそうになりつつも、なんとか踏ん張る。

 並の騎士なら気を失い、一般人なら死に至る可能性もあるほどの攻撃だ。

 数分して、オーラの流れは収まり、体勢を立て直す。

 そして、確信したことがある。

 どうやら、この騎士の主である神は相当な大物であるということだ。

 オーラの量はその神がどれだけ信仰されているか、その神の存在が知られているかなどで決まっている。

 より強い信仰心であったり、沢山の人々にその存在を認知されているほど神のオーラは大きくなり、その神のオーラが騎士にも反映されるのである。

 つまり、とてつもないオーラを持っているコイツのバックには相当な大物の神がいるということである。

 それはさておき、今現在、俺はかなりまずい状況にある。

 先制攻撃を受け、体力が消耗しているのもそうだが・・・

(コイツ、俺と同等かそれ以上のオーラを持っている!)

 オーラは先程の放出で減りはしたものの、まだかなりの量がある。

 また、放出した分のオーラも合わせれば俺と同等かそれ以上の量であることは容易に分かった。

 正直、見た目で舐めていた。

 人は見かけによらない、という先人の教えがあるように、人を見かけで判断してはいけないのだ。

 一旦、仕切り直すために、名乗りを上げる。

「俺は戦神勝兜だ」

「名乗り合うの!? かっこいい! 僕は黒上雷也!」

 そう言うと男の子改め、黒上雷也は自分の得物である片手両刃斧アックスを異空間から取り出す。

 俺と雷也は向き合い、睨み合う。

 俺が動いた。

 それが、開始の合図となる。

 俺は筋力をオーラで強化し、全速力で雷也に接近する。

 雷也は開始の状態から変わらず、アックスを後方に引いた構えのままだ。

 カウンタータイプだろうか。

 なら、本番は・・・いまからだ。

 俺は雷也の首筋に向かって、剣を滑らせるように叩き込む!

 その瞬間、ガキン!!! とかなり怪しい音が周囲に響き渡る。

 俺の剣と雷也のアックスがぶつかった際に鳴った音だった。

 俺はその衝撃に耐えかねて、かなり後方へと弾き飛ばされてしまった。

 一方、俺を弾き飛ばした雷也はというと。

 平然と斧を構えて立っていた。

 あんなに小さな体なのに、どこにそんな力があるのか。

 いや、分かっている。

 恐らく、オーラを利用して肉体強化を使ったのだ。

 オーラは先にも言った通り、その騎士の所有者の認知度、信仰度であり、力だ。

 そのオーラを消費することで神の力の一端を扱うことができる。

 主に、神の力の一端とはなにかしらの強化が多い。

 また、場合によっては魔力のかわりにできるらしい。だが、燃費が悪くあまり使われない。

 燃費の悪さには、理由があり、これには魔法延いては魔力について知る必要がある。

 魔力とはなんだろうか。

 諸説はあるが、この世界では魔力は今ここに“ない”ものをここに“ある”と世界に誤認させるために消費されるエネルギーだと考えられている。

 魔力は体を通ることによって座標や効力といった情報が付加される。

 その情報が付加された魔力が放出されることで世界に干渉し変化を始める。

 そして、魔力を消費することで、そこに“ある”ものとして発現するのである。

 簡単に言えば、魔力を使うことによってそこに存在しないものを作り出す。

 嘘を本当にする。

 それが魔法。

 話を戻し、オーラで魔法を使うとなぜ燃費が悪いのかだが、オーラは情報を付加させにくい性質があり、一つの魔法を使うのに魔力の3倍の量に情報を付加させなければならない。

