「おお、こりゃ美味じゃな。なんという食い物だ?」

 

 妙にかん高くなった声で、鬼火は聞いてきた。

  

「スイカよ」

「ほほう。スイカとな」

 

 鬼火は、蚊取り豚からのぞかせた顔をうずめ「っまい、っまい」とかぶりつく。

 お尻の方から漏れる炎が、ふりふりと揺れてる。よっぽど気に入ったらしい。

 そんな姿を見てると、また「出てけ」と言う気にはなれなかった。


「鬼火ってなんでも食べるのね」


 私も一切れほうばりながら言う。


「それは違う。この器に嵌って、現世の物が食べられるようになったようじゃ」


 しゃくしゃくしながら、鬼火が返事をする。

 

「ふーん」

「ちなみに主食は、人や動物の魂じゃ」

「ちょっと。さらっと恐いこと言わないでよ」

「まぁ、儂は喰ったことないがの」

「ん〜? さっきは、私のこと食べようとしてましたけど?」

「すまんかったの……。幾日も食わずにおったら、やがてどす黒い感情に呑まれていった。死んだ者が現世に留まり続けるには、他者の魂が必要なんじゃ。己を見失い、空を彷徨うていたら、この家に行き着いたというわけじゃ」

「ふーん。まぁ、もういいけど。でもどうして食べなかったの?」


 鬼火は、少し遠くを見るような目をして言った。


「そんなことをすれば、儂が儂でいられなくなると思うたからかのう……」


 ──うーん。この鬼火、元は悪い奴じゃないのかな。

 

「ねぇ。あなた、名前あるの?」


 私が聞くと、鬼火は、ころりとしたブタの体を傾けた。首をかしげてるつもりらしい。


「あったやもしれん。が、今は思い出すことができぬ」

「そう。じゃあ、思い出すまでの名前を考えてあげる」

「小娘が?」

「そう。ありがたく思いなさい。そうねぇ……。あ、カトリとかどう?」

「カトリ?」

「蚊取り豚をかぶってるから、カトリ」

「ふむ。悪くはないぞ」

「何よ、偉そうにー! 決まりね。ねぇ、カトリも小娘って呼ぶのやめてよ」

「では、なんと呼べばよいかの?」

「華でいいよ」

「そうか。華」

「なに?」

「もっとスイカくれ」

「えー、まだ食べんの? もー、いくつ目よ」

「おかわりじゃ」


 いつのまにか、カトリの炎が紫っぽい色に変わってる。

 顔中、黒い粒だらけだ。


「あはは。スイカのタネついてるよ」

「むむ?」

 

 私が言うと、カトリは体をブルブル震わせて、タネをまき散らした。


「こらぁ!」

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