第153話 悪意の的は

 夕暮れの工業地帯を猫のマークの宅配トラックが法定速度を維持してのんびりと走っている。

 日本人なら、10人居て10人ともが違和感を覚えること無く、記憶にすら残さない光景。

 強いて言うなら、車両が目的地と思しき倉庫の手前で停車するのではなく倉庫の中へ入っていった事を疑問に思う程度か。

 それも、「特殊な対応が必要な届け先なのだろう」と自分で結論を出してしまえば明日には記憶の井戸の底の底。

 ただの日常風景として処理されてしまう。


 「うっし、想定外はあったがなんとか全員無事に帰ってこられたな。ミラージェ・ルミナリエ、幻影を解除していいぜ」

 「はい……」

 オーロラの髪を持つ少女ミラージェ・ルミナリエが魔法を解除すると、宅配トラックはいつぞやのバンに姿を変えた。

 「……ドラゴンの出現と撤退を偽装するのはわかるが、ここまで厳重にやる必要はあるのか?出現、撤退、合流、そしてここまで戻って来る過程全てにガワを被せる理由はなんだ?」

 降りてくるのは当然、フランスで大金をせしめて船旅で日本までやってきた悪党2人と生ける屍リビングデッド3人。

 

 「多分だけど、魔生対てきの中に超能力なのか魔法なのかわかんねーが高精度の過去視ポストコグニションを使えるやつが居る。あのクソババアが教団をまとめきれずに情報漏洩とかするはずがねぇからな。最初からそうだと思って見れば、他にもカメラが見当たらなかった戦場の映像記録だとか状況ってのがボロボロ出てくるぜ」

 「なるほど、だからこそドラゴン出現、撤退の際もを幻影の魔法で作り出して誤魔化しているわけか。……手間だが、必要な措置だな」

 渋い顔で頷きあう悪党2人に対し、生ける屍リビングデッド達は鋭い視線を向ける。

 「だとしても、走行中の車なんてそこそこ手間のかかる幻像を3時間も維持させるなんて酷いじゃない!直行すると怪しまれるからって変な道を一杯通って!これは流石に対価を要求させてもらうからっ!」

 「せっかく日本に来た。スシを要求する」

 

 奇譚のない要求に苦笑を漏らすスーツの男。

 「おい、交渉担当。ドラゴン娘ドラコニアン達からの要求だ、対応しろ。……ふっ、ちなみに俺も日本には初めて来た。俺は国際指名手配の身だし、この中で自由に出かけられるのはお前だけだ。俺もスシが食いたいぞ千疋狼せんびきおおかみ

 「けっ、船に乗ってからこっち、どいつもこいつも美味い飯食わないと動かかなくなっちまった……。言っとくけど不自然じゃなく買える範囲だと、たけーヤツは無理だからな!」

 辟易した表情で再度バンに乗り込む千疋狼。

 トラブルは有ったが、計画自体は順調なためかその顔には酷く楽しげな笑みが浮かんでいた。



 食事が終わり、生ける屍リビングデッド達が寝室へシケ込んだのを確認した後、今回の襲撃に関して問題点の洗い出しを行う悪党2人。

 「やはり、大型の魔物が出現したからと言ってわざわざ狩りに向かわせたのは失敗だったのではないか?」

 「いや、でけー魔物が出たらドラゴンが来るかもって印象をより強くしときたかったのさ。今回のはマジで偶然だったけど、これで日本人アホどもの脳にはでけー魔物とドラゴンがセットで登録されたはずだ。魔物はイメージによって実体化する。ドラゴンを脅威に感じたからこそ、これからこの国にはでかい魔物が沢山出現して暴れまわってくれるんじゃねーかな」

 徳用お寿司お持ち帰りセットと書かれたプレートの端に残されていた紅生姜をツマミに、海外から持ち込んだビールを流し込む千疋狼。

 「そうなれば、個人で対処出来る魔法少女が限られて来るし、そいつらが動けば後出しで動けるこっちが動きやすくなる。具体的に言うと、あの金髪ドリル女が他のとこに行ったのを見てから生ける屍リビングデッド共をドラゴンにして暴れさせられる。……いや、正体明かす映像流すまではあのドリル女マジ無理なんだよ。必ず死ぬ魔法っておかしいだろうがよ!」