 そうして発動させた魔法の威力は、普通の魔法の威力と同じだ。

 燃費が悪いと言われる所以はこういうことだ。

 少し話がそれたが、黒上は今持っているオーラを全て肉体強化、それも足元と腕手に回すことによって踏ん張る力、腕を振る力、握力を異常に強化している。

 なかなか勇気のあるであり、技術もすごい。

 オーラによる肉体強化は効果範囲を“肉体”と定義すると肉体全てにオーラが分散され効果範囲は広くなるものの、効果は薄い。

 だが、雷也のように効果範囲を一部に定義し、全てのオーラをここに回すと、分散されていたオーラが一箇所に集まるため、とてつもなく強化される。

 しかし、デメリットもあり、肉体が強化されていない部分の肉の硬さは一般人と変わらなくなるので、傷が深くなりやすくなったりする。

 騎士は皆大体、肉体を強化して戦っているため、一般人ほどの肉の硬さなら腹に一撃を加えた瞬間、体を真っ二つにできるだろう。

 また、あの限定的な部分強化を行うには技術もそれなりに必要である。

 あの年でそれをやってのける彼は正に天才と言えるだろう。

 彼を絶賛している俺だが、俺も技術では負けていない。

 吹き飛ばされる際、後方への力を利用し、最適な体の体勢を考え、流れに乗って雷也からかなり距離を取ると同時に、地面とぶつかる場所を予測、その部分のみを瞬時に強化していた。

 土壇場で思いついた方法だったがとてもうまくいった。

 だが、俺は右手を左手で支える。

 剣を持つ右手がビリビリと痺れている。

 なぜなら、俺の剣と雷也の斧が当たった瞬間の衝撃があまりにも強すぎたからだ。

 まるで岩を剣で叩いたかのような衝撃だった。

「くっ、なかなかやるな」

「おにーさんもすごいスピードと力だね」

 圧倒的な正確性と力を用いたカウンター。それによる、圧倒的なガード。

 正に、難攻不落の要塞。

 それを崩すには・・・これしか無いか。

 俺も腹を括るしか無い。

 俺も足と椀手にオーラを集中させ、トップスピードで突撃する。

「どちらが強いか勝負だ」

 そして、刹那。

 剣と斧が再度ぶつかる。

 衝撃が空気の波となり、辺りの草木を揺らす。

 先程は弾き返されていた俺だが、今度は鍔迫り合いにまで持ち込めていた。

 こうなったら、あとは力と忍耐力の勝負。

 どちらが力の限界を迎えるか、痺れを切らすかでこの膠着状態は終わる。

 お互い、得物を持つ手が震えている。

 すこし、少しずつだが俺の剣が雷也の方に向かって下がっていく。

 あとちょっとで胴体に届きそうなところで、雷也は後方に飛び、迫りくる剣を回避した。

 再度の睨み合い。

 俺は戦況を分析する。

 敵はかなりオーラを消費している、だが、元の多さが桁違いなため、今の俺とあまり変わらないくらいだろうか。

 体力及び魔力はお互いあまり消費していない。

 怪我は俺が弾き返されたときにできた打ち身のみだ。

 この状況から鑑みるに勝率はほぼ五分五分と言えるだろう。

 引き分けという選択肢もあるかもしれない。

 だが、基本的にこの戦いの終了の合図は“死”のみ。

 引き分けの条件は、雷也が“雷のプレゼント”をやめるか、どちらかが逃走することだろう。

 だが、彼は“雷のプレゼント”をやめる気配は一向にない。

 そして、彼も、俺も逃げるつもりはまったくない。

 ならば、“アレ”で終わらせるか。

 すると、相手も同じことを考えていたようで、

「「力を授ける門ガイアールゲート開放オープン!!!」」

 光の塊が前に現れる。

 眩い光が眼を刺激する。

 吹き荒れる風に乗って暑い熱が肌を焦がす。

 俺と雷也は光の中に手を入れ、引き抜く。

 俺は“グングニル”を取り出した。

 対する雷也は、“金槌”を持っていた。

 恐らくあの金槌こそ、神の武器だ。

 果たしてどんな性能を持っているのだろうか。

 彼が雷を対象物に落とせるのは確定だが、まだ、この戦いでは使っていない。

 ということは、まだ出していない武器の性能。

 つまり、神の武器の性能。

 あるいは、まだ力を隠しているのかだが。

 俺はグングニルを担ぎ上げ、投擲の体勢を取り、相手の出方を待つ。

 すると、雷也は大きな金槌を地面に叩きつけた。

 その瞬間、俺がさっきまでいたところに雷が落ちてきた。

 俺は間一髪でバックステップを踏み、避けたが、コンクリートでできた地面は大きく凹んでおり、黒く焦げていた。

 あれが、自分に当たっていたらと思うと背筋がゾッとする。

 実際にあの雷が当たった人がいるのだというからどれほどの苦しみだったのだろうか。

 被害にあった人々のことを心の中で思うとともに、悪ぶれもしない、雷を落とすことを良いことだと思っている黒上雷也と、彼の考えがねじ曲がってしまったであろう、彼の周囲の環境に怒りを覚える。

