第81話 血河
《鬼巫女さんによる投擲を確認致しました。対空無し、着弾します。……3、2、1、今っ!》
理珠さんのカウントが終わると同時に、かすかにビンの割れる音が響き……。
何の演出も、一切の音も無く、空母の中央から後部の中ほどまでの範囲が一瞬で砂と化しました。
続くのは、電気という魔力の伝達を担っていたモノの消失による崩壊と落下。
陸に近いこの辺りでは水深が足りなかったのか、空母の残骸は脚部から切り離されて百メートル強の自由落下の後、えぐり取られた後部構造を崩壊させながら斜めに着水、着底しました。
脚部の役割を無理矢理担わされていたイージス艦や駆逐艦は偶然丁度いいバランスで突き立っていたのか、屹立したままなのがどうにもシュールですね。
空母ロボの崩壊と同時に、周囲に漂っていた霧が一気に密度を増しました。
これで、酸素の魔物は逃走を図る事すら出来なくなったはずです。
あとは作戦通り私が乗り込んで酸素の魔物をぶち倒すだけ!
ミラさんが苦しむ時間を減らすためにも迅速に作戦を遂行しましょう。
そんな、何の覚悟もなく軽い気持ちで影を伝って艦上に移動した私の足元に真っ赤な液体が流れてきました。
血?いや、まさか、こんな、バスタブをひっくり返したような辺り一面の赤が血液なはず無いじゃないですか。
有名な麻雀漫画でも言ってましたよ?人間が失血死に至る出血量はおよそ2リットルぐらいだって。
これが血液だったら人間何人分になると思ってるんです?
酸素の魔物に奪われた軍艦の船員はほぼ全員が海へと退避して、支配を免れた艦艇に救助されたと言う話は聞きましたので、これがこの艦に乗っていた軍人さんの血では無いことは確かです。
……いえ、まあ、考えたくなかっただけでどういうことが起こっているのか予測はついているんですが。
ったく、意思を持った魔物っていうのはどいつもこいつも癪にさわる……っ!
血溜まりの中を歩みを進めると、艦橋から人影が現れるのが見えました。
先導するのは白衣を纏った半透明の女。コイツがエヴゲーニヤ・トルスタヤ・リトヴィンツェヴァでしょう。この状況が不本意なのか苦い顔をしていますが、その表情を浮かべているのは私も同じです。
原因はエヴゲーニヤの背後、身体を操られて、血溜まりを広げながら幽鬼のような足取りで現れたその少女です。
脳がそう認識したくなかったのか、真っ赤な悪趣味な拘束衣を着せられている、と思ったんですよ。
別人の、エヴゲーニヤの魔力で構成された認識阻害魔法を纏っているため一瞬、そうと認識できませんでしたが、現状この空母に居る人間は私とミラさんだけという状況を把握できていれば流石に認識阻害魔法も意味をなしません。
ただ、顔が……。
寂しげな薄幸の美女という印象を私達に与えてたその顔が、認識阻害に関係なくミラさん本人であるという答えを出すのを拒みたくなる状態になっていました。
長期間、睡眠すら取らされずに自身の許容量を大きく超える魔力を注ぎ込まれ続けたからでしょうか?
