閑話 転移の魔法少女の平凡な一日
ぺれれ ぺれれ ぺれれーとあたし専用の待機室に魔物出現のアラームが響く。
しまったな、マックのポテトが出来上がったアラームに変えてみたけど全く緊張感出ないなぁ。
まあ、めんどくさいが仕事の時間だ。
深く腰掛けていたゲーミングチェアから起き上がりモニターを確認すると、出現場所はさいたま市郊外。
「はてさて、今回はどんなのが出たのかなっと」
魔法を起動して魔力を注ぎ込み、ほんの僅かな、10円玉程度のサイズの「のぞき穴」を作り出す。
あたしの使える転移の魔法の応用の一つだ。
空中に開いた穴から現場の様子を見てみればそこそこ巨大な女郎蜘蛛がビルを利用してせっせと巣を編み上げているところだった。
「キッモ!でも、すぐに人攫いに行きそうな動きじゃないしー、時間は十分にありそうだにゃー」
魔物が出現して即人間を襲いに動く場面だと分析なんてしてる暇が無いから即座に一番槍を選んで突っ込んでもらうんだけど、今回は解析班のおっちゃん達も誰が相性よく戦えるか選ぶ余裕がありそうだ。
魔力量や周囲の状況と共に「のぞき穴」を通して撮影した画像データを添付してささっと解析班へ資料を送る。
うーん、今日のシフトからだと霧と
藤花も好相性だけど病み上がりと言うか黄泉返りと言うか、孤軍での出撃は見合わせた方がいいって言われてるからね。
……と言っても、あの子が出撃したら間違いなく過保護な王子様(いや、王子様どころか魔女じゃん?)が見守りに来るんだろうけどサ。
とりあえず、誰が出るのか決まるまであたしはあたしの
収納から複数台のカメラと三脚、その他ケーブル類を取り出して素早く組み立てる。流石になんだかんだ5年もこの作業やってれば手慣れたもんである。
あとは、「のぞき穴」から撮影に都合の良さそうな場所を見つけてカメラを転移させていくだけ。
そう、世に噂される正体不明の撮影班。その正体とは!転移の魔法少女・
いや、実はもう一人スタッフというか同僚が居るんだけど、あっちはあっちである意味あたし以上にめんどくさい立場の魔法少女だからなぁ。
内閣調査室と公安警察がどっちに所属させるか5年間揉め続けてる、存在自体が国家機密扱いの魔法少女って言えばちょっとは伝わるかな?
正直あたしだったら速攻逃げ出してるわー。ご苦労さまだよねー。
そういえば、転移は1時間に1回しか出来ないんじゃないかって思ったよね?
違うんだなコレが。
いやね、人間の転移は1時間に1回しか出来ないのは本当。これは便利すぎるあたしの魔法の「縛り」みたいなものなんだと思う。あともう一つの縛りはあたし自身が魔物に対して攻撃手段を保たない事かな……。
転移させた物って別に魔力をまとったりしてるわけじゃないから、例え魔物の眼の前に爆弾を送り込んだとしても普通の人が爆弾を起爆するのと同程度のダメージしか与えられないの。魔物、魔力がこもってない攻撃に対してはとことん硬いからねぇ。
さて、そんな感じでカメラをほいほい転移させて設置してく。
ちなみにこの三脚、外部からの操作で乗せてるカメラを動かせる優れものなのだ。
え?魔物の妨害電波をどうするのかって?
そんなの、ケーブルが通るだけの穴を開けっ放し、つなげっぱなしにしてれば有線で操作できるから問題なしってね。
あ、電話だ。誰が出るか決まったっぽい。
転移の魔法で「転移室」って呼ばれてる部屋に移動っと。
公式発表としては、あたしの転移は「自分以外の人間のみ」を「自分の魔力で満たした部屋」からの転送・回収が出来る魔法という事になっている。
あたし自身が好き勝手にあっちこっち転移できることや、クールタイム無しで「命を保たないもの」なら魔力の続く限りいくらでも転移させられることは国家機密なのだー。
だって怖いでしょ?あたしがその気になればどんな警備だって関係なく、殺したい相手の枕元に爆弾をデリバリーできるなんて。
そんなことが知れたらその気が無くても、後ろ暗いあれこれがある各国のお偉いさんが勝手に恐怖を感じてあらゆる手段で暗殺やら懐柔やらであたしをどうにかしようと必死になるのが想像できるっしょ?
