第5話 眠らないまま夜
「うん、いい詩だ」篠塚の肩を後ろからたたいた人がいた。
「誰?」篠塚は振り向いて、その人をじっと見つめた。そして驚いた。「あなたは……」
「そうだな」その人はポケットからひだ扇を取り出し、襟の前で振って、扇面を広げて、「
「砂上……」篠塚は訊いた。口調が震えていた。「あなたは小林砂上?」
小林は頷き、その後扇子を受け取り、厳かにポケットに収めた後、「函館から帰ってきました。あなたも新潟にいないはずだと思い、京都に来ました。あ……まさか、あなたもいるとは……」と強面して笑った。
「私は元気です」篠塚は声を詰まらせた。「本州島の桜の風、北海道に吹いたでしょう?」
「吹いた」小林は頷いた。「今年、北海道の桜は、とてもきれいに咲いている!」
突然、小林のスマホが鳴った。彼はスマホを取り出して耳のそばに置いた。その後、顔が曇ってきた。
「すみません、楓」彼は低い声で言った。「行きます」
篠塚は彼の後ろ姿を見送った。その時、彼はやっと分かった、彼らは別れを言うのが苦手だ。
今日は昨日の明日、昨日のほこりを払いて、明日の扉を開けた。毎日はこのように、毎年依然として、毎日は今日で、すべて昨日の明日です。
彼は路傍のベンチに倒れて、小林が去ったその道を極視した。遠くには茫漠として青々としていて、彼の影は見えなかった。夕日はこの世を赤く染め、少しも汚れたまだらを残さなかった。篠塚はそよ風に吹かれて、そのまま昏睡状態になった。
星が夜空いっぱいに広がると、篠塚は柔らかな月明かりに起こされた。
「そろそろ帰ります」篠塚は立ち上がり、体のほこりをはたいた。「井上と栗原はまだ待っていてくれている」
篠塚が部屋に戻ると、井上はすぐに一つの紙を渡した。
「これは何ですか」と井上に尋ねた。
「婚姻届け表」井上は淡々と言った。すると、「あなたと玲舟の」と笑い出した。
篠塚はその場に呆然として、なかなか声を出さなかった。栗原は篠塚のそばに行き、手をつないだ。「いやですか」
篠塚は震えながら、井上が手にした婚姻届け表を受け取り、机のそばに出て、ためらってペンを持つ。栗原が本気になるとは思ってもみなかったし、結婚適齢期になったばかりの頃に結婚してくれるとは思ってもみなかった。
彼はただのショタで、学校のバスケットボールチームのキャプテンである松雪言太のようなたくましい姿もなく、隣のクラスの班長が紅葉野昭太ような豊かな家庭環境もない。彼は水原よりも、安城よりも、藤原よりも、米沢よりも、鈴木よりも、佐本よりも、平凡で、普通である。星野空のカッコよさもなく、高橋奈川の幼稚な可愛さもない。顔であれ、成績であれ、家庭の条件であれ、彼はまったく何の役にも立たない。
彼の手の中のペンは「楓」の字に滑り落ちた。栗原は一気に落ち込んだように見えた。
篠塚は彼女に「私のどこが好きですか」
「あなたの責任感」栗原は口をついた。「私はあなただけを信頼しています」彼女はまた頓挫した。「あなただけが私を理解して、あなただけが私を守ることができます」。
篠塚は答えなかった。
「まだあります」栗原は突然、「私のことが好きなのは知っています!」
篠塚はパッと顔を上げ、栗原をじっと見つめた。
「月の色がきれいですね」井上は窓の外を見て、2人に向かった。
篠塚はゆっくりとペンを持ち、「楓」の字の
男性側の名前はとてもきれいに書かれていますが、「楓」の字の真ん中が何本か折れているのが、彼の人生の溝と断層かもしれません。篠塚はすぐに自分の情報をすべて書き上げ、ペンを置いて栗原にメモを渡した。
「玲舟ちゃん、書きました」篠原に優しく笑い、井上は頷き、篠塚の肩を後ろからたたく。
栗原は一気に篠塚の懐に飛び込んだ。「ありがとう!」
井上もにっこり笑って、「よし、民務局へいきだぞ」と言った。
地面の水たまりはまだ完全に乾いておらず、足を踏み入れるたびにかすかな水しぶきが上がっていた。もう夜の変わり目で、篠原は栗原の手を引いて、民務局婚姻届の夜間サービス窓口に来た。栗原は記入した登記表を自分の身分証明書、戸籍簿と一緒に渡した。
奥に座っていたのは中年の男で、篠塚たちを優しい目で見ていた。栗原の証明書を受け取り、篠塚の情報を素早くスキャンし、それぞれの基本情報を丁寧に一つ一つ照合して完成させ、栗原に返した。
「2人は未成年で、保護者が執筆した同意書が必要です」
栗原は封筒を差し出した。
「はい、それではすべての証明書がそろっています。二人とも百年おめでとうございます」と彼は言って、後ろの急速印刷器から薄い紙を二枚取り出し、また隣の戸棚から財布のようなものを取り出し、紙を真ん中に置いて、閉じて、篠塚と栗原に渡した。
「結婚証明書です」篠塚は表紙を見てため息をついた。
「うれしくないですか」栗原は篠塚に尋ねた。
「いいえ、なぜ私の情報をそんなに丁寧に扱うのかと思っただけです」篠塚は顔を上げ、夜空の月を見上げた。鎌のように、自分の余生のように。
まぐれの心を捨てた後、篠塚は頭を下げて栗原を見に来て、「これが私の余生守るものなのか。大変だ、重い…」と独り言を言った。
そう思った篠塚は、顔を上げて孤独な夜空を見上げた。
彼は思わずセリフを思いついた。「あなたにとって、彼女は無数の星の中の一つかもしれない。しかし、彼女にとって、あなたは彼女のすべてです」。
「性別が分らないでしょう」栗原は軽くため息をついた。「いつか髪を切ってくれないか。ショートの方がかわいいよ」
「いや、髪を長くするのにどれだけの時間と手入れの手間がかかるか知っていますか」
「どうして緒山みはりと同じ口調なの」栗原は篠塚をちらりと見て、ほっと笑った。
「そうかもしれない…」篠塚は頭を下げ、地面の小石を蹴飛ばした。
月が霞み、大地を照らし、篠塚と栗原を照らす。篠塚は栗原の手を取り、ホテルに戻った。
ホテルに戻った時、井上はもう寝ていた。栗原を見て篠塚は思わず赤面した。栗原も顔を背けないで、彼女はベッドに横になって、布団を開けて、篠塚に声をかけた。
篠塚は通り過ぎ、栗原の頭を触って横になった。
「結婚はこうして……」篠塚は独り言を言って、自分の結婚証明書を手にした。「私は本当にショタの年に結婚しましたね……明日、水原たちに何と言いますか。八重たちには、何と言いますか……」
篠塚は寝返りを打った。栗原は眠っていた。月の光が彼女の体にこぼれず、毛先に足を止めた。今、彼女はとても静かで、普段の興奮と活発さは全くなくなった。
「もしかしたら、私はずっと彼女のことを誤解していたのかもしれない」篠塚は哀れみを込めて栗原を見つめた。「もしかしたら、彼女はただ親切で、善良で、優しい女の子だったのかもしれない」
※テキストにアイデアがあれば、コメントを歓迎します。詳しく答えます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます