第4話 あの日、あの時、あの場所で

 俺は目を覚ました。周りを見るとカーテンの閉まった窓、漫画やらラノベやらが規則正しく並べられた本棚、至って変哲もない学習机といったいつもと同じ風景が目に入る。

そして不快な感じがする。

 どうやらベッドの中でかなりの汗をかいてしまったらしい。

 パジャマが一部ぐっしょりと濡れて変色していた。

「うへぇ。このままだと風邪ひくなぁ」

と言ってパジャマの代わりにTシャツに着替えると、濡れたパジャマを洗濯機に入れる為に一階へと向かった。

 パジャマを洗濯機に放り込んだ後、目が覚めてしまったため、仕方なくカーテンを開け、リビングの大きい窓から庭を眺めていた。

 月が赤かった。

 来年も見られるらしいが、妹は一生見られないような大騒ぎをしていた。もしかしたら明日、地球が終わるかもしれないなぁと父さんが笑って言った。俺も母さんも妹もつられて笑った。その時を思い出しながらもう一度、ボソッと笑う。

 リラックスしたのだろうか欠伸が出た。

だが考えなければならない、さっきの夢が本当なのかどうか。

 しばらく考えたが、結論としては、ただの夢ということにした。

 ちょうど眠たくなってきたのでまた目が覚めないうちにカーテンを閉め、ベッドへ向かおうと思う。

 欠伸の時に出た涙で霞む目を見えやすくする為に一度瞼を閉じ、溜まった涙を押し出す。

そして、瞼を上げた時だった。

 さっき、誰もいなかったはずの庭に少女がいた。まるで妖精のような美貌の少女が。

 月の光に照らされてさらに綺麗に、大人っぽく見える。

 正直に言おう。

 見惚れていた、と。

 見惚れていた俺の停止していた頭は徐々に再稼働する。

 何かおかしくはないか? 

 相手は少女だ、こんな夜分、しかも時計の針は午前一時を指している。

 これで幾つかの候補に絞られる。

 その一、少女は単なる不法侵入者である。

 そのニ、俺のファンタジー物の見過ぎによる幻覚である。

 その三、少女は幽霊である。

 消去法でいこう。一は無いとしよう。ニは正直、無いとは言い切れないが、そんなことは認めたくないので二でも無い。残るは・・・「その三、少女は幽霊である」のみとなる。

 その時、俺は反射的に飛び退いた。

「ゆ、幽霊!?」

 すると、幽霊の少女はこちらに気づいたのか振り向くと、消えた。

 次の瞬間、目の前に彼女が現れた。

 俺は叫び声を上げた・・・つもりだった。

 声が出ない!

 まるで金縛りにあったかのように。

 空気が喉からスースーと出ている音がする。

 体も動かない。

 もう何が起こっているのか分からず、思考がまとまらない。

 俺は死ぬのか?

 そう思ったときだった。

(突然申し訳ございません。今、大きな音を出してご家族の方々を起こすわけにはいかないので、一時的に『金縛りの術』をかけさせていただきました)

 突如として、凛としたどこか平坦な声が脳内に響いた。

(また、『テレパシー』という術で脳内に直接声を送っております)

 幽霊の少女が喋っている?

 幽霊って喋れるのか?

(私は幽霊ではございません。オーディン様に仕える者であり、これからは貴方様に仕えいたします)

 あぁ、オーディンの部下ね。

 オーディン、オーディンの・・・オーディン!?

 あれって夢じゃなかったの!?

 てことは、俺は

(これからの戦いに向けて様々なお世話をいたします。これからよろしくお願いいたします)

 どうやらこれから戦いに身を置くらしい。

 オーディンが最後に言った、俺を鍛えるメイドとは彼女のことだったようだ。

(状況を理解していただいたようなので術を解除いたします)

 彼女がそう言うと体と声は自由を取り戻したのだった。

 自由を取り戻した俺は、とりあえず彼女の情報を聞き出すことにしたのだった。

「君の名前は?」

「申し遅れました。シスネと申します」

 シスネさんか、ところで奇妙な力をもっているが何者なんだ?

「シスネさんは何者?」

「シスネ、と呼び捨てでお呼びください。ご主人さま」

 そこ? 意外と細かいんだな、俺はそう思った。

「それじゃあ、俺も呼び捨てで良いよ・・・てか俺の名前まだ言っていなかったか」

「いいえ、それには及びません。名前は存じております。戦神勝兜さま」

「そうか。てか、その“さま”とかいうやつもやめてほしいんだけど」

「それはたしかねます」

 頑固者だな。

 だが、仕方がない。

 彼女にも仕事上の立場というものがあるのだろう。

「話を戻そう。シスネ、君は何者なんだい?」

「私はオーディン様の眷属にございます。私の種について聞いておられるのであれば・・・見てもらったほうが早いですね」

 すると、シスネは背中を俺に向けた。

 そして、突然、シスネの背中から純白の翼が生えた。

 それは、まるで

「白鳥のよう・・・ですよね。その通りでございます。私は白鳥の精霊です」

「精、霊?」

 まさか、精霊がいるとは。

 いや、神もいたわけだから、おかしいことはない・・・のか?