今でさえ自由に出かけられなかったり結構なストレスなのに、これ以上面倒事ふやしたくないってーの!
んで、「のぞき穴」から魔物の様子を確認しつつ待ってると、現れたのは露出きょ……もとい、霧の魔法少女だった。
えーっと、中の人の名前は依霞ちゃんだっけ?
中の人の名前ってあんまり覚えてないんだよねー。
やー、だってさー?あたしが指示したわけじゃないとは言え、毎日毎日女の子を死ぬかも知れない戦場に送り込んでそれを撮影してるんだよ?
それで仲良くなった子が死んでみ?
自己嫌悪で吐くし、めっちゃくちゃトラウマになるよ?
少なくとも、あたしは一週間ちょい変身できなくなるぐらい精神状態が危うくなったし、その日、最期に交わした会話は今でも夢に見る。
……数日後に発見された彼女の、確かに見たはずの死に顔は、どうしても思い出せない。
だから、基本的には魔法少女のみんなとは会話もしないし、あたしが撮影した動画以外は追っかけない。ってスタンスだったんだけど、最近はちょっと交流を持ってもいいかなって思い始めたかな。
だってほら、あたしが送り込んだ魔法少女がピンチになっても、絶対助けてくれそうな親切な魔女さんがやってきたからね。
「
おっと、依霞ちゃんを待たせちゃってたな。
ちなみに葦亘理宇比売は私の魔法少女としての名前。名前も古そうだけど服装もまあ、古代日本の天女とか神様とかそんな感じのひらっひらの羽衣と、コレがもう邪魔でしょうがないんだけどめっちゃめちゃに伸びた3mちょいある(頑張って測った)ストレートでつやっつやの黒髪が特徴なのだ。あとなんか、白い布で目隠しがしてある。いや、あたしの視界としては何故か何の問題もなく普通に見えるんだけど。
まあ、当然コレで戦闘とか無理だよねーってなった。
っと、転送してあげなきゃだったね。
そうだ、久々に一声掛けてから転送してあげよう!
「……って……っしゃ……」
ぎこちない笑顔からわずかに漏れたかすれた声に、霧の魔法少女は首を傾げながら消えていった。
「のぞき穴」を併用しながら複数台のカメラを操作して戦闘の様子を撮影、撮影、撮影。あー、もうちょっと、もうちょっとで良い角度だったのに。霧が!霧が邪魔!
ローアングル!ローアングルで撮影したいの!こら蜘蛛!もっと高い場所登って!
あーもう、クモ糸溶かされて巣に登れなくなってるじゃん!
くっそう、もうちょい路面のカメラ設置しておくんだった。
あ、セヴンスちゃんあくびしてんじゃん。しっかり撮影しとこ。
戦闘は何の問題もなくさっくり片付いて、依霞ちゃんとセヴンスちゃんが楽しそうに会話をしてる。
でもちょっとまって?依霞ちゃんその格好のままでカードゲームショップに入ろうとするのはやめたげな?その中にはオタクがぎっしり詰まってるんだよ!?
しかしまあ、あっさり片付いちゃったのでクールタイムが明けるまでまだ時間があるし、2人の様子をちらちら見ながらカメラを回収して、担当さんがやりやすいようにちょっと編集でもしとこうか。
あーあ、あたし魔法少女じゃなかったらホントは映像関係のお仕事に進みたかったんだよねー。
さて、転送から1時間。クールタイムも明けたので依霞ちゃんを呼び戻してあげよう。あ、カードショップ突撃はセヴンスちゃんがギリギリ防いだっぽい。
転送した命と
うーん、おかえりって言いたいけど、いってらっしゃいがちゃんと言えてないしなぁ……。
空間が裂けて、セヴンスちゃんとの会話が楽しかったのか笑顔で顔を出す依霞ちゃん。普段ならこれで一礼して退室、お仕事終了の流れ……なんだけど。
「ただいま。ヒメも、乙」
あ……。
「次回も、よろ!」
「……ぇり…さぃ」
帰ってきたときと同じく、笑顔で去っていく依霞ちゃんの背中に投げかけた声はやっぱりかすれて声にならなかった。
でも、うん。今日は悪夢を見ずに寝られそうな気がする。
☆★☆★☆★☆
カメラさんの正体はなんと!回。
裏方その1、転移の魔法少女のお話でした。
与太話シリーズはこれで終了で、次回から第二章を開始します。
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