第54話 栄養補給と普通の食卓

 翌日、私と理珠さんはザマさんの執務室へと呼び出されました。

 まあ、多分昨日のミラさんの件でしょう。隠しの藤御簾の中にいる私達が見えてなかった様子なので、まあそうだろうなとは予想はしてたのですがガッツリ黒判定出されるとそれはそれで扱いに困る的なヤツです。

 

 「えーと、じゃあまず、水流崎さんには中の人の事全部ゲロったの?」

 ザマさんがあんまりな表現で質問を投げてきましたが、もう既に私と理珠さんの間に隠し事なんてほぼ無いのです!根源についても……あー、まあ、面白いことになってるんでそこは今度話しましょう。

 「はい、優希さんから全てお聞きしていると思います。彩月さんとの関係性も存じております」

 「ザマさんとの出会いから、前の会社のブラック具合から、死ぬまでの話まで全部話しましたよ?あと秘密なのは性癖ぐらいなものです」

 どやぁと胸を張る私に対して、「そちらはおいおいですね」と耳を疑う呟きをこぼす理珠さんをジト目で見ながら、ザマさんはやってらんねー的な態度でマグカップをあおりました。

 

 「じゃあえっと、本題に入るんだけど……。どうしましょうね、ミラさんの処遇。政治うえからは現場の判断で行動してもいいけど、方針と状況は常に教えろって言われててねぇ」

 やはり、今や日本で最も有名な工作員となってしまったミラさんの扱いの話だった様です。

 「わたくしとしましては、優希さんへ害を及ぼす意図を持った方なんてなるべく近づけたくなかったのですが、アレを見てしまうと……」

 そう言って、意味ありげな視線を私に投げる理珠さん。

 まあ、その害を及ぼす意図を持った相手に私の方からホイホイ近づいて行ってるのが現状なのでどうしようもない、けど、許さざるを得ないと言った感じでしょうか。

 

 「いや、でも正直ここまで公にバレまくってる状況で逆に何が出来るのかって話ですよ。ザマさんの事だから当然、監視も盗聴もやってるんでしょう?」

 他の工作員との連絡や接触を防いでしまえば、これだけ注視されている現状で行動を起こすのは悪手すぎて、動き様がないという状況に陥るはずです。

 「というかですねザマさん、ミラさんが食堂でご飯を食べてる所見ました?アレを見ちゃうとちょっと、悪いようには出来ないと言うかですね……」

 


 初出撃の後、ミラさんが帰ってきたらなんだかんだ夕食時が近かったので海外組2人を連れて魔生対の食堂へ行ったのですが……。

 まあ、パトリシアさんは良かったんですよ。

 「済んでマス、予習!」

 とか言いながら豆腐ステーキ定食に納豆をトッピングして

 「大豆のミソを使ったスープに大豆のトッピング、大豆のメインディッシュに大豆で出来たソイソースを掛けて、大豆カーニバルなディナーデース!」

 とか大喜びでやってましたので。

 ちなみに、パトリシアさんの面倒は主に白さんが見てます。

 「素材は良いんだから服と化粧を変えて背筋を伸ばせば相当美人なはずなのに!」とか叫びながらあれこれ世話を焼いていました。

 あ、ちなみに納豆は「イケまス!思ったより!」との感想でした。


 で、ミラさんの方なんですが……。

 まず、食堂の前の食品サンプルで固まりました。

 まじまじと、並んでいる食品サンプルを眺めていた彼女が言った一言は

 「どうして、たかが栄養補給にこんなに種類が用意してあるの?非効率じゃない?」でした。

 まず、食事を栄養補給としか見てない時点で相当感覚がおかしいです。

 普段の食事をどうしているのか聞いた所、3種類のメニューがランダムで出てくるって解答が返ってきて絶句するしか無かったです。

 内容について質問したら「野菜と、主食と、タンパク質……、あとビタミン剤ね」なんて言われた私と理珠さんの気持ちわかります?

 なお、雛わんこは「食事がすぐ終わりそう、楽かも」なんて反応をしていましたが、ミラさんが味に一切言及してないことに多分気がついてないです。


 で、肝心の食事ですが、「わからないから適当に頼んで」なんて言われたらどう思います?食品サンプルをあんなにガッツリ見た後ですよ?