 

 「真緑の髪の真顔女ヨートゥーン・スヴェルの障壁でもか」

 渋い顔をしながらビールを流し込むマクシムの前には残された大量のわさび入りの寿司が並んでいる。

 「無理無理、ぜってー無理。だからこそ、不自然にオレが隠れたコンテナ運ばせた上で、オレからアンタに現場の映像をシェアしてクソ藤棚ン中を見てもらってたんだよ。アレが来たら即撤退しねぇと大事な大事なドラゴンちゃんが死んじまうからな。ま、正体が人間だってバレちまえばあのお優しい魔法少女サマ達の事だ。殺さないことを第一にしてやさーしく倒してくれるんだろうが……」

 「で、その正体を明かすのはいつにする予定だ。少なくとも、今回の襲撃で魔物じゃないのはバレたんだろう?」

 慣れないわさびに苦戦しつつ寿司をつまむ男の問に、少女は歪んだ笑みを浮かべながら答える。

 

 「そりゃ、金をバラ撒いてテロって貰ってるあちこちの生ける屍リビングデッド共が国際的な駆除対象になる頃に……さ。ま、呑気なこの国はその輪には加わらねぇだろうけどな。だけど、あっちこっちで暴れるドラゴンが憎くて憎くてしょうがなくなった所で、正体を投下して……ってなったらどうよ?流石に平和ボケしてる日本人あほうどもでも黙っちゃいられないだろう?」

 「現状でも既に、フランスを中心に死者やつらを再殺する部隊が組織され始めてるという話だ。思ったよりもゾンビ共の暴れまわりっぷりが酷いからな。数ヶ月とかからずヤツラは魔物と同列の存在として扱われるようになるだろう」

 

 飲み終えたビールの缶をグシャリと潰しながら、更に笑みを歪める千疋狼。

 「そこで更に、あの薄気味悪いゴスロリ女の正体をあちこちにバラ撒いてやったらどうなる?当然、AIででっち上げた悪事や醜態も一緒に広げながらさ!愚民どもは思うのさ!どうして隠してたのか、映像がでっち上げでも隠してたのなら後ろ暗いところがあるんじゃないのかってな!……はっ、あの調子こいてるゾンビ女をさぁ、社会的にぶっ殺してやるのさ」

 「かばうにしろ、見捨てるにしろ、マセイタイとやらに非難が集まるのも避けられんなそれは。なぜ俺があの女の犯罪フェイク動画を大量に作る必要があったのかよく理解できた。なるほど、悪くない手だ」

 いかつい顔に薄っすらと笑みを浮かべ、男は2本めの缶ビールへと手を伸ばす。 

 

 「後は、出来ればどっかのタイミングであの藤女を射殺しときたいとこだな。クソ藤棚ん中に引きこもられちまうとオレには見えなくなっちまうけど、アンタからなら見えるだろ?」

 「魔力と悪意を持つものから見えなくする魔法……だったか。確かにドラゴン娘ドラコニアン共やお前から見るとやっかいだろうな。承った、あのキモノ女は俺が仕留めよう」

 

 社会的地位を失い、愛するものを殺された時アレがどんな顔を見せてくれるのか……。

 悪党2人の昏い嘲笑が倉庫の中に響き渡る。

 悪意は、すぐそこまで迫っていた。



☆★☆★☆★☆


じゃあくなけいかく

遠大ではありますが、先にゾンビ魔法少女という立場を貶めておかないとバラしてもあんまり意味がないんですよねぇというアレ。

あと、ラブカ君の時に即撤退したのはコンテナで空輸された千疋狼が中継した動画にドリルさんが映ったからですね。

即死魔法、まじ怖い。


次回は流星の魔法少女inアメリカを挟んで、セヴンスさん白さんの自宅にお邪魔する ですかね?

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