第87話 悪の組織のあとしまつ
「くっそ、あの女死なねえんじゃなかったのかよ!」
潜水艦の中で、気味の悪い絶叫を上げながら崩壊していったエヴゲーニヤを思い出して身震いしつつも、悪態をついて自身を鼓舞しながらエヴゲーニヤの死により
「国の処理組織が動き出す前に隣国へ亡命するぞ!
いっそ、しでかした悪事は全部エヴゲーニヤに押し付けてしまえば自分達は脅されて嫌々従ってただけの職員って扱いにして貰える可能性もあるかもしれない、などと打算を働かせ部下に指示を出そうと振り返った瞬間だった。
『やーっと戻ってきた。悪いやつの考えることはみんな一緒だよね。まずは拠点に帰って証拠隠滅。させるかってーの』
部下達の最後尾、研究所入口の階段に視線を向ければ、地面に引きずる程の黒髪を靡かせる見慣れない祭祀服を着込んで目隠しをした女が日本語で声をかけてきたところだった。
「誰だてめぇは!」
ディミトリは三流映画の悪役でなく現役の工作員。この場面で日本語で声をかけてくるような相手が友好的な相手出ないことはわかりきっている。故に発砲に一切の躊躇はなく、部下達と同時に発射された銃弾は不用意に声をかけてきた女を血塗れの肉塊へと変える……はずだった。
『ざーんねん。悪い人たちのやることなんて読めちゃってるのサー。まあ、わかってるなら声をかける前に無力化しとけって話なんだけど』
銃弾を撃ち込まれた階段に人影はなく、再び聞こえた女の声は背後から。
「ぎあッ!」
再度、謎の女に銃撃を浴びせようと振り返った瞬間、女が手に持った水に濡れた榊の枝を振り回すと同時に両腕の付け根に激痛が走る。
だが、工作員たるもの痛みがあろうとも動きを止めない訓練は受けている。
顔をしかめ、うめき声を上げながらもディミトリは銃を持った腕を挙げようと……。
「な、何をしやがった!腕が、腕が動かねぇ!」
部下達はどうかとディミトリが背後を見やれば、彼らも同じく腕をだらりと下げて痛みをこらえてる様が見て取れる。
『大丈夫、腕の神経を切っただけだから、死にはしないよ。私は殺しはしない主義だからね』
女の浮かべる酷薄な表情に思い出すのは、同業者の間で囁かれる一つの噂。
──黒髪を引きずって歩く女を見たら
何度も聞いたし、その度に与太話だと笑い飛ばしたソレが今目の前にある。
『じゃあ、足もやっとくねー?あ、
女が榊の枝を振り、水滴が飛び散ると同時に再度激痛に襲われ、ディミトリの意識はそこで途絶えた。
☆
「よし、起きてる人は居ないねー?いや、居ても手足動かないだろうから期にしないんだけどサ」
念のためスマホに入れてきた資料とそこで倒れている人数が合っているのかを確認して、特に用の無くなった榊の枝から水を払って自室に転送する。
別に、水滴が飛ばせれば何だって良いんだけど、榊の枝が一番それっぽいかなって……。
いやー、まさか日本国内でも姿はおろか名前さえ秘匿されてる転移の魔法少女が各地で犯罪組織やら非人道的な研究機関だのを潰して回ってる謎の女の正体とは思いもしないでしょう?
やっぱさ、悪の組織はちゃんと滅ぼしとかないとスッキリしないからねー。
まあ、殺しはしないよ?殺しは。少なくとも、あたし自身はって但し書きがつくけどね。
あたしの魔法で、転移させられた水滴に割り込まれて神経を寸断された悪人が、別の組織やら被害者やらに報復されてどうにかなっちゃうのは業が返ってきてるだけだから良いのだ。多分。
しかし、魔力抵抗のせいで魔物の体内とかには転移させられないあたしの魔法が魔力を持ってない人間相手だと最強クラスってのはなんか理不尽だよねぇ。
今回に関してはセピアもあたしも、ルーシャ政府に対して提出されてた書類の記載を真っ当に信じちゃったのがこの組織を見逃しちゃってた原因なわけで、「エヴゲーニヤ博士による待遇改善改革を受け、バーバ・ヤガー達はある程度の文化的な生活を維持している」とか、実情を見たら笑っちゃうでしょ。
実際の現場を確認してれば、ミラちゃんも後何年か早く助けられたのかなって思うと悔しいよね。セピアの方なんかもう、完全に過去の自分に対してキレちゃっててかなり荒れてたしねー。
さて、悪い人たちは動けなくしたし、囚われてる女の子たちを助けないと。
とは言っても、あたしの転移だと1時間に一人だし、羽佐間室長にだって隠れてやってる活動だから魔生対やら日本政府にどうにかしてって言うわけにも行かない。
んー、ルーシャと戦争してるユークレイナ経由でEU圏の魔力保有者運用組織に確保してもらうのが一番キレイに収まるかな?
ヨーロッパだとイギリスとドイツが損耗率低めで運用してるから、可能ならその2国に預けたいんだけど流石にその辺はあたしがどうこうできるものじゃないからねー。
後で来た人が楽に調査出来るように、セキュリティが掛かった扉を転移でどっかの海底にふっとばしつつ施設内を歩く。
や、先にどのへんがお姫様達の牢獄なのかはのぞき穴から見て確認してあるから迷わないんだけどね?
いくつかの扉を開け、あたしはそこにたどり着いた。
牢獄、何のひねりもなく、そこは牢獄だった。
内側からはどうやっても開かない扉で閉ざされた、ベッドとトイレ以外の家具が存在しない部屋だけが並ぶ牢獄。
そこでエヴゲーニヤに長年喰われ続けていた少女達と、その声を聞かされ続けていた工作員としての少女達。
ほとんどの子は目に光がなく、こんな珍しい服装のあたしが通りかかっても反応すらしない。
……こんな状況でも希望を失ってなかったミラちゃんって、すごいよね。
で、ミラちゃんが希望を失わずに足掻いたからこそ、ここの子達もこれから救われるわけだ。
まあ、こっちには
牢獄を牢獄たらしめている内側からは開かない扉を全部ぽいっと投げ捨てて、部屋の中で動かない彼女達へこれから幸あれって気持ちでやっすい板チョコを1枚ずつプレゼント。
あ、日本産だってバレないように包装は剥ぎ取って回収しておく。
流石に食べてない子が居たらバレるかもだけど、経験上この後は……。
チョコレートをもっそりと口に入れた子から、目に光が戻ってくる。
うん、甘いものってわかりやすく希望につながる食べ物だからね。謎の外国人から急に差し入れされたら、もしかしてって思うよね?
開け放たれた扉からおっかなびっくり顔を出し始めた少女たちを確認して、空いていた21と書かれた牢獄に入って、姿が見られないうちに転移して自室へと帰る。
さて、あとはユークレイナの大統領さんと、この街に駐留してる軍隊の偉い人と、EU各国の魔力保有者運用組織にそれぞれ置き手紙かー。
あたし外国語苦手なんだけど、機械翻訳で伝わるかなー?
☆★☆★☆★☆
勝手に出かけて勝手に悪の組織を壊滅させて帰ってくる、設定を考えれば考えるほど敵を有能にしないと一瞬で事件が解決するバランスブレイカー。
日本政府には内緒だぞ!
何より、自前で移動魔法のあるセヴンスさんと絡みが無いのが致命的か……。
あと、ディミトリさん出るたびに意識失ってる気がする。
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