第38話 静寂に散る藤花
まほうをころすまほう。言語自体は人間に出せる発音では無く獣の咆哮の様に感じられましたが、何故か意味は汲み取ることができました。
そして、その魔法を受けてわたくし達の放った必殺の一撃は、事実として消滅してしまいました。
「これは、ちょっと困ったな。どうやって消してるかはわからないと
「でも、わざわざ消したって事は当たれば効くって事でしょ?とりあえずいろんな条件で魔法を撃ち込んでみて消える条件を推測していくしかないんじゃない?」
「さすがホワイトラビット氏、どこもおかしくない見事な戦術立案だと感心する」
確かに、わたくし達が行える戦術としては魔法が消される条件を発見し、それに当てはまらない攻撃で魔物にダメージを蓄積させていく以外に無いでしょう。
「一つ解ることは、あの魔物はまだわたくし達の正確な位置を把握していないということです。少なくとも御簾の中から攻撃していただけば反撃を受ける心配はございません」
「で、でも事故車の中に要救助者がいるんじゃ……」
札月さんの心配も尤もですが、あの魔物を倒せないことには救助活動もままなりません。幸い、大半の車両の中に人影は見えませんし、魔物は魔法少女以外を見ておらず、一般の方が助け合って避難するのを妨害しようとはしておりません。
「ふん、どうせ藤の花の娘の結界から隠れてこそこそと
よって、
先に動いたのは魔物の方でした。
「
放たれたのは、燃え盛りながら押し寄せる波濤でした。
しかし、不思議なことに炎に触れても街路樹には一切の変化がございません。
「おつるさん!藤棚が燃えてるんだけど!?」
おそらく、魔力だけを燃やす性質の炎なのでしょう。押し寄せてくる波に触れた瞬間、藤の花が炎に包まれました。
わたくしの隠しの藤御簾は、例え視界全てを埋める炎を呼び出しても無意識に藤棚を範囲から外してしまうよう意識に働きかける暗示をかけ続ける結界です。
しかし、その燃える波は……。
「はっ、何をしても意識から外れるだけなら魔法で呼び出した意思を持たぬ物体が勝手に動く分には防げまい?そうら、逃げねば火傷してしまうぞ?」
外周から徐々に藤棚が焼け落ちていきます。
なるほど、確かに隠しの藤御簾の性質を理解していれば攻略法を編み出すのはそう難しくはないでしょう。問題は、なぜあの魔物がそれを知っているかです。
「しょうがない、ちょっと奥の手を出すから暫くヤツの気をそらしておいてくれないかな?可能なら移動させないで欲しいんだけど」
「じゃあ、それに合わせて私は長時間継続で魔法を使ったら防がれるか試してみましょうか。リロード無しでミニガン撃ち続けたらどっかで攻撃通りそうじゃない?」
「ああいう偉そうなヤツは、お前は何者だ!?みたいな話を振っておけば勝手に喋って時間消費してくれるってのは色んな漫画やらアニメから見るに確定的に明らか。
わ、話術で攻めてみればいいと思う」
「そうですね。あの魔物が何故この藤御簾の効果を知っているかなども含めてお話していただきましょう」
「で、ではその間にわたしは救助活動が邪魔されないかやってみます!」
焼け落ちる藤棚からわたくし達は脱出しました。
炎の波から逃れ、交差点で正面から魔物と向かい合い問いかけます。
「何故、貴方はわたくしの魔法の効果を知っているのですか!」
正直、わたくし弁舌が立つとは言いづらいですが状況的に疑問を投げかけるならわたくしから行うのが最も自然でしょう。
その問いに、失意と悪意と死の魔物は楽しそうに答えました。
「それはな、
まあいい、些事であって覚えておらぬ。
魔物はな、魔力保持者を、餌を絞り尽くす時にな、稀にだがその魔力根源を奪えるのよ。
この服装も、貴様らが助け守ってきた民からの悪意の産物ぞ?
無垢であった最初の魔法少女はな、ぶつけられた悪意に耐えられず
『魔法少女』の根源を得て、
転移も、貫穿も、飛蝗も、霧も、鬼も、吸血鬼も、何が出来て何が出来ないか全てを知っておる。
その上で、
作戦通り、よく喋ります。
更に言うなら、わたくし達以外に興味が無いのか札月さんの行っている救助活動を気にしている様子すらございません。
しかし、わたくし達の魔法を全て知っていると言うことは、もしかしてこちらの次の手も読まれているのではないでしょうか?
ですが、手札を知られているという情報は重要です。少なくとも、知られていることを知らずに罠を掛けてくる可能性を考慮することが出来ます。
ただ、かといって現状でわたくし達に打てる手は多くはございません。
読まれている前提の手で相手の動きを伺うしかないのです。
次の魔法が破られた時、皆様のフォローに入れるようにわたくしは身構えました。
「だからこそ、貫穿を消費させ、鬼を追いやったのよ。
鬼は魔法を使わぬし、貫穿の破滅の杭は発動すれば死が確定するからな。
何よりも、その2人を藤の花の娘に隠されたら防ぎようがない。
じゃからな、分断し、機会を作ったのよ」
言葉を切った死の魔物はいつの間に「そう」なっていたのか、邪悪な魔力を湛え、どす黒く染まった右腕を突き出しました。
会話に乗じて時間を稼いでいたのは寧ろ魔物の方だったのでしょう。
わたくし達の誰よりも早く、その魔法は発動しました。
「最も邪魔な、藤の花の魔法少女を確実に殺せる機会を!」
──
痛みは、いえ、痛いと感じる時間すらありませんでした。
しょうじょのおわり 魔法の意味を理解した時には全ては終わっていたのです。
失意の、悪意の、死の魔物の手にそれは握られておりました。
赤く、切り離されてなお鼓動する、わたくしの心臓……。
身体から力が抜けて倒れ伏した私の耳に、叫び声を上げながら魔法を放つ声が聞こえます。
ああ、でも、あの用意周到な死の魔物にはきっと効果が無いのでしょう。
救助を終え、車両の隙間から走ってくる札月さんが見えます。
しかし回復の魔法でも、奪われた心臓を再生することは出来ないでしょう
まさか、こんな事になるなんて、ここで終わってしまうなんて……。
──ウィステリアさ……、意識は……──
──心臓……、なんとか……、水銀で……──
ああ、いえ、ダメです。
死ぬのは、駄目です。
──義肢……、人工心……、やったこと……、無理……──
──形成……、駄目……、機能が……──
わたくしが死ねば、セヴンス様はきっとまた、心を痛めてしまう。
わたくしが死ねば、セヴンス様の残り少ない命を後悔で染めてしまう。
死ぬ訳にはいかない、死を受け入れてはいけない。
ああ、けれどもう、靄のかかった意識は数秒と保たないでしょう。
嫌です。セヴンス様より先に死ぬのは駄目です。
死ねない、死にたくない──
助けて──セヴンス様──
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