 だが、今考えることではない。

 今は、この戦いに集中すべきだ。

 俺は担いでいた槍を持ち替え、投擲ではなく、刺突の構えに変える。

 刺突で近接戦に持ち込めば、使用者自らが射程の範囲になるため、あの雷攻撃は使えないはずである。

 最短距離で雷也の元に槍を突き出しながら突っ込む。

「はぁぁぁ!!!」 

 俺が突っ込んで来るのに対抗して、雷也は雷を魔法で作り出すと、矢のように飛ばしてきた。同時に、神の武器を地面に打ち付けられる。

 とりあえず、俺は向かってきた雷の矢を搔い潜り、回避した。

 その時、また、頭上から突如、一筋の雷が落ちてきた。

「あ、あっぶね」

 なんとか間一髪、バックステップで避けることに成功する。

 グングニルで消滅させても良かったが、実は俺自身、グングニルの全貌をよく分かっていない。

 もしかしたら、1日の使用回数が決まっているのかもしれない。

 もしかしたら、神の武器の事象変化は消滅できないのかもしれない。

 こうした理由から、俺はグングニルの使用をなるべく控えている。

 緊急事態の奥の、さらに奥の手だ。

 あと、なぜグングニルが“さらに奥の手”なのかについてだが、“神の武器”は強力な武器である代わりに使用者にかなりの負担がかかるからだ。

 戦闘時の少しの負荷は、命に関わる。

 現に今も

「はぁ、はぁ、はぁ」

 息が荒くなっている。

 もちろん、“神の武器”のせいだけではない。

 突然だが、雷は光の仲間である。これは周知の事実だろう。

 光の速さは29万2792.458キロメートルで1秒間で地球を7.5周する。

 その速さに普通、人間は追いつけないし、耐えられないだろう。

 だが、俺はオーラを使い、また、日々の鍛錬によってその速さに対応できるようにしている。

 しかし、それでも光の速さに追いつくにはそれなりの技術、体力、集中力を必要とする。

 さらに、一撃一撃が死ぬ威力のため一瞬の気が抜けない。

 何が言いたいのか、それは・・・

 正直言って、かなりキツイ。全体的に。

 “神の武器”の負荷とともに、別の負荷も加わる。

 まさに満身創痍。

 だが、ここで踏ん張れなければ、俺は死ぬ。

 それは御免だ。

 なぜなら、俺は“夢”を果たさなければならないのだから。

 それを果たさなければ、死んでいった・・・いや、正確には俺が殺した人々に顔向けできない。

「うをぉぉぉぉぉ!」

 夜の公園に俺の叫び声が木霊する。

 俺は覚悟を決めた。

 ダメージはいとわない。

 持っているすべてのオーラを腕力と脚力につぎ込む。

 防御をすべて攻撃に回した、まさに諸刃の剣。

 そのまま、黒上に一直線に迫る。

 その間にも、雷の矢が飛んでくるが

「避けてしまえば、問題ない!」

 前進しながらもスレスレのところで躱す。

 どうしても避け切れない場合は、被害は最小限に収める。

「くっ・・・!」

 今のは腹部を狙った矢の攻撃であり、同時に、避けることができないように腹部の両脇を通り過ぎるように別の矢を飛ばしていた。

 これでは完璧に避けることは不可能だ。

 ならばこそ、身を多少は切るしかない。

 俺は、体を無理やり捻り、向きを横に変えた。

 これが避けられる限界だろう。

 雷の矢はそのまま通り去っていったが、すれ違いざまに腹を焼き切った。

 あまりの痛みに、顔が歪むが関係ない。

 走れ! 走れ! はしれ!・・・

 体に無理やり命令し、動かせる。

 アイツを殺す。

 近づき、刺す。

 そのためには、ひたすら体を、足を動かし、腕を突き出す。実に簡単な動きだ。

 その手順をひたすら体に命令で送り続ければいい。

 俺はコンピューターのように、ひたすら命令されたことをするだけの機械だと自分に思い込ませながら。

 あと射程範囲まで・・・3メートル・・・2メートル・・・1メートル・・・0め

 直後、俺の視界は、まばゆい光で包まれた。

 

 

 

 

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