第136話 それは舞い散る桜のように

 戦闘が終結した様子を確認したわたくしは優希さんの様子を確認すべく、無限の縛糸グレイプニールを伝ってかの廃ホテルへと飛び込みました。

 到着したわたくしの眼に最初に飛び込んできたのは、ぐったりと横たわる雛さんとバツの悪そうな表情を浮かべて頭をかく優希さんでございました。

 いえ、理解っては居たのです。そもそも優希さんが何を想っているか、どんな行動をしているか。ほかでもない彼女の思念によってわたくしにも伝わっておりましたので……。

 率直に申し上げますと、優希さんが他の女性にその寵愛を注ぐのが腹立たしくは有るのですが、同時に、他の魔法少女達が優希さんに惹かれてしまう様を誇らしく思う自分が居ることに驚いています。

 なんというか、「わたくしの愛した方はこんなにも魅力的である」という実感が湧くとでも申しましょうか……。


 ただ、雛さんが優希さんを巡る諍いに参戦されるとなると少し不安がございます。

 確かに、とても可愛らしく素直な性格であることはわかるのですが……。

 頭が良すぎる方というのは思考回路も常人と違うものなのでしょうか?わたくし、彼女との会話がでスムーズに意思の疎通が出来たためしがございません。

 対して、優希さんは雛さんと普通に会話してらっしゃるのですよね。

 わたくしを含め、3人で会話する必要のある場面に遭遇した時、わたくしだけ蚊帳の外に置かれてしまう様子を想像してしまって心配になるのです。

 実際には優希さんが雛さんの言葉をして伝えてくださるのでそういった事は起こらないのであろうことは理解っているのですが……。

 ここはやはり、水流崎の家の関係者から政府筋へと働きかけて頂き、同性婚を可能にする法律を通してもらう事も考えるべきでは?

 少なくとも、書類上で正式な伴侶となっておけば安心できますからね。

 とは言え、水流崎のお家の影響力のある方は主に警察や自衛隊の方なのでございまして、実現は難しいところでしょうね……。


 などと取り留めもないことを考えていたわたくしへ優希さんからの念話が届きました。

 《理珠さんすみません。多分、そろそろセイクリッド・スターさんが頃だと思いますので、咫村崎センパイへ教えてあげてください。ちょっと、私は雛ちゃんの治療で手が離せなくて……》

 ああ、そうなのですか……。

 という事は、結局シアちゃんは彼女を生かすための手段を用意できなかったということなのですね。やはり、我々人類よりも遥かに技術の進んだ上位存在にも不可能は有るという事でございましょう。

 見れば、確かに彼女の戦闘法衣バトルドレスである桜色のドレスの裾が舞い散る花びらの様に崩れ、解け、消え始めてございます。


 「咫村崎先輩、その、セイクリッド・スターさんとお話を……」

 みなまで言わぬわたくしの言葉でも事態を察したのでしょう。咫村崎先輩がセイクリッド・スターさんへと駆け寄りました。

 「サっちゃん!」

 駆け寄り、抱きしめる腕が震えているのがここからでも見て取れます。

 ……わたくしも、少し前に優希さんが可能性を聞いて別離の恐怖に駆られたことがございますが、その時が眼の前に迫った先輩の感情は如何ほどのものでございましょう。

 「あー、みなみん、気づいちゃった?って、そりゃ解るよねぇ……」

 

 髪が、ドレスが、仮面が、少しずつ花びらとなって散りゆく様は悲しいほどに美しく……。

 「はい、この戦闘を持って、私、セイクリッド・スターの偽物は消滅します。みなみんも、他の魔法少女の子達も私のわがままに、皆の助けになりたいって思いの為に迷惑かけちゃってごめんね?私みたいなのが急に出てきたらそれはびっくりするよねぇ」

 先輩の腕の中から、わたくし達を見つめて最期の言葉を紡ぐセイクリッド・スターさん。

 「嫌、駄目、消えないで!私の魔力ならいくらでも食べていいから!ね?山奥に家を建てて一緒に住もう?偶に、魔法少女の子達にも遊びに来てもらってさ……。ねえ、だから、二度も私の前から、消えないで……?」