「ちなみに、オーディン様の使い魔は何だと思われますか?」

 俺はそう不意に問かけられたので、考える。

 ヒンドゥー教は牛だし、そういや神社でも牛見かけたことあるぞ。神に関係する動物には牛が多いし、正解は牛か?

「答えは・・・牛か?」

「いいえ違います」

 即答だった。

 即答でズパッと切り捨てた。切れ味がすごい。

 そこまで切れ味がすごいと、なんだろう、眼から汗が。

 そんなことを思っていると、シスネが話を続ける。

「正解は白鳥です」

 白鳥だったのか。意外と単純な答えだったな。勘ぐりし過ぎたか。

「私が白鳥として使い魔をやっていた頃、オーディン様に功績を認められ、この肉体と高度な知能、そして、多大な力を頂きました」

 なるほどな、そういう事があったのか。

 まぁ、神様だし。鳥を精霊に変えることくらい簡単にやれるのだろう。

「精霊になってからはどんな仕事をしていたの?」

 単純に気になった。

「主に、オーディン様の身の回りの世話や武術、魔法等の練習をしておりました」

「身の回りの世話はわかるけど、武術とか魔法の練習は必要なの?」

「はい。私が精霊になった時から戦争の世話係としての役割が振られていました。この戦争の世話係にはご主人の身の回りの世話はもちろん、武術、魔法等を教える義務があります。そのためには、まず私が武術、魔術を覚えなければなりません。なので、仕事の傍らで練習しておりました」

「なるほど、つまり、彼女がこんな過酷な状況に陥ったのはこの戦争をかんがえたやつのせいと」

「・・・なぜそのような結論に至ったのかわたくしには理解できません。第一、これまでの状況は確かに過酷でしたが苦ではありませんでした。・・・出過ぎた真似をお許しください、何なりと処罰を」

「処罰? そんなことするわけないだろ?」

 そうだ、彼女は正直な気持ちを言っただけだ。

 素直で良い子なのだろう。

 こんないい人材を送ってきたオーディンがニヤニヤと自慢している顔が目に浮かぶ。

 そんなことは置いといて

「俺の身の回りの世話とかしてくれるみたいだけど、母さんがやってくれているし、稽古をつけてくれるだけで大丈夫かな。それよりも、シスネは行く当てあるの? 部屋を用意しようか?」

「それには及びません。私は異空間で暮らしておりますのでゲートを作ることでいつでも自分の家に帰れます」

「そっか、それは便利だね」

「はい、便利です」

 ここで少しの間が開く。

「突然ですが」

こう切り出したのはシスネだ。

「家族を安全な場所に送りたいとは思いませんか」

 やけに険しそうな顔をしてそう言ってきた。

「安全な場所!? つまり、この戦争に巻き込まれない所に転移させるってことか」

 だが、なぜシスネは険しそうな顔をしているのだろう。

 まあいい、とりあえずはその話に乗るとしよう。

 願ってもない話だ。

 しかし、甘い話には裏があるとはよく言ったもので、“それ”は起きてしまった。

この時の俺は、“それ”の回避方法がオーディンの助言だなんて知る由もなかった。

「わかった、その話お願いしよう」

「承知いたしました。すぐに行動を開始します」

「おう! 俺はどうしたらいい? みんなを呼んでくれば・・・へ?」

 言葉の途中にプシュッ、と音がした。

 そして俺に謎の液体がかかり、謎の物体がコロコロと俺の足元に転がってくる。

 それは・・・俺の愛する妹、灯利あかりの頭だった。

へ? なんで? 何が起きた?

 俺は瞬時に理解できなかった。

 なんでここに灯利の頭が? 頭が転がってくるってどういうことだ?

 そして数秒後、理解した。

 目の前の女、シスネが灯利を殺したのだ。

 怒りが、憎しみがこみ上げてくる。

 目の前の女を殺さないといけない、そう心が言っている。

 俺がシスネに掴みかからんとしたその時だった。

「あなたは見ないほうがいい」

 突如、シスネがいなくなったと思ったら、視界が暗転した。

 暗闇の中で自分がシスネに手刀で首を叩かれたのだと思い至ると同時に意識が途切れた。

 そして、目が覚めた時にはもう家族は一人として残ってはいなかった。


 おっと、過去の出来事を思い出していたら家についたようだ。

 なんの変哲もないただの一軒家。

 思い出の詰まった大切な大切な一軒家。

 今では俺とシスネの家。

 シスネとはあの後、色々あったが今では仲良く暮らしている。

 不意に家からスパイシーな匂いが流れてきた。

「おっ、今日はカレーか!」

 俺は心を弾ませながら家に入っていく。

 そんな俺を電柱の影から見つめる赤い瞳がいた。

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