第135話 Farewell song
完全なる自由
まあ、タイトルは仮ですが。
この呪いの効果は単純明快です。
慣性、重力、気圧、電磁気力その他……。
対象の肉体へと掛かっている全てのベクトルをゼロにする。
それだけです。
ところで、話は変わりますが……。
自分の身体が、現在どれぐらいの速度で移動してるかって知ってます?
えっと、自転速度が日本の緯度で415メートルぐらい。
んで、公転速度が桁がドバっと上がって秒速29.8キロぐらい。
更に言うなら、太陽自体も天の川銀河の中心を軸に公転していて、その速度が秒速230キロ。
更に更に、その天の川銀河自体も宇宙空間を宇宙自体の膨張やら謎の巨大重力源に引っ張られたりでざっくり秒速600キロで移動している……らしいです。
さて、話を戻しますっていうか、もう解りますよね?
全てのベクトルをゼロにするという事は、秒速600キロの速度で地球に置いていかれるという効果になります。
はい、不死の生物の古典的な倒し方「宇宙空間に放逐する」を実行できる魔法が今回の呪いになるわけです。
「はっ!?いつの間にこんな拘束が!?でも甘いわよ。全てすり抜けてしまえば意味は無いわ!」
そして、この呪いはその瞬間に発動するようにタイミングを予測して組み上げられています。
強欲にも、完全なる自由へ手を伸ばした愚者へと襲いかかる災厄……。
──第一幕から終幕までを強制結合 例外終幕・Farewell song──
慣性その他のベクトルを吸い取った無数の
正直、秒速600キロなんて視認できる速度ではないので自分の魔力の残滓からどの方向へと飛んでいったかぐらいしかわからないのですが、今回はそこそこ斜めになってますが東の空の方へとすっ飛んでいったみたいです。
宇宙ステーションなんかが浮かんでいる熱圏が地上から400キロぐらいの高さなので、数秒経過した今はそれをとっくに通り過ぎ、青い地球がさぞキレイに見えていることでしょう。
不死の概念で魔力が尽きない限り死ねないでしょうし、宇宙線に焼かれながら酸欠やら0気圧の水分蒸発やらなにやらで結構な時間苦しむ羽目になる事を考えれば溜飲も下がるというものです。
……まあ、これがこの呪いの扱いづらいというか、まともに使えない理由なんですけどね。
考えてみてください。人間の質量、ざっくり60キロの物体が目の前を秒速600キロでかっ飛んでいくんですよ?
今回はアホ教祖が透過とかいう周囲への被害を防ぐ手段を自主的に展開してくれたので周囲へ一切被害を出さずに済みましたが、これが普通の魔物や人間ならこの廃ホテルごと衝撃波で吹っ飛んでいてもおかしくありませんからね?
というか、上空へと飛んでいってくれるならまだいい方です。その時の地球の移動方向によっては秒速600キロで地面に激突ですよ?周囲にどれだけの被害が出るか考えたくもないレベルです。
「あれ……?アイツの魔力が見当たらないんだけど、終わり?え?」
「……拘束の中はもぬけの殻だし、セヴンスさんの呪いが敵を消滅させたのかしら?……えっと、それでよろしい?」
「え?今やっと屋上から到着したんだけど、もしかして終わっちゃった?え?この怒りを何処にぶつければ?」
おっと、何のエフェクトも無く急に敵が消えてしまったので皆さん戸惑ってますね。助太刀に駆けつけた白さん達も状況がよくわかっていないみたいです。
とはいえ、説明してる暇はありません。
今は雛の救助が最優先です!
倒れ伏すその小さな身体へと大急ぎで駆け寄り抱き起こします。
雛が倒れ伏してから今までで2分ちょっと、まだ余裕はあるはずです!
《札月さんは今そちらへ送り出しました。影藤の絡み根で優希さんの
……札月さん相当嫌がったみたいですね。人命救助のためなので怖いのは我慢してください。
というか、受け取り次第って荷物じゃないんですから。理珠さんも送り出すのにそこそこ手を焼いた感じなのでしょうか?
それはさておき、まあ、やるしか無いいつものアレです。
幸い、雛は未だに豪奢な装飾の入った強化変身状態を保って居ます。これが解除されてないっていうことは当然、死んだりはしていないって事です。
……というか、抱き起こしてから気がついたんですが出血、やたら少なくないですか?最初に床に広がった分を見て血の気が引きましたが、その後は傷口から流れる血の量が全然大した事ない感じで……。
表情もなんか、ニヤけるのを必死に我慢してる感じですし?
「んふぅ……」
……ねえ、雛ちゃーん?もしかして、意識、あります?
「んー、傷から流れる血の量も大した事ないですしー?これは私が魔力を注がなくてもー?札月さんが到着してからの治療で間に合いますねー?」
「え?それは嫌。……あっ!」
……あっ!じゃないですよあっ!じゃ!
