B005_終わるな初恋
いつもそうだった。
嫌なこと、難しいことは考えないふりをして
何事にも興味がないようなふりをして
目立たないように、空気のように、
ただ時を過ごしていた。
それでよかったんだ。
遠くで誰かが笑い合っている。
誰かがふざけてじゃれ合っている。
それを眺めているだけで、満足だった。
負け惜しみでも、なんでもなく、
それでよかったんだ。
でも初めて、羨ましく思った。
遠くじゃなくて、もっと近くで。
笑ったり、怒ったりしたいと、
あなたに出会って、そう思ったんだ。
でも、人は急には変われない。
どうやって人と触れ合えばいいかなど、知らない。
たくさんいる中のひとりにすらなれない自分が
誰かの特別になる方法なんて、知らなかった。
結局、自分は何もできなかった。
あなたはたくさんの人が周りにいて、みんなが楽しそうで。
……それでいい。そのままでいいじゃないか。
自分だって、今までは遠くから眺めているだけで、
それで良かったんだから。
この気持ちだって、きっと、一過性のものだ。
そうだ。そのはずだ。
この涙も、悔しさも、寂しさも。
時間が経てば、すっかり消えていくはずなんだ。
ふいにあなたは近づいてきて
「どうしたの」と声をかけてきてくれた。
急にひとりで泣き始めるような、そんな変人に。
自らの人生で一番、目立っている瞬間に違いない。
「理由は、言えません。きっと嫌われてしまうから」
何よりも怖いのは、人に嫌われることだった。
否定されるくらいなら、認知されなくていい。
嫌われるくらいなら、好きになって貰えなくていい。
だから自分はひとりでいい。
そうやって、かろうじて前を向いて生きてきたんだ。
「大丈夫。ゆっくりでも、ほんの一部でも、話してみて」
初めて近くで聞いた、あなたの声。
綺麗で、温かい。
諦めかけていた心が、大きく揺れるのを感じた。
「まずは、深呼吸。それから、笑ってみて」
言われるがまま、何度か深呼吸をした。
そして、あなたの笑顔につられて、笑う。
きっと、引きつった笑顔だ。
周りの人はそれを見て笑っているかもしれない。
でも、そんなこと、気にならない。
「ありがとう。もう、大丈夫」
あなたと話すことができた。
作り笑いだとしても、笑い合うことができた。
それだけで、十分だ。
今までで一番の綺麗な思い出になってくれる。
「大丈夫? よかった。……それじゃ」
夢のような時間だった。
初恋は実らないと誰かが言っていて、
それは事実だったけれど。
それでも、幸せだった。
「それじゃあ、落ち着いて話を聴けるね」
予想外の言葉に、頭が真っ白になる。
……どうやら、初恋はまだ、終わらないようだった。
_____
少し前に考えた台本です。
モブキャラの自分でも、せめて自分自身と、好きな人にとっては特別な存在になれるように。
そんなことをテーマに考えたものでした。
燎の声劇台本置場 燎(kagari) @sh8530
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