私は、皮だけになったスイカをちゃぶ台のお皿に置いて、畳に寝転んだ。

 風鈴の音に混じって、子どもたちの楽しげな声が通り過ぎていくのが聞こえる。


「華。寝たのか?」

「寝てないわよ」

「せっかく現世の体が手に入ったのじゃ。散歩に行かぬか?」

「ペットじゃあるまいし。カトリだけで行けばいいじゃない」


 私は、カトリに背を向けて、スマホを眺めた。

 するとカトリは、寝てる私の頭に前足を乗せ、覗き込んできた。


「何を見ておるのじゃ」

「ちょっと。み、見ないでよ」 

「そう言われると気になるではないか。儂にも見せろ」


 私の頭によじ登り、スマホを持ってる腕の中へ強引に割り込むカトリ。

 

「もう! やめ──」


 そう叫びかけた時、顔にカトリのお尻の炎が触れた。

 熱くはなかった。むしろひんやりと冷たかった。

 透けた紫色の炎を通して、私はカトリの空洞を見た。

 手のひらから落ちたスマホが、畳にぱたりと倒れる。


「ほほう。これを見ておったのか」


 カトリが、短い前足でスマホをスクロールさせる。開いていたSNSのタイムラインに、様々な風景の写真が表示されていく。

 海、山、空、お花畑、町並み……。どこにも鬼火が写ってない世界。


「綺麗でしょ……。私には、見えない世界なの」


 カトリは黙ってスマホを眺めてる。


「SNSっていってさ。色んな人の写真が、いーっぱい見れるんだよ。あ、私は投稿しないよ? ただ眺めてるだけ。こんな風にみんなには見えてるんだなぁって。コメントしたら、返事がもらえることもあるの。そしたら、なんかみんなと同じ世界に居る気がするでしょ? それが、嬉しくて、毎日色んな人をフォローして……。あ、フォローっていうのは……」


 ──鬼火に何を話してるんだろう、私。馬鹿みたい。


「ごめん、忘れて」


 そう言って、私がスマホの画面を閉じようとすると、カトリの短い足がスマホを踏みつけた。

 次の瞬間、カトリはギザギザした口でスマホをくわえ、そのままごくりと呑み込んでしまった。


「ちょ! ちょっと! 何すんのよ!」


 カトリは、顔をしかめ、やがて大きなゲップをした。


「ま、まずい……。スイカとは、えらい違いじゃ」

「当たり前じゃない! 食べものじゃないわよ! か、返してよ!」


 私が、背中の持ち手を握ろうとすると、カトリはするりとかわした。


「満腹じゃ。もうここに用はない。じゃあの、小娘」


 カトリは、ギザギザした口でニヤリと笑い、縁側から外へ走り去ってしまった。


「ま、待ちなさい!」


 私は、急いで縁側を出て、サンダルを履く。


 ──暑っ……!


 熱気とまばゆい光に包まれ、じわり汗が滲む。

 涼しい部屋でずっと寝っ転がってたからか、くらくらした。


 辺りを見渡すと、塀に空いた穴から、カトリが出ていくのが見えた。


「待てぇ! 返せ! 私のスマホ!」


 私は、ふらつきながらも、家の門を潜り抜けた──。

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