第2話 紅月の夜、月見て始まりの日を懐ふ

 右、左、右と左右交互にリズミカルなテンポで刺突用片手細剣レイピアが振り下ろされ、襲い掛かる。その度に俺は右手の斬用両刃片手直剣ナイトソードで弾き返す。

 その都度、キンキンキンと無機質な音が鳴る。

 こいつはレイピアの使い方がなってないな、そう素直に思った。

 そう考えている間にもまた左から次の斬撃が迫り来る。

 俺は前へ踏み込むと今まで当てにいくだけだった剣に全体重を乗せて迎え撃った。

 鉄同士が鈍い音を響かせる。

 その刹那、衝撃によって敵の手からレイピアが離れ、金属質の音を立てて、地に落ちた。

 敵は「グウッ」と痺れる手を押さえながら呻き声を上げる。

 しかし、俺の剣は止まらない。

 勢いのままに、敵の肉を裁断する。

 吹き出た血が俺の簡素鎧インスタントアーマーを赤黒い水玉模様を付ける。

 だが、あまり手ごたえは感じられなかった。

 どうやら斬られる寸前に後方へジャンプしていたらしく、皮膚が裂ける程度の怪我のようだった。

 多少斬られはしたものの、あの至近距離で後退し致命傷を避けたとなると、とんでもない反応速度だな、と俺は素直に感嘆した。

 敵はそのまま五メートルほど後退すると、何かを呟いた。

 その行動は『詠唱』。

 いわゆる絵本などで魔法使いが呪文を唱えて、炎を出すあれだ。

 魔法にも様々な属性があり、その属性魔法に精通している神が“騎士”と呼ばれし選ばれた人間こまに力を授けた場合にのみ、騎士はその属性魔法を扱うことができる。

 しかし、騎士達にも属性を無視して全員が使える魔法がある。それはとてつもなく強力な物を出現させる大技である。

 あれが来る、そう判断した俺は大技が来るのを警戒し身構えた。

 その瞬間、敵の右手から赤い光が迸り、その熱で俺の全身を焼く。

 それと同時に、発生した爆風が襲い掛かる。

 魔法名〈力を授ける門ガイアールゲート開放オープン〉が発動した。

 俺は何とか吹き飛ばされないように踏ん張っていると、その光が何かに形成されていくのが見た。

 光が消え、爆風が止んだ時、敵の右手には新たな輝かしい銀色のレイピアが握られていた。

 そのレイピアには太陽の形を模した自転車の車輪程の大きさの邪魔そうな鍔と、こちらは普通の大きさのナックルガードが付いており、アンバランスな見た目だった。

とても振りにくそうで実用性皆無のような形だったが、レイピアからは途轍もないオーラが放たれていた。

 持ち主は黒いボロマントのフードを鼻先まで被って詳しく表情は読めなかったものの、口元を三日月のように歪めていたため恐らく勝利を確信した笑みでも浮かべていたのだろう。

 まあ、当然だ。

 〈シークレット武器ウェポン

 文字通り神の武器。この世の人間キャラクターの中からプレイヤー騎士こまとして適した人間を選出し、この戦争ゲームに参加させられた時に手に入れられる力の一つである。

 強力であるがために扱うには途轍もない集中力と、筋力、体力を必要とする。

 そのため長時間の使用が難しいのが欠点だ。

 俺は、あの神の武器はレイピアだろう。形からしてそう思った。

 大きい鍔は、視界を阻害したり、その重さで咄嗟の対応ができないはずであり、本当ならアタックチャンスだが、〈神の武器〉だ、それを補う性能があるのか、はたまた大きい鍔を見て、チャンスだと思ったカモをおびき寄せて仕留める物なのか。

