弐
「おお、こりゃ美味じゃな。なんという食い物だ?」
妙にかん高くなった声で、鬼火は聞いてきた。
「スイカよ」
「ほほう。スイカとな」
鬼火は、蚊取り豚からのぞかせた顔をうずめ「っまい、っまい」とかぶりつく。
お尻の方から漏れる炎が、ふりふりと揺れてる。よっぽど気に入ったらしい。
そんな姿を見てると、また「出てけ」と言う気にはなれなかった。
「鬼火ってなんでも食べるのね」
私も一切れほうばりながら言う。
「それは違う。この器に嵌って、現世の物が食べられるようになったようじゃ」
しゃくしゃくしながら、鬼火が返事をする。
「ふーん」
「ちなみに主食は、人や動物の魂じゃ」
「ちょっと。さらっと恐いこと言わないでよ」
「まぁ、儂は喰ったことないがの」
「ん〜? さっきは、私のこと食べようとしてましたけど?」
「すまんかったの……。幾日も食わずにおったら、やがてどす黒い感情に呑まれていった。死んだ者が現世に留まり続けるには、他者の魂が必要なんじゃ。己を見失い、空を彷徨うていたら、この家に行き着いたというわけじゃ」
「ふーん。まぁ、もういいけど。でもどうして食べなかったの?」
鬼火は、少し遠くを見るような目をして言った。
「そんなことをすれば、儂が儂でいられなくなると思うたからかのう……」
──うーん。この鬼火、元は悪い奴じゃないのかな。
「ねぇ。あなた、名前あるの?」
私が聞くと、鬼火は、ころりとしたブタの体を傾けた。首をかしげてるつもりらしい。
「あったやもしれん。が、今は思い出すことができぬ」
「そう。じゃあ、思い出すまでの名前を考えてあげる」
「小娘が?」
「そう。ありがたく思いなさい。そうねぇ……。あ、カトリとかどう?」
「カトリ?」
「蚊取り豚をかぶってるから、カトリ」
「ふむ。悪くはないぞ」
「何よ、偉そうにー! 決まりね。ねぇ、カトリも小娘って呼ぶのやめてよ」
「では、なんと呼べばよいかの?」
「華でいいよ」
「そうか。華」
「なに?」
「もっとスイカくれ」
「えー、まだ食べんの? もー、いくつ目よ」
「おかわりじゃ」
いつのまにか、カトリの炎が紫っぽい色に変わってる。
顔中、黒い粒だらけだ。
「あはは。スイカのタネついてるよ」
「むむ?」
私が言うと、カトリは体をブルブル震わせて、タネをまき散らした。
「こらぁ!」
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