第5話 甘い香りには毒がある
俺は次の日、昨日の夜ご飯の余りものであるカレーライスを食べ、愛車である青のロードバイクに跨り、学校へと出発した。
学校までは10分ほどかかる。
いつもと変わらない町の風景。
コンクリートの石垣の上では猫がバランスよく渡り歩いており、ごみ置き場をカラスが荒らしている。道の端では雑草が少し顔を出し、そこに近所のおばちゃんが除草剤を撒いている。
ふと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
花のような、お菓子のようななんだかよくわからないが“甘い”ということだけは確かな香り。
今日は早く家を出発したので、まだ時間には余裕がある。
俺は、その香りに吸い寄せられるように道を進んでいった。
ちなみに、ウツボカズラは甘い匂いで虫を呼び寄せ捕食するらしい。
この匂いは、危険な香りであるということと、自分が誘い出されていることにこの時はまだ気づいていなかった。
あれから何分間経ったのだろうか。
俺は建物の陰で薄暗い袋小路にいた。
そして、突き当りの壁の手前には毒々しい一本の花が生えていた。
なんだろう。なんとなくだがこの世のものではない気がする。
いや、気がするのではなく、この世のものではないようだ。
この花は魔力(魔法を作り出すためのエネルギー)の塊であり、魔法で作られたもの。
魔法は一部例外を除き、魔法の道を究めた神の騎士しか使えず、しかも使える属性もその神が究めた属性の者しか使えない。
つまり、この花を生み出した騎士がいるはずだ。
そして、袋小路に呼び出したということは・・・仕掛けてくるはずだ!!!
俺は後ろに殺気を感じると体を無理やり捻り、攻撃をかわす。
ガシャン! 後ろでガラスのようなものが割れた音がした。
俺は剣を異空間から呼び寄せ、抜き、戦闘態勢を取りつつ近くのごみ箱の陰を睨みつけ話しかける。
「そこにいるんだろ。殺気、駄々洩れだぜ」
すると俺の話し声に応答するかのように声が響き渡る。
「おっほっほっほ。ワタシの“陰潜り”が見破られるとは。アナタなかなかやるじゃない」
まるで水面から上がるように陰から出てきたのは、ピンクのズボンと白の水玉模様の入った黒Tシャツを着た銀髪男だった。
「おい、おっさん。いつから見張ってた? そもそも、どうして俺が騎士だと分かった?」
そう、いつから見張っていたのかはもちろん気になるが、問題は後半だ。勝兜は騎士が持つ特有の神のオーラをほとんど漏らさないように自分の体に封じ込めている
しかし、あくまで封じ込めているため、この封じ込めたオーラが分かってしまう敵がもしいるのであれば対策を練らないといけない。
「ん~もぅ、私はオ・ネ・エ・サ・ンよ!」
それは失敬、彼改め彼女は
てか、論点そこか。
シスネの時と言い、女性はこうも細かいところまで気にするのだろうか。
まぁ、一旦それは置いといて、話の続きをしよう。
「で、質問には答えてくれるのか。レディ?」
「そう! それでいいのよ」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「それじゃあ、質問だったわね。今回は機嫌が良いから特別に答えてあげる。見張ってたのは昨日の夜から。アナタが騎士だと分かったのは、昨日、レイピア使いと戦っていたでしょう? そこの近くに偶然いたわけよ。そしたら、魔力の流れが荒くなるじゃない。あれはたぶん“
なるほど、昨日の戦いが原因だったとは・・・うかつだった。
「質問答えてくれてありがとよ。それじゃ、戦闘再開するか?」
「あら、せっかちね。少し解説させて」
「あぁ、なんだ?」
純粋に何を解説するのか気になった。
あと、おしゃべり好きだなとも思った。
「あなたがさっき見てた花、あれね催眠効果があって、判断力を鈍らせるの。だからあなたは罠だとも考えずにここまで来たわけ」
なるほど、納得した。
明らかに誘い出されていたのにここまで来てしまった。
つまり、判断力が欠けていたのはこの花が原因だったのか。
「まあいい。ここまで来てしまったらあとはやるだけだ。終わったことは仕方ない」
「いいわよ、過去を振り返らない男って最高」
「改めて、戦闘再開するか?」
「うふ、お望みとあらば」
「名前は名乗るか?」
「そうね。私の名前は、レディ・ローズリィ」
「・・・戦神勝兜」
そうして二人は対峙する。
そして、戦いは突然始まった。
俺はトップスピードでレディに向かって一直線に突き進む。
魔法使いとの戦闘方法はいたってシンプル。
如何に相手の懐に早く潜り込めるかが勝負のカギとなる。
すると、レディは案の定、魔法を使ってくる。
木製のステッキをこちらに向けると透明の大きい針が飛んできた。
魔法を無詠唱で、さすがとしか言いようがない。
だが、これくらい、俺の敵ではない。
俺は迫りくる針を剣で切る。
