おたほね/僕はただのSFオタク女子高生なのに宇宙人から地球人保護を頼まれてしかも世界政府を樹立することになったんだが全く骨が折れるぜ!

サリー・ゲナク

第001話 ファースト・コンタクト(1)

 前期中間考査が終わり、2週間ぶりに試験勉強から解放された。僕はSF研究部の部室へ直行し、一人で黙々とSF小説を読み耽っている。


 小一時間ほどで読みかけの古典的名作SF小説「幼年期の終わり」の文庫本を読破した。試験を挟んだから2週間くらいかかった。


 読み終えた本を最初からパラパラめくりなおしていると、突如、周囲の様子がおかしくなった。


 完全な静寂。


 煩いほど聞こえていた色々な音が完全に消えている。グラウンドで走り回っている運動部の掛け声、ブラスバンド部の楽器の練習音、学校前の国道から延々垂れ流される車の騒音、部室の冷蔵庫のうなり、どれも全く聞こえない。


 光の変化。


 まだ昼間で部室の窓から青空が見えていたはずなのに、外は真っ暗闇だ。ついさっきまで点いていた天井の照明は全部消灯している。そのかわり、なぜだか天井全体が薄明るく光っており、異変が起こる前と同じくらいの明るさを維持していた。


 これだけでも十分な異変だけれど、それよりもっとおかしいことがある。


 部室の真ん中あたりに楕円形の穴が開く瞬間を見てしまった。


 人が楽に通り抜けられそうなドアくらいの大きさの穴が開いた。


 部室の窓やドアが開いたわけじゃない。


 部屋の壁や床や天井に穴が開いたわけでもない。


 何もない空間にぽっかり穴が開いた。


 穴の向こう側には金属質の部屋らしきものが見えた。うちの部室にはこんな金属質な部分はない。


 もともと幽霊部員ばかりの部だから、兼部している本命の部活であまり使わないような実験器具とか資材とか物置替わりに持ち込まれていて、部室の中には普段から訳の分からない雑多なものが多い。


 だけど、さすがにこれはそんなものとは絶対に違う。


 なんていうか、ドラえもんの「どこでもドア」とか「タイムマシン」の入り口みたい。


 異質感が別次元だ。


 机の引き出しがタイムマシンの出入り口になった少年の気持ちがちょっと分かった。


 なんて、のんきな想像をしている場合ではないな。


 身の危険を心配しなければならないレベルの違和感。


 いったん外に逃げようと部室の出入り口に掛け寄った。


 ドアを開けるとそこは廊下ではなく真っ黒い壁だった。


 何だ、この壁。材質が分からない。謎の物体としか言いようがない。


 清掃道具ロッカーから床ホウキを持って来た。


 ホウキの先で真っ黒い壁をつついてみた。


 正体不明の物体をいきなり素手で触るほど間抜けじゃないよ。


 ビクともしない。


 困った、逃げられない。


 そうだスマホ。


 圏外。WiFiも全く拾えない。これは、本格的にヤバい。僕、今日死ぬのかな。


 その時、頭の中に明確なイメージが流れ込んできた。


{その穴を通ってあちらに行きなさい。}


 耳から音声で聞こえた訳じゃないし、もちろん目の前に文字が浮かんだわけでもない。日本語でそう言われたような感覚が直接入ってきた。


 夢とか妄想とか錯覚とか、その手の曖昧なものでは断じてない。「何者か」が明確に僕に対して語りかけている。


「うわ、何だ、これは。気持ち悪いし怖いよ。いったいどちら様ですかね。」


{その穴を通ってあちらに行きなさい。危険はない。通っても安全だ。}


 続けて呼びかけられた。


「なんだ、こりゃ、あなたは宇宙人か何かですか。僕を誘拐しに来たのかな。」


{念のため、中断が入らないよう、部室の外部との連絡、人間その他あらゆる物質の出入りを制限した。}


{部室の周囲に時空間遮断膜を展開して外部と遮断している。}


{色々と勝手にやってすまないが、全て必要な措置である。}


 僕がこの穴に入らないと話が先に進まないんだな。


 仕方ない、覚悟を決めるか。


 警戒しつつも、僕は思い切って穴に近寄ってみた。


 穴は、ほんとうに宙に浮かんでいる。部室の床とどこも接していない。


 床から5センチメートルくらい上にある。バリアフリーではないな。


 穴の境目にはドア枠のようなものが無くて、穴の中に見える色々なものと、穴の外側と、二つの風景が唐突に接している。


 穴の中の様子を観察してみた。どこかで見た気がする作りだ。


 これは福岡タワーだ。


 最後に行ったのは小学生の学校行事だったかな。もう何年も前だ。その記憶に残っている福岡タワーの展望室によく似た作りに見える。材質は金属的だけれど、間取りや作りはよく似ている。


 長い廊下のような空間が続いている。右側は壁、左側は全面が透明な窓になっている。窓の外は真っ暗闇。広さはざっと20畳、30畳、いや、もっとあるかも。床も壁も天井も金属みたい。


 どういう仕組みになっているのか分からないけれど、天井全体が照明になっているので部屋そのものは暗闇ではない。部室の天井の照明と同じだ。


 福岡タワーと違うのは窓だ。福岡タワーの窓には鉄骨の支柱が入っていたけれど、こちらの窓には支柱が一切ない。それどころか継ぎ目すらない。水族館の巨大水槽と同じように一枚の面になっている。


 窓の外は暗闇になっている。景色なんか期待できる感じではない。


 穴の裏側にも回ってみる。


 穴のなかと同じ材質の金属板で壁のように完全にふさがっていて向こう側は見えない。


 裏から見ると部室の中に金属板が浮かんでいるようにしか見えない。


 SFドラマ「スターゲイト」は反対から見ると向こう側が透けて見えていたけど、この穴どうなっているのだろうか。金属板が無かったら何が見えているのだろうか。


 念のため、これもつついてみよう。


 さっき使った床ホウキで裏側の金属板を突っついてみた。


 びくともしない。


 表に戻って穴の中へ床ホウキを半分ほど差し込んでみた。


 床ホウキに変化はない。穴から入った途端に非物質化されるとか分解するとか消えるとかはなさそう。これは空間が直接つながるタイプだ。


 これに入らなきゃだめなのか。怖いな。


 少しだけ躊躇はあるが、同時にちょっとSFオタクの血が騒ぐ。


「えーい、入っちゃえー!」


 僕は、恐る恐る穴の中に頭だけ突っ込んでみたけれど、別に何も起こらない。


 一気に穴を通り抜けて展望室へ入った。


 本物の福岡タワーは巨大な正三角柱の塔で、床面は正三角形なんだけれど、ここはその一面だけを細長い台形状に切り取った感じだ。穴はその左端から中を覗き見るように繋がっている。


 振り返って見ると、穴から部室が見えた。変な感じ。


 次の瞬間、穴はすっと消えてしまった。ああ、こりゃ、閉じ込められましたね。


 穴が消えた瞬間、窓の外の景色が変わった。さっきは暗闇だってけれど、そこは一面の星空だった。


「え、星空。まだ夕方にもなってないと思うんだけど。はうっ、これはスゲー!」


(作者より)

 「おたほね」第001話をお読みいただきありがとうございました。「臨界炉シリーズ」の記念すべき第1作となります。引き続きお楽しみください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る