第19話 硝子と西瓜と落下の概念

 魔物が消え、いつも通り戦闘終了の電話を理珠さんが掛けている時の事です。

「東京と名古屋と岡山に魔物の連続出現……ですか?」

 電話に向けた理珠さんの言葉に一瞬思考が凍りつきます。

 日本の魔物対策って、最大でも1日数体の出現しか想定してない感じではありませんでしたっけ?


 基本は、1時間に1回の転送の魔法少女の魔法で、出現してる魔物と相性が良いであろう人物を送り込んで対処、そのまま倒せるようであれば1時間後に再度転送の魔法で回収、倒しきれないようであれば戦闘の様子から分析した最適な魔法少女を再度転送して撃退。今度は2時間かけて2回の回収魔法で魔生対本部に連れ戻す。ってそんな感じの戦術だったはずです。

 これ、同時出現とか想定して無いんじゃないでしょうか?


「はい、はい、了解致しました。ではわたくしが名古屋にヘリで。はい、ではそのようにお伝えいたしますが、断られた場合のことは想定しておられますでしょうか?あ、はい、わかりました」

 ヘリ!って、そうですよね。よく考えたら魔生対設立当初から転移の魔法少女が居た訳では無いでしょうし、移動手段は当然用意してますよね。うん、私の分析不足でした。


「セヴンス様、未登録の魔法少女である貴方にご依頼するのは正しいとは言えないのですが、岡山の魔物の対処にご助力頂くわけにはいかないでしょうか?どうにも、先に現着している魔法少女達が苦戦しているようなのです……」

 先に現着している魔法少女「達」って事は、確か各地の支部所属の魔法少女とかって奴ですね?転移の魔法少女が所属して以降、戦力が本部に集中する組織図になってしまった関係上どうしても戦力が劣ると読んだ覚えがあります。


「衣食住全部賄ってもらってる理珠さんの頼みを私が断るはず無いじゃないですか。岡山ですね?すぐに向かいます!」

 魔物の対処が完了するより先に待機していたのか、ヘリのローター音が響き始めました。

「岡山の魔物は何かの『概念』か『現象』に由来している様です。セヴンス様なら大丈夫だとは思いますが、お気をつけください」

 理珠さんはそう言って私に微笑みかけると、ヘリから垂らされた縄梯子に飛び乗って飛んでいきました。

 着物のツインテ少女がヘリからぶら下がってる絵面がなかなか強烈です。

 ……いや、でも私もアレやってみたいです。いつか機会があったらお願いしてみましょう。

 とりあえず、現場に移動しますか。概念とか現象由来の魔物って能力バトルっぽい絵面になりがちで興味があったんですよね。

神性具現ディヴィニタス・インカネーション潜影操手カルンウェナン!」




「いい加減当たれってんのよ!」

 街路樹の影から顔をのぞかせた私の視界に映ったのは、無数のガラスの剣を射出する碧い髪の、鎧姿の魔法少女でした。

 まあ、鎧と言ってもフルプレートを着て少女が満足に動けるはずもないので、ちょっとした胸甲と小手、グリーブぐらいの鎧ですが。

 ガラスの魔法少女……ですかね?


 目にも止まらぬ速度で発射されたガラスの剣は、しかし……。

 ぼんやりとした輪郭の、大量のボロい旗を巻き付けたような外見の魔物に到達する寸前、全て切っ先を下にしてアスファルトに突き刺さりました。

「ラヴェールちゃんダメです。多分アレは『落下の概念』の魔物です!投擲攻撃だと全部落とされちゃいます!」

 反撃としてボロ布の魔物から放たれた、奴の周囲の破片や瓦礫はラヴェールと呼ばれた青髪の少女の前に展開された分厚い、銀色の壁に吸い込まれるように消えました。


 壁を展開したのは薄い紅の髪をゆるく三つ編みにしたメイド服っぽい衣装の、眼鏡の魔法少女。……ってかでっかいですね。え?何アレ?スイカでも抱えてるんですか?アレじゃ明らかに足元見えないでしょ!

 壁になった銀色の何かは、次の瞬間には直径3メートル程の球体に変化して胸のでっかい魔法少女の元へ転がっていきました。いや、しかしでっか……。と、そんな事考えてる場面じゃないですね。


 うーん、液体金属……、いや、水銀ですね多分。

 しかし、落下の概念と来ましたか、これはなかなか骨の折れる戦いになりそうです。

「魔女セヴンスです。援護に入らせて頂きますね」

 まあ、考えていても仕方がないので色々試してみましょう。

 参戦を宣言すると同時に魔物に向かって駆け出します。


 投擲攻撃が無理なら近接戦闘するまでと、鎌を脇構えに落下の魔物に接近を試みますが……

 一定距離に近づいた瞬間、地面を蹴ったはずの足が持ち上がらずに体制を崩してしまいました。

 いや、違いますね。走って近づいた結果、両足が地面から離れた瞬間に落下の概念に捕まった感じでしょうか?

