第57話 その血、だれの血?
夜の上映会が始まってから5日目、「バトルものばっかりだと疲れるから」という理由で箸休めとして選ばれたキャンプアニメを見ていた所。
ゆるい空気に当てられてか、私の隣、理珠さんの反対側に座って毎日毎日、眼をキラキラさせながらアニメやら映画やらを見ていたミラさんがうつらうつらと船を漕ぎ始めました。
これだけ人のいる空間で警戒を解いて寝入ってしまうとか、コレはかなり心を許してきてる証ですね。心の中でガッツポーズです。
しかし、最初の様子から一週間ちょっとぐらいでコレとか、ミラさん実はだいぶチョロいのでは?ちょっと心配になってきますね。
このまま私達に絆されて、組織の事とか私をどうしたいのかとか、打ち明けてくれればいいのに、なんて都合のいい事を考えていた時、それは起こりました。
うつらうつらを通り越して、私の肩に頭を預けて本格的に眠り始めたミラさんの身体が突然魔力を帯びたかと思うと、一糸まとわぬ姿へと「変身」し、更に魔力そのものが別人のものへと変質しました。
ミラさんが変身したソレは、ミラさんと同じ顔で目を覚まし、ミラさんと同じ動きで立ち上がり、ミラさんと同じ声で口を開きました。
「Здраствуйте, меня зовут Элла. Очень приятно с Вами познакомиться.」
……なんて?
急に裸になって立ち上がったかと思うと、ルーシャ語で話しかけてきたミラさん?にどうしていいかわからずおろおろする魔法少女達と私。
いや、何言ってるかわかんないんですし、どういう状況かもさっぱりですし、これどうしたらいいんですか!?
「Это Япония. скажи это по-японски. んと、日本語で喋って頼んだ」
そしてサクっと流暢なルーシャ語で返す雛わんこ。さすが天才。後で撫でてあげましょう。
「あ、ここはニホン、なのね?えっと、裸でごめんなさい、衣装を考えてる余裕がなかったの。ミラの身体でおしゃべりするのにはどうしても魔力を表に出す必要があったから……。あ、でもすごいね。ミラがこんなに沢山の人が居る所で眠るなんて初めてかも知れないよ?」
ミラさんと同じ顔なのに、声はやや幼く、表情は明るくコロコロと変わります。
多重人格でしょうか?でも、多重人格ぐらいなら変身を伴うものおかしいですし、そもそも魔力が別人の魔力になっている事もおかしいです。
「あ、何言ってるかわかんないよね?えっと、エラは、ミラのお姉さんなの」
胸に手を当てて、えっへんと目を細めてドヤるエラ?さん。
どういうことです?本当にミラさんのお姉さんだとして、どういう理屈でミラさんの身体を使って喋ってるのでしょうか?
「えっと、今ね、ミラの身体の中にある血は、エラの血なの。エラが死にそうだったからって、どうせ死ぬからって、エラの身体から血を全部抜いてミラの血と入れ替えたんだって。エラが血の魔力根源を持ってたから、一卵性双生児のミラにエラの血を全部入れたら魔法が使えるようになるんじゃないかって。もう5年も前の話になるみたい」
……は?確かミラさんが17歳だったはずなので、5年前というと12歳の時に?
確か魔力覚醒って、大体15歳ぐらいから起こり始めるものですよね?
「結局、エラの魔力の影響を受けてミラ自身も覚醒しちゃったみたい。だから、えっと、ミラの中にはミラ自身の傀儡の根源と、エラから付け足された血の根源、2つの根源があるはずなんだ」
「ちょっと待ちやがり下さいまし。ミラさんが貴方の血の影響で12歳で覚醒させられやがったというのはわかりましたわ。じゃあ、貴方はいくつの時に?」
そうですよね。真割さんの言う通り。ミラさんがエラさんの影響で覚醒させられたと言うならエラさんはそれより前に覚醒しているはずです。
「エラはね、実験で、10歳のときに魔力を覚醒させられたの。同じ実験を受けた子達は死んじゃったんだって。大人達がそう言ってた。結局エラも実験の最中に死んじゃったから、あんまり早く魔力が覚醒すると身体が耐えられないのかも知れないね」
まるで、それがなんでもない日常であったかのようにあっけらかんと語るエラさん。
「エラが出てきたのはね、どうしても伝えないといけないことがあったからなの。
ミラが秘密を打ち明けようとしたら絶対に止めて。言ったらミラが死んじゃうの!」
それは何らかの秘密、例えば現在の私の何かを探ってる目的とか、所属してる組織とかそういうのでしょうか?