よくよく魔力の流れを観察してみれば、胸のあたりから超強力かつ超繊細な魔力の流れを感じます。
「なるほど?自殺しろって言われて方法は問われなかったから?確実に死ぬであろう心臓の近くの太い血管を引きちぎって自殺の定義を満たした感じですね?で、後は血管から流れる血を重力操作で操って血管に戻して意識を保っていた……と。三分間っていうのは意識を保っていられる時間だったんですね?」
私の推論に、ぺたんと閉じた耳の幻が見える雛わんこはおずおずと頷きました。
「うん、あってる。血管を切った時点で動けたから、後は重力操作で代替するだけだった」
……いや、まず普通は数日前に発現したばかりの魔法でそんな繊細な作業出来ませんし、そもそもどの時点で自殺の行動強制の効果が消えるかとか常人は考えませんからね!?
あーもう、心配して損しました。
「あ、でも、魔力が尽きて解除されたら死ぬから、えっと……」
はあ、良いですよもう。
正直、いつからこんなに懐かれてたというか、愛情を向けられてたのかよくわかりませんが……。その、緊急時ですし?雛ちゃんかわいいですし?
人命救助です。やってやりましゅよ!
ただ、今回は単純に粘膜接触の魔力供給をカマしただけでは雛わんこを喜ばせるだけですからね。せっかくなのでちょっとは反省してもらいましょう。
「
「……え?」
幸せなご褒美を待ち望んでいたはずの雛わんこの顔に困惑の表情が浮かびます。
うん、御主人様を心配させる駄犬にはお仕置きが必要ですよね?
──第一幕・
強度は、まあ、30倍ぐらいでいいでしょうか?
キスだけですし、あれこれ触るわけじゃないですし?多分大丈夫でしょう。
「じゃ、覚悟は良いですね?お仕置きです。ほんっっっっと心配したんですからね!」
予想してたんとちゃうぞ!?みたいな表情のわんこへと大胆に唇を重ねます。
「んっんー!?んーーーーー!!!!」
はい、理珠さんに攻められてるばかりの私だって学習はするのです。
私が今までヤられて気持ちよかった事をそのまま再現するぐらいは朝飯前なのです。
「んんっ!ちょっ、あっ、まっ、んぁ、ぁぉ、んーーー!?」
いや、待ちませんよ?流石にちょっとだけ怒ってますからね?少なくとも私の気が済むまでは攻撃続行です。
「えっ?何してるのあれ?うっわ、巫女さん顔真っ赤だよ?」
「……あー、えっと、粘膜接触による緊急時の魔力の譲渡と……スキンシップ?」
「はぁ、なんか毎回こうなってるのよね。というか、あれじゃお仕置きどころかご褒美でしょう」
「あれー?到着したと思ったら戦闘はもう終わっ☆仝♀〠♀➳(゜Д、゜)!?」
「ミラ、ミラ、右ねーさんが真っ赤なふんすいになっちゃったんだけど!?」
「あー、うん、アレ見たら仕方ないんじゃないかなぁ……。ミラも、ちょっと羨ましいかなぁ」
「……すすす、すいませーん、治療のために無理矢理こちらにと、飛ばされて来たんですけど!拘束を解いてくださーい!あ、あと患者さんどこですか!?」
皆さんも無事だったみたいで、戦闘が終わった面々が続々とホールに集結してますね。
そろそろ私の溜飲も下がってきましたし、後は札月さんに血管と胸の穴を治してもらって終わりにしましょう。
「はいっ、おしまい!雛ちゃん、反省しましたか?」
……あれ?返事が無いですね?
眼がとろーんとして焦点が合って無くて、力が抜けて、びくんびくんしてて……。
あ、これ事後の私と同じ状態じゃありません?
あれ?もしかしてやりすぎました?意識が飛んで……。
ちょっっ!?これ不味くないですか!?あっ、やばっ!?血が、血が!?
「か、患者はここです!メリクリウスさん、心臓大動脈損傷です!治療をお願いします!」
その後、拘束空中散歩がよほど怖かったのか、生まれたての子鹿のような足取りで走り寄って来た札月さんによって雛ちゃんの傷は一切の傷跡も後遺症も無く回復しました。セーフ、セーフです。
……何事もやり過ぎには気をつけましょうね?反省。
☆★☆★☆★☆
「3分以内。セヴンスさん、大丈夫」
『3分以内なら意識が保てるから安心して敵と戦って欲しい。セヴンスさんならその間に倒せるよねカッコイイとこ見せて?大丈夫、信じてるから』の意。
解読できるかー!って感じのアレでした。
というか、今回の最後の展開みたいなのを期待してあえて誤解するだろうなと予測して発言してます。策士策に溺れて結果的に大勝利です。
次回は、とある魔法少女の退場回です。
更新予定は7月23日21時予定です。
サブタイトルは「それは舞い散る桜のように」
その次の回のサブタイまで予測できそうなアレですね?
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