 魔生対の食堂、大体何を食べても美味しいのですが、というか魔法少女に美味いものを食わせたいってどっかの有名店のシェフがわざわざお店を息子に継がせてここで働いてるらしいです。

 さしあたって、主食とサラダとタンパク質の組み合わせが良いだろうと、無難にとんかつ定食を選択しました。

 

 で、一口目ですよ。

 サックサクに揚がったとんかつを口に入れて何度か噛み締めたミラさん。

 『味……美味しい、お肉、そうだ、こんな味だった……』

 ルーシャ語でぼそっと呟いたあとにぼろぼろ泣き出しちゃってですね……。

 泣きながらも、美味しそうに食べるんですよ。

 ルーシャ語で合間合間になにか呟きながら。

 流石に、声をかけるのがためらわれて見守ってるしか無かったです。

 雛ちゃん曰く『お母さん、七年ぶり、忘れてた、ごめんなさい』辺りが聞き取れたそうで……。

 これ、ミラさんの所属してる組織、絶対色々酷いやつじゃないですか。

 というか、これミラさんも被害者側ですよね間違いなく。


 食事を終えた後も、流石に話しかけられる空気じゃなくて部屋に帰るミラさんを見送るしか無かったんですが、これを見て「いや、でも私をどうにかしようとしてるんだし近づかんどこ」ってなります?なりませんよね?

 理珠さんも止めようとしなくなくなるレベルですよ。


 「ということがありまして、私としてはミラさんの所属してる組織をぶっ潰したいんですがザマさん協力してくれません?」

 いや、我ながら物騒な提案をしてるのはわかってるんですが、ミラさんの発言から推測するに7年間も食事ではなく餌と呼んだほうが良さそうな物を与えられて育って、バーバ・ヤガーとして命がけで戦闘させられてるわけでしょう?というかミラさん工作員なので、魔物と戦うなんて人のためになる事じゃなくてもっと酷いことやらされてきてるんですよ多分。

 大人なら泣いてる子供は助けるべきでしょう!?

 幸い、私は戸籍も何もない「死体」ですからね、国家機関を敵に回して国際問題になったとしても切り捨てるのは容易なはずです。ザマさんが協力してくれないなら一人でもやりますよ。


 「あのさ、スネ希。あんた私が断ったら一人でカチコミに行くつもりでしょ?それは許さないから。

 というかね、ミラさんの所属なんて怪しさ大爆発だから、こちらに派遣される前から公安と内調(内閣情報調査室)に探ってもらってたんだけどね。どうにもアンタを拉致した組織とつながりがあるか、もしくはそれその物の可能性があってね?

 人の親友が面白可笑しい体質にされた元凶、見逃すと思う?私が?」

 ザマさんはザマさんでキレてらっしゃた模様です。止めるどころか背中を押されてしまった感がありますね。さっすが~、ザマさんはは話がわかるッ!

 

 「それはそうと、優希さんが何か仕掛ける時はわたくしもご一緒するとして……。現状で何か行動出来ることはございますか?先程の彩月さんのお話ですと敵対組織の所在は疎か、名前すら判明していないように見受けられましたが?」

 と、盛り上がってる大人2人の熱を冷ます一言を放つ理珠さん。

 そうですよね、ミラさんに問い詰めるのは悪手でしょうし、情報がなければ動きようが無いんですよね。

 

 「とりあえず、調査の続報待ちね。大丈夫、こっちにはスパイ天国って言われてた日本を単身でひっくり返した凄腕の魔法少女が居るんだから。ミラさんを問い詰めるなんて事しなくてもちゃんと情報は入ってくるはず」

 む、私が死んでる間に諜報業界も様変わりしているようです。

 いや、10年も経過すればセキュリティの概念ごと変わっててもおかしくは無いですからね。魔法少女が業界入りして成果を出してるのも理解は出来ます。

 あ、そもそもミラさんもそういう業界の人でしたね。

 「だから、こちらが出来る行動としては工作員とバレてしまったミラさんが「処分」されないように守る事よね。幸い、魔生対ここは外部からの侵入が難しくなってるから多少は保護しやすい思うけど、相手方にも魔力保有者が居るだろうし、最大限警戒しておくこと。わかった?」

 

 気持ちよく返事をしてザマさんの執務室を後にしました。

 つまりアレですよね?ミラさんと楽しく遊んで、仲良くなってしまえって最初の方針そのままで良いってことですよね。

 よーし、悪いたのしい遊びをたくさん教えてあげようじゃありませんか!



☆★☆★☆★☆


掘れば掘るほど悲しいエピソードが出てくるミラさん

覆すために組織ごと動き出した魔生対

やられ役になってやや存在感を失っている魔物

不味い飯を出し続けてただけで立場が危うくなった敵組織


だいぶ役者が揃ってきました。


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