 単なるゲームなら正面から突撃していっただろうが、念のために一旦、様子を見ることにした。

 何故ならこれは何度もコンテニューできるゲームなどではなく本当の命を懸けた戦いなのだから。

 不意に敵は持ち方を変えた。

 剣にしてはおかしな持ち方だった。

 刃の根元を左手でつかみ、柄頭に親指を当てて、ナックルガードには人差し指が通されていた。

 それは子供なら一回はやったことがあるであろうテニスラケットや箒を銃に見立てて持つという行為のその格好だった。

 そのまま剣先をこちらに向けると、敵はまるで引き金を引くように人差し指を曲げた。

 次の瞬間、剣先から一筋の深紅の光が弾丸のように飛び出した。

まるで、SFの世界に来たのではないかと疑いそうな光景だった。

 まさに光速。近距離を凄まじい速度で迫る光弾に向けて俺は刃を定め、剣を振る。

 その弾丸を俺は・・・・ 

 —斬った—

 本来なら広範囲を破壊しつくす可能性のある攻撃は何の痕跡を残すこともなく、真っ二つに全体が斬られた瞬間にプシュゥと音を立てて消滅した。

 尋常じゃないスピードで剣を振るった俺を見て、敵は驚きを隠せないのか口をあんぐりと開いたまま、全く動かない。

 そのまま五メートルの距離を一瞬で縮め、一言「さようなら」と呟き、右手の剣を敵の首に目掛けて薙いだ。

 かなりの手応えだった。

 赤い鮮血とともに頭部が少し離れた所に飛ばされ、落下し、ベチャッという音を立てた後、じわじわと周りに血溜まりを作る。

 断面から血がさらに溢れ、流れ出しさらに範囲を広げる。

 俺は剣を振り払い、付着した血液を飛ばした。

そして、付近に放り投げた鞘を探し収めた。

 次に、今さっき自分が作った遺体の方へと体の角度を変えると

「ありがとうございました」

そう目の前で自分と共に命を賭しあった名も知らぬ人間に終わりの挨拶を告げ、黙祷を捧げた。

 やはり斬る直前、躊躇が無かったと言えば嘘になる。

 『殺してはいけない』と自制心が働いた。

 『もっと別の方法があるかもしれない』と希望を思い浮かべた。

しかし、そんな考えを捨てた。

否、情を捨てた。

もし、ここで剣を止めたら殺されるのは自分なのだから。

そう考えを改め直し、斬ったのだった。

 俺は倒した騎士がどの神の物だったのかを調べるために〈神の武器〉の元へ向かった。

 基本的に〈神の武器〉には、神格が表されている。

神格とは、いわゆる神様の地位のことである。

例えば、○○神イコール○○の神様というものだ。

俺は状況の確認の為に調べるようにしている。そうする事でこれからの敵をほんの少しだが絞れるからだ。

しかし、自分を含め百人中の一人が分かったとして八百万の神というように、この世に数え切れるか分からない程いる神がいる為、大したアドバンテージにはならない。

なので、あまりやっている奴はいない。

実際、俺の好奇心が強いだけで残りの敵を絞るというのは建前なのだ。

 敵の〈神の武器〉を手に取ると俺はファンタジーものヲタクの力をもって、今まで神話やらアニメやらで培った知識を記憶の中の書庫から引っ張り出し、解析を始めた。

 始めに目を引くのはやはりとてつもなく大きい鍔だ。

 工場の地図記号のような形の鍔には羊が草原を青空の下で走り回っている情景がステンドグラスで作られている。

 細かすぎて本物のようだというより、正直、本物よりも綺麗だ。

 刀身にも羊や模様が彫られ、金箔だろうか、模様が金色で強調されている。

「この綺麗で繊細な羊の装飾。太陽を模した鍔。芸術と羊と太陽に纏わる神か。・・・ギリシア神話のアポローンかな。芸術・芸能の神で羊飼いの守護神、後に太陽神の神格が付加されたっけ。遠矢の神って言う神格も持っていたな。それならこのレイピアは弓矢を模しているのか。確か、武器は銀の弓矢だったはずだ。弓矢と言うよりはクロスボウぽいけどな。引き金を引くように指を動かしていたし。あの鍔によるデメリットを補う機能は、確定命中だったのかな」 

 ちなみに、こうして普通に手に取って敵の神の武器を見ているが、こんな疑問が出てくるのではないだろうか。

すなわち、その神の武器を召喚者以外の別の者が使用できるのかということだ。

これについては心配することは無い。何故なら召喚者にしか使用できない開錠不可なロックが掛かっているからである。

 また、召喚者を失った神の武器は五分後に自然消滅する。

人道的には殺した相手をしっかり供養するのが先だが、俺が解析を優先にしたのはそういう訳だ。

 ちなみに、相手の私物を漁るのもいかがな物だが、そこは勝者の特権ということで目を瞑ることにした。

 もちろん、自分でも身勝手なのは承知だ。

 解析を終了した俺は神の武器を持って、斬り殺した敵の元へ向かった。

 正確には生首の元へ。

 微風が吹き、ドロドロとした血溜まりに僅かな波紋を作る。中心には頭が転がっていた。

 鼻先まで隠していたフードは首と共に斬られていたのか少し離れた場所に落ち、顔全体が露わになっている。

 黒髪のツーブロック、ほっそりとした卵型の骨格で一般的に言えば爽やかイケメンといったところだ。

恐らく、性別は男、年齢は十七、十八歳くらいだろう。

 しかし、その顔を台無しにするように、眼からは涙を浮かべながら大きく見開かれ、口は何かを叫んでうるように開かれていた。

 その顔を見た途端、彼の血が付いた俺の顔がぐしゃりと歪み、胸が、苦しくなる。

今まで、幾度となく人を殺したがこの胸の苦しみには慣れない。

 涙は我慢できなかった。

かろうじて、泣き声と嗚咽を押さえつけ、頭だけの彼に

「ごめんなさい」

 自然と謝罪の言葉が出た。

 だが、戦いの場でこの言葉は冒涜でしかない。

 そう、彼の死はお互いの力を出し合った結果だ。

 殺してごめんなさい。

 斬ってごめんなさい。

 痛い思いをさせてごめんなさい。

 頭の中で巡り巡るこの言葉は、彼の死を否定する。

 この戦いを否定する。

 それはあってはならない。

 改めて俺は告げる

「ごめんなさい」

今度は別の意味合いで。

この戦いを否定してごめんなさいという意味を込めて。

 今回の戦いで改めて己の弱さに気付いた。己の心の弱さに。

 人を殺した際にいつも気付く。いったい何度気付けばよいのだろう。

「ごめんなさい」という言葉は人が己の罪悪感を和らげるため、逃げるための言葉だ。

 そんな言葉が自然と出てきてしまう自分はまだまだだと思う。命のやり取りをいとも簡単に冒涜してしまう自分が情けない。

 まだまだ修行が足りないなと思いつつ、俺は涙を服の袖でぬぐい、立ち上がると

「シスネ、ごめんけど埋葬を頼む」

 そう言って俺はこの場を去った。

 その後、この場には一人の死体と一振りの〈神の武器〉と何処から現れたのか分からない巫女装束の少女が残っていた。


 家への帰り道、ふと空を見上げると月が家や道を赤黒く照らしていた。

 そういえば朝の情報番組で年に一度のブラッドムーンが二年連続で見られるとか言って専門家のおっさんが興奮してたなぁと今朝の事を思い出し、ふと考えた

「そういえばあの日もこんな色の月だったけ」

と俺は呟き、過去のことを思い返していた。

 “あの出来事じこ”が起こったのは七月二十八日、今日は七月十五日もうそろそろで一年だ。


 紅月の日


 俺はあの日選ばれた。あの出来事が俺の人生を変えたのだ。

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