肆
私は、皮だけになったスイカをちゃぶ台のお皿に置いて、畳に寝転んだ。
風鈴の音に混じって、子どもたちの楽しげな声が通り過ぎていくのが聞こえる。
「華。寝たのか?」
「寝てないわよ」
「せっかく現世の体が手に入ったのじゃ。散歩に行かぬか?」
「ペットじゃあるまいし。カトリだけで行けばいいじゃない」
私は、カトリに背を向けて、スマホを眺めた。
するとカトリは、寝てる私の頭に前足を乗せ、覗き込んできた。
「何を見ておるのじゃ」
「ちょっと。み、見ないでよ」
「そう言われると気になるではないか。儂にも見せろ」
私の頭によじ登り、スマホを持ってる腕の中へ強引に割り込むカトリ。
「もう! やめ──」
そう叫びかけた時、顔にカトリのお尻の炎が触れた。
熱くはなかった。むしろひんやりと冷たかった。
透けた紫色の炎を通して、私はカトリの空洞を見た。
手のひらから落ちたスマホが、畳にぱたりと倒れる。
「ほほう。これを見ておったのか」
カトリが、短い前足でスマホをスクロールさせる。開いていたSNSのタイムラインに、様々な風景の写真が表示されていく。
海、山、空、お花畑、町並み……。どこにも鬼火が写ってない世界。
「綺麗でしょ……。私には、見えない世界なの」
カトリは黙ってスマホを眺めてる。
「SNSっていってさ。色んな人の写真が、いーっぱい見れるんだよ。あ、私は投稿しないよ? ただ眺めてるだけ。こんな風にみんなには見えてるんだなぁって。コメントしたら、返事がもらえることもあるの。そしたら、なんかみんなと同じ世界に居る気がするでしょ? それが、嬉しくて、毎日色んな人をフォローして……。あ、フォローっていうのは……」
──鬼火に何を話してるんだろう、私。馬鹿みたい。
「ごめん、忘れて」
そう言って、私がスマホの画面を閉じようとすると、カトリの短い足がスマホを踏みつけた。
次の瞬間、カトリはギザギザした口でスマホをくわえ、そのままごくりと呑み込んでしまった。
「ちょ! ちょっと! 何すんのよ!」
カトリは、顔をしかめ、やがて大きなゲップをした。
「ま、まずい……。スイカとは、えらい違いじゃ」
「当たり前じゃない! 食べものじゃないわよ! か、返してよ!」
私が、背中の持ち手を握ろうとすると、カトリはするりとかわした。
「満腹じゃ。もうここに用はない。じゃあの、小娘」
カトリは、ギザギザした口でニヤリと笑い、縁側から外へ走り去ってしまった。
「ま、待ちなさい!」
私は、急いで縁側を出て、サンダルを履く。
──暑っ……!
熱気とまばゆい光に包まれ、じわり汗が滲む。
涼しい部屋でずっと寝っ転がってたからか、くらくらした。
辺りを見渡すと、塀に空いた穴から、カトリが出ていくのが見えた。
「待てぇ! 返せ! 私のスマホ!」
私は、ふらつきながらも、家の門を潜り抜けた──。
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