これで霧散するはず、そう思った。
だが、針は斬られた直後、爆散した。
針の破片がヴェールとなり、目の前がしっかり見えない。
俺は横に飛びのき、ヴェールの中から脱出する。
しかし、次の瞬間、俺の脇腹がカッと熱くなった。
脇腹を見てみると、肉が裂け血があふれ出している。
痛い、痛いが、今は我慢するしかない。
俺は気合を入れるように、ふーっと息をすると再度、突撃を開始した。
今度はジグザグに、変則的に。
こうすることで、規則性をあまりもたせず、どこを通るか分かりにくくする狙いがある。
「ふん、中々考えたわね。なら、とっておきを見せてあげる!!!」
そう言うと、レディは奇妙な踊りをぶつぶつと何かを呟きながら始めた。
それでもかまわずに俺は突っ込んでいく。
そして、その魔法たちは発動した。
俺に炎、水、泥、土針、氷針、鉄球、電撃、水刃、風刃、鉄盤、毒が同時に襲い掛かる。
様々な角度から襲い掛かってきているため全ては回避できない。
なので、ダメージが少なさそうなものの方向に正面突破する。
一番ダメージが少なさそうなのはやはり水だ。
俺は水圧に負けないように一段と加速し、トップスピードで立ち向かう。
そして、水に激突し、水の束の中に入る。
あとは水との勝負。
水の中から無事に抜け出せれば俺の勝ち。
水の中で息が切れたら俺の負け。
さあ、どうなることやら。
現状の速度はトップスピードからかけ離れている。
水圧で減速しているからだ。
だが、あともう少し。
僅かだが光が見えてきた。
大した距離ではなかったが、それでも水量と水流が川や海とは格段に違う。
ここまで、減速するとは想定外だ。
息が苦しくなってきた。
もう少し、もう少し、もう少し、そう自分に言い聞かせる。
そして、3メートル・・・2メートル・・・1メートル・・・視界が開けた。
それと同時に、駆けだす。
レディ目掛けて。
だが、レディは手にさっきまで持っていなかったはずの本が握られている。
あれは“神の武器”だ。
あの本が醸し出しているオーラが違った。
レディは本を掲げ、呟いた。
「
そして、本からありとあらゆる魔法が放たれた。
炎、水、土、風・・・例を出したら止まらない、そんな数の魔法が放たれた。
俺は、迫りくる魔法を見て、この状況を打破するには“あれ”しかないと確信する。
「
突如、虚空に現れた光に俺は手を突っ込み、そこにある物をつかみ、引き抜く。
そして、俺の手にはグングニルが握られていた。
俺はグングニルを肩に担ぐように持ち、魔法目掛けて投擲する。
グングニルはなかなかのスピードで飛んで行く。
瞬く間に、グングニルは魔法との距離を縮め、衝突する。
その瞬間、爆風が吹き荒れた。
草木は激しく揺れ、それを引き起こした当の本人たちも立っているのがやっとだ。
魔法と槍の状況は停滞している。
お互い空中で止まったままだ。
だが、僅かだがグングニルが押している。
それもそのはず、“グングニル”は破壊の権化である。
触れたありとあらゆるものを破壊する。
空気さえも。
最初からこの勝負は見えていた。
魔法は無限ではない。魔力を消費することで顕現する。
それに対し、グングニルの破壊は何の対価もなく、ただ破壊しつくすだけである。
また、こんな話を聞いたことはないだろうか。
家を作るのと破壊するのはどちらが勝つのか、というもの。
家は作るのに沢山のプロセスが必要なのに対し、家を壊すのはただ重機や鈍器をぶつければいい。
家を一個作る間に家を百個以上壊せる。
この結果、家は建たなくなった、というもの。
有限に対し無限、その対決。
創造に対し破壊、その対決。
この結果は誰にでも明らかである。
結果、グングニルは魔法を破壊し尽くした。
「俺の勝ちだ」
俺はレディに接近し、ナイトソードを彼女の腹部に突き刺す。
そして、レディに賞賛と共に疑問を投げかける。
「見事な魔法だった。かなり苦戦させられた。だが、神の武器を使う前のあの多重詠唱は何だったんだ?」
「あんた鬼でしょ、死にかけに対して質問とか」
レディは力のない声で笑いながら言うと言葉を続ける。
「分かったわ、教えてあげる。あれは体の動き、右手の形、左手の形、両手で奏でる音、右足の形、左足の形、両足で奏でる音、言葉、目の瞬き、心臓の鼓動、脳内での想像、これら一つ一つで術式をそれぞれ組んでいるの」
「なるほどな。一つ一つの動きや形に意味があるわけか・・・興味深いな」
「そうよ・・・はぁ・・・そろそろ・・・時間・・・ね・・・」
そして、レディ・ローズリィは亡き者となった。
俺は、「片付け頼む、シスネ」というと、その場から立ち去った。
今日は神の確認はしなかった。
なんだか、気分じゃなかった。
そんな俺の憂鬱な気分に対抗するかのように空は晴れている。
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