まず、右の眼球が破裂していて、目を背けたくなる残骸がそこに居座っています。
左目からも途切れること無く血涙が溢れ、両耳、鼻、口からもとめどなく……。
当然、出血は粘膜だけにとどまらず至るところで毛細血管が破裂しているのか全身血まみれで……。
そして、失った血液を血液の根源由来の身体保護機能が補填し、されど常に注ぎ込まれ続ける膨大な魔力によって生まれる損傷は癒やされることが無く……。
無限に血を流し続けるオブジェと化した私の妹分がそこにいました。
助け出したとして、右目はもう元に戻らないでしょうし、果たして後遺症無く普段通りの生活に戻ることが出来るのかどうか……。
こんな惨状に陥ってなお、艦隊の攻撃兵器の制御を奪い続けた精神力には感服するほかありませんね……。
絶対助け出して、嫌がるぐらい褒めてあげますからね……。
……当初の作戦では、ミラさんへ
なにせ、私は魔力で動いている死体ですし、魔力を制御して肺の機能を完全に停止させてしまえば酸素の魔物といえども私の血液へと侵入することは不可能です。
しかし、この現状ではこの作戦を実行することは不可能になりました。
なにせ、今、ミラさんの命を辛うじて繋ぎ止めている魔力はエヴゲーニヤから供給されているのですから。
それ以前に、魔力によってギリギリで生存しているミラさんの身体へ魔力を奪い取る
イツァナグイの仕込んだ私の蘇生機能が動かせるならなんとかなる可能性もありますが、魔物の出現頻度が下がったり熊の相手をしてたりでロクに魔力を奪えてませんでしたからね。
さっきまでは船体に巻き付けた
困ったことにここに来て手詰まりです。
……まあ、手は詰まりましたが打開策を模索する手段は、ある意味相手が用意してくれましたから大丈夫です。
ええ、大丈夫ですとも。この、凄惨と表現するのも生ぬるい状態にミラさんを叩き落したエヴゲーニヤへの怒りは私の切り札を起動させるのに十分すぎる怒りを提供してくれていますから。
コイツは何があってもここでぶち殺します。
「
眼帯をむしり取り、魔法を発動させます。
今回求める
私が居なくなることで悲しむ人間の事を考えれば死んでも倒すなんて事は言えません。ですが、無傷でなんて生ぬるい事は言いません。身体が気体で構成された魔物を確実に滅ぼす魔法なんて手持ちにありませんし、私の魔力も前回の発動時程余裕があるわけでも有りません。
受け入れたくは有りませんが、ミラさんの身体だって重篤な後遺症が残るというのでなければ許容しますし、エラさんだって消滅さえしなければ良しとします。
でも、こいつは、エヴゲーニヤはここで絶対倒します。
前回の意志を持つ魔物は考え足らずの脳筋でしたが、搦め手を取るこいつだけは今ここで倒さないと、次はどんな悪辣な手段に出るかわかったものでは有りませんから。
──指定因果への乱数策定・エラー、前提条件と既定現実に乖離があります──
……はい?
前提条件が間違っている?
ミラさんとエラさんの救出は目標であるので条件では有りません。
エヴゲーニヤを倒してもミラさんを救出できない?
いえ、その場合は前提条件ではなく延々と代入した乱数に、
一体何が間違ってるんですか?私単体では倒せる魔法が無い?エヴゲーニヤが魔物と認定されてないとか?どうすれば?
《優希さん?怒りと混乱の感情が伝わってくるのですが、大丈夫ですか?》
同調再臨による表層心理の共有で私の感情が伝わったのか、理珠さんから声が届きました。
《ちょっと問題があって、当初の作戦が実行不可になりました。別の方法で酸素の魔物を倒さなければならなくなったんですが、なんか、
ダメですね、動揺しているのか言葉がうまく紡げません。
幸い、同調再臨の恩恵で感情ごと伝わるので意思疎通の面で問題は無いはずですが。
『あら、ターゲットが自分から私の前に出てくるなんて運がいいわね。良い?この子の命が惜しかったら私の支配を受け入れなさい?』
エヴゲーニヤがルーシャ語で何か言ってますが、だから伝わんないんですよ!日本語話せよ!
しかし、ミラさんの首に手をかけていることで何を言いたいのかはわかりました。
人質を殺されたくなければ無抵抗に支配されろって話なんでしょう?
クソくらえですね。
……ただ、ミラさんが人質として有効だと思われてるのはとても厄介です。
くっそ、
《つまり、わたくし達が酸素の魔物の在り方を間違って認識していると言う事でございましょうか?》
在り方……?
理珠さんの言葉に少しだけ冷静になり頭が回り始めます。
冷静に考えれば、エヴゲーニヤの魔力量って異常なんですよ。
いくらなんでも魔物100体分っておかしくないですか?
魔物100体分の魔力なんてあったら、例え身体が気体でできていたとしても私達を真正面から相手に取れる魔力量ですよ?
それが、現状目の前に居てすら無抵抗で憑依させろとか言ってくるんです。
それに、普通の魔物が自分の体を小分けにして500匹分の熊に憑依させるってありえないですよね?
魔法で操るではなくて、分離した自分自身を憑依させてですよ?
それを踏まえて考えれば自ずと答えは出てきます。
つまり、こいつは……
《わかりました。エヴゲーニヤ、酸素の魔物は第二種群体型の魔物だったって事ですね!?》
☆★☆★☆★☆
普通に投稿してたら、この話の後にあのトンチキバレンタインが挟まったんですよね。
テンション乱高下しておかしくなりますね?
ということで、この章のラスボス戦開始です。
ミラさんが酷いことになってるのと、
果たして、無事にミラさんは救出できるのか!
……なお、バレンタイン与太話での登場人物……
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