 地面を蹴った勢いが落下の概念で打ち消されて、あたかも足が持ち上がらなかった様に錯覚したのでしょう。


 まあ、普通の魔法少女ならここで転倒して大ピンチなんでしょうけど……。

 予め身体に巻き付けておいた無限の縛糸グレイプニールを実体化させ、自身を後方に引っ張り無理矢理距離を引き離します。

 離れていく視界には恐ろしい速度で振り下ろされるガラスの剣。って、武器を敵に再利用されちゃってるじゃないですかガラスの魔法少女さん!

 くるくると空中で回転して体勢を整え、拳を地面に突き立てて三点スーパーヒーロー着地を披露する私。いや、絵面がかっこいいと受け身とかの魔力消費が減るんですよ!魔力根源的な都合で!ホントです信じて!


「なるほど、一瞬でも空中に浮かんでしまえば落下の餌食。奴自身の攻撃は投擲はともかく、近接は武器に落下の概念が付与されて振り下ろしの速度がヤバい……と、確かに厄介な相手ですね」

 再度、鎌を構え直す私に2人の魔法少女が駆け寄って来ます。

 ……しかし、ラヴェールちゃん?のサイズは普通なんでしょうけど、水銀の魔法少女のスタイルが衝撃的過ぎて大分平坦に見えますね。いや、それでも私よりはあるんでしょうけど。


「アンタ、噂の自称「魔女」?手助けなんて必要な「いります!!」」

 助太刀を断ろうとしたラヴェールちゃんの言葉に被せるようにでっかいの魔法少女さんが割り込みます。

「すす、すみません、私水銀の魔法少女、メリクリウス・アルタリアって言います。私とラヴェールちゃんのの魔法だとアイツに有効な攻撃が無いんです。し、支援をおねがいします!」

 ツンツンしてるラヴェールちゃんの手綱担当って感じですね。しかし、水銀とガラスを自由に扱えるならいくらでも手はありそうなんですが……。

 ちっ、とラヴェールちゃんが舌打ちしながら不承不承といった態度で肩口で切りそろえられた綺麗な髪を揺らして頷きました。

 あ、この髪ガラス繊維か何かなんですね?透き通っていてとても美しいです。


「お二人共、魔法についてちょっと質問なんですが、ガラスと水銀、形状は自由に変えられるんですか?」

「あの、はい、水銀、ですから。えと、高速で形状変化して槍みたいに突き刺す、とかは無理……だと思いますが、手で粘土を変形させるぐらいの速度でなら……」

「こっちは現出させる時に形状を決めてないとそこからの変形は無理ね。だって溶けたガラスじゃないのよ?曲げたら割れちゃうじゃない。ちなみに時間経過以外で消えないから、さっきのアンタが斬り掛かった時みたいに利用されたりもするの」

 おっと、こちらの作戦会議に割り込んできた落下の魔物の投擲を幾重にも重ねた無限の縛糸グレイプニールで絡め取って防ぎます。

 ……あれ?私の影移動と同じように、瓦礫をこちらに向けて「落下」させて攻撃してきてると思ったんですが、射出から着弾まで速度が変化してないですね?これ、魔力で発射してるだけでは?

 なら、落下の方向自体は変えられないと?思ってたよりかなり楽に倒せそうです。

 私はニヤリとほくそ笑みます。

「簡単に倒せる作戦があるんですが、乗りますか?」

 メリクリウス・アルタリアさんは戸惑いながらも力強く、ラヴェールちゃんはしぶしぶといった感じで頷きました。


 都市部へ向けてゆっくりと歩みを進める落下の魔物。

 対する私達は接近することも出来ず、ただ散発的に攻撃しては後退するのみ……に見えてるんじゃないでしょうか?

 その証拠に、3人の魔法少女が丹念に用意した「罠」に、何の軽快もなく奴は足を踏み入れました。


「ラヴェールちゃん、そろそろお願いしますね」

「アンタにちゃん付けで呼ばれる筋合いは無いっての!」

 ラヴェールちゃんが特大サイズのガラスの剣を生成し、一拍の間をおいて射出しました。


 魔物の逆方向に。


 瞬間、ガラスの剣に結びつけてあった「3種」のワイヤーが高速で引っ張られ、魔物が通り過ぎた地面に仕掛けておいた網が立ち上がり……。

 気がついた魔物により、強烈な落下の魔力にさらされますが、残念ながら網を支えるワイヤーは今も引っ張られている最中なのです。落下は所詮落下、それ以上の速度が「かかり続けている」状態には十全に効果を発揮しません。


 結果、私の無限の縛糸グレイプニール、細く伸ばされた水銀のワイヤー、そして、ガラス繊維のワイヤー、3種の網が落下の魔物を強力に拘束します。

 「こんなあっさりと……。あ、網を強化しますね!」

 私の無限の縛糸グレイプニールはまあ別枠として、ヤバいのは水銀のワイヤーですね。

 拘束し終わった後に更に変形して網どころか膜みたいになってます。

 ガラス繊維も頑丈ですからね、パワー系の魔物ならともかく、概念系の魔物にはこの三重の拘束を破ることは不可能でしょう。

 とりあえず、こっそり吸魂の雷刃ストームブリンガーを流して魔力を吸収しましょう……。


 「で、誰がとどめを刺します?」

 私の問いかけに、ガラスで大鋏を形成しながらラヴェールちゃんが獰猛に笑いました。


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