「あの、所属している組織に殺されるというのでしたら、わたくし達は全力でミラさんをお守り致しますし、国家権力が相手であろうとも引くつもりはございませんが?」
最近はもう、私と一緒に普通にミラさんを可愛がっている理珠さんが反論します。
まあ、これに関しては私も同意ですよ。
というか、エラさんの話で更に不憫度が上がってもうこれ、魔物との戦闘にも行って欲しくないレベルですよ。
……あれ?なんか理珠さんがチラっと私を見て「貴方もそうだったんですからね?」的なプレッシャーを発してるんですが?え?なんで?
あ、考えを読まれるのはもうなんか、最近日常なので気にしてません。気にしないことにしました。気にし……実はちょっと怖いです。
「違うの、喋ったら死んじゃうの。博士がそういう仕組みを仕込んだの!ミラ、いい子だからみんなと仲良くなったら罪悪感に耐えられずに喋っちゃう。だから、そうなったら絶対に止めて!」
ふむ、何か秘密を喋ったことを感知するシステムがあって、言ったら何らかの、おそらく体内に仕込まれた毒か何かで殺されてしまうという認識でいいんでしょうか?
うーん、どこに何が仕込まれているのかがわかればまだ対処のしようはあるのですが。病院でCTでも撮ります?いや、でも病院に運び込まれた事が発覚した時点で仕掛けとやらが発動したら手がありません。
西瓜……じゃなくて、札月さんに目配せをしてみましたが、力なく首を振っています。そうですよね、あくまで使えるのは治癒の魔法であって異物のスキャンとかは無理ですよね。
とりあえず、流石にミラさん本人の口から色々語ってもらう計画は中止せざるをえないでしょう。
私達が同意すると、エラさんは心から安心したようで、それでいて儚げな笑みを浮かべました。
「よかった。エラ、もうそんなに長く保たないから、ミラの事を頼める人が欲しかったの。みんな、ありがとう」
「待って、保たないってどういう事?貴方、血の根源に付随してる魂か何かで、魔力で自我を維持してるとかでしょう?今の貴方からは十分な魔力が感じられるのだけど、どうして消えるの?」
白さんが質問を投げかけますが、毎日理珠さんと魔力供給してる私にはなんとなくわかります。
「同化されつつあるんですよね?貴方の魔力と根源が」
私の問いに、エラさんはしっかりと頷きました。
「そう、エラの魔力とミラの魔力の境目が日に日に無くなっていくの。今まで頑張って抵抗してきたけど、もうダメみたい。もうすぐ、エラはミラの一部になって消えちゃうの」
諦めたような表情の中に、大切なものを託せた安堵を覗かせて彼女は続けます。
「でもね、エラはいいの。死んだと思った日から5年間もミラと一緒に居られたんだから。でも、ミラはエラが昏睡状態だけどまだ生きてるって騙されてる。エラにとっては見ず知らずの貴方達に頼むことじゃないんだけど、お願い、ミラを、助けて!」
悲痛な声を、助けを求める声を残して、ミラさんの目覚めとともにエラさんは消えていきました。
魔力感知の感覚を研ぎ澄ませれば、ミラさんの中にわずかに感じるエラさんの魔力。
どうやら、これが同化されて消える前に二人共を助ける方法を考える必要があるようです。
背後に居る組織にも、エラさんを殺した罪とミラさんにつらい生活をさせた罪、なんとしても償ってもらわなければなりません。
制限時間が出来てしまいましたが、なんとかするしか無いでしょう。
調査に関してはザマさんからの報告を待つほか無いのが歯がゆいところではありますが。
ああ、忘れてました。あと、私を殺した責任、ちゃんと取ってもらう必要もありますよね!
☆★☆★☆★☆
話が進むごとに不幸度が上がっていくミラさん。
まあ大丈夫です、誰かさんがなんとかするので。
ゆるいキャンプの某アニメはEDを聴いてると眠くなります。
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