 涙ながらの懇願を、それでも首を振って拒絶する仮面の魔法少女……。


 「無理だよ。だって、みなみんの魔力、すっごく美味しそうなんだもん。私、魔物だよ?一度でもそんなに美味しい魔力を食べちゃったら絶対歯止めが効かなくなるって理解ってるからね?そうなったら、みなみんが死ぬまで私が魔力を吸って、その後に他の子に手を出しちゃうの。みなみんは、他の子に私を殺す役目を押し付けるの?……出来ないよね?だって、みなみんは優しいもんね?」

 「わかってる、私のわがままでサっちゃんを本当の魔物として処理しなきゃならなくなるなんて事が許されないのはわかってるの!でも、嫌なの!ねえ、なんでサっちゃんがそんなつらい目に合わなきゃならないの?あれだけ他の人の為に戦ったんだからその分ぐらいは幸せになって然るべきでしょう!?」


 それは、その通りだとわたくしも思います。

 献身的に戦いに身を投じる魔法少女達は幸せになるべきだと強く主張致します。

 少なくとも、わたくしの、わたくし達の手の届く範囲ではそう合って欲しいと思っておりますし、その為なら全力を尽くす所存でございます。

 しかし、それでも、今この瞬間に差し伸べる手を持たないのも、事実なのです。

 

 「あはは、そうだったら良いんだけど、そうならないのが世の中ってものだよみなみん。というかねぇ、私がもう一度こっちに戻ってこられた事それ自体が奇跡なんだからこれ以上を望んだら……。望んだら……、望んじゃ、駄目なのかなぁ……」

 仮面をしていてもわかる程に沢山の涙をこぼしながら、散りゆく魔法少女は祈るように手を合わせました。

 窓から吹きすさぶ風を受けて、彼女自身から舞い散る花弁が吹雪のように舞い踊り、残された時間がそう多く無い事を告げております。


 「魔法少女を引退したらさ、みなみんと一緒に部屋を借りて、ゆっくり暮らしたかったんだよねぇ。偶に後輩の魔法少女にアドバイスとかしながらさ?みなみんは料理が下手だから、ご飯は私が作って、代わりに部屋のお掃除はみなみんがやるの。私達って女子高生って時間をまともに取れなかったじゃん?だから、その分の青春ってやつを取り戻すみたいに遊ぶの。って、引退するまで頑張ってるならもうアラサーじゃんねぇ、青春は、無理が、あるかぁ……。なんで私、死んじゃったんだろうねぇ……」

 

 先輩の涙を拭おうと動かした腕は、その動作の半ばで桜吹雪となって崩れ落ち……。

 「まあでも、みなみんがもう戦わなくても大丈夫なぐらい後輩さん達が強くなってたことは良かったかな?みんな、凄かったもんねぇ。これなら、私が頑張らなくても大丈夫だねって心の底から思えたもの」

 もう、輪郭すら危うい彼女は、それでも明るく振る舞って……。


 「だからさ、みなみん。私からの最後のお願いは、ずーっっと長生きして、皆の活躍を覚えていてあげて?で、天国に来たら私に教えてほしいって事。どんな子がどれだけ活躍したーとか、どんな魔法がかっこよかったーとか。あ、ちゃんと天国に来なきゃ駄目だよ?私はほら、良いこといっぱいした筈だし絶対天国にいると思うからさ!」

 そして、消えゆく彼女は最期の言葉を紡ぐのです……。


 「うん、未練はたらたらだし、諦めもつかないし納得もしてないけど、これで私はお終い!みんな、みなみんの事をよろしくね!あ、あと、みなみんより先に天国に来ちゃった子は私が追い返しちゃうんだから!」

 最期の花弁が風とともに消えゆき……。


 「……っ、それじゃ、お先にっ!」

 

 無理矢理明るく紡いだような言葉と共に、桜色の結晶一つを残して……。


 最初の魔法少女、最強の魔法少女は、空へと解けていきました。



☆★☆★☆★☆


シリアスさん「ふ、仕事はしたぜ。だが、どうやらここまでのようだ。それじゃ、お先に!」


ボス戦であんまりシリアスさんが仕事しなかった分ここで仕事してもらいましたが……。

まあ、はい。


次回、「けれど輝く夜空のような」

更新予定は7月25日21時予定です。



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