第20話 超回復カドケウス

 「あれ?ラヴェールちゃん怪我してません?」

 戦闘が終了し、一息ついているとラヴェールちゃんの二の腕辺りから出血しているのに気が付きました。


 「あー、最後に突っ込んだ時に魔物の悪あがきで瓦礫が飛んできたのよね。縫う必要は無いぐらいの傷だし、ほっときゃ大丈夫よ」

 とは言っても、流れた血が白い長手袋を染めていく様子はちょっと痛々しいです。メリクリウス・アルタリアさんもオロオロしてますし。

 ……ああ、じゃあ治しちゃえばいいんじゃないでしょうか。


 「メリクリさんメリクリさん、メリクリさんの魔力根源って水銀ですよね?」

 「メリクリさん……?あ、はい私の根源は水銀で、このでっかい水銀の塊を動かすことしか出来ないです」

 いやいやいやいや、んなわけは無いです。魔力根源はそれに関連すると想像される事象全てを魔法として、魔力を対価に実行することが可能な摩訶不思議超パワーです。

 少なくとも、開発者であるイツァナグイはそう言ってましたし、そうでなければ、白いウサギの魔力根源から銃撃戦を開始する魔法少女は生まれません。

 そうだ、後で銃を使うバニーガールをネットで検索しなきゃですね、「バニーガールなら当然銃を使う」なんて思い込むほど浸透してるミームなら確認しないわけにはいかないです。


 おっと、話を戻しましょう。

 「じゃあですね、まず水銀を動かしてラヴェールちゃんの傷口を覆ってください」

 「ええっと、何のために……?あ、いえ、や、やりますけど……」

 メリクリさんの背後の、丸くなった水銀の塊からうにょんと触手のようなものが生えてラヴェールちゃんの傷口に張り付きます。


 「なにする気なの?その子の水銀、主体になってる塊から切り離すと操作できなくなっちゃうから包帯代わりにも使えないと思うんだけど」

 「まあまあ、そのまま、ちょっと話を聞いてくださいな」

 チッチッチと、指を揺らしながらカッコつける私にラヴェールちゃんがちょっとイラついてます。いや、からかい甲斐がありますねこの子。


 「いいですか、古来、水銀とは薬の一種だと思われていました。近代までは頭痛薬や便秘薬として使われていましたし、なんなら、古代中国では不老不死の薬扱いです。つまり、水銀という概念には薬の要素が存在するのです。

さて、ところで私達の使ってる魔法ですが……、そういう効果がある、とか、そういう由来がある、と認識さえしていればそれを魔力で再現してくれる摩訶不思議な力です。

 では、メリクリさん。こう考えながらラヴェールちゃんの傷口を覆ってる水銀に魔力を流してください。『水銀は薬、薬を塗れば傷は癒える』って、できますか?」


 うーん?メリクリさんはまだ戸惑い顔ですね。

 「でも、現代科学で水銀は毒だって……」

 「それがどうしました?事実はどうだって良いんですよ。現代科学では毒扱いでも、もしかしたら更に研究したら薬として再活用されるようになるかもしれないじゃないですか。良いですか?私達が使ってるのは魔法ですよ?

 その、現代科学が一切通用しない謎パワーですよ?そもそもですね、メルクリウスって魔法名がすでに回復系キャラなんですよ。わかります?

 メリクリウスというのは、ギリシア神話のヘルメスのローマ神話での呼び方ですよね?で、ヘルメス神の持つ杖がカドケウス。これは医療と知恵の象徴となる杖なんです。なら、魔法が宿った水銀には治癒の魔力があると考えても不自然ではないでしょう?

 ほら、傷が治る様子を思い描きながら魔力を流してみてください。ね?ラヴェールちゃんの傷、治したいですよね?」


 こういう時は勢いが大事だと思うので一気に捲し立てます。あれ?できるのかな?と、ちょっとでも思ってくれたなら成功率はグンと跳ね上がる……んじゃないでしょうか?多分ですが。

 「はあ、なるほど……?確かに、ラヴェールちゃんの怪我はほっとけないですし、や、やるだけやってみます!」

 メリクリさんが、少し離れたところから傷口に両手をかざして魔力を込めます。

 あ、これ魔力根源さんどっちかっていうとこっちのほうが適正強い感じじゃないでしょうか?眼に見えるほどの魔力が渦巻き、蛇の巻き付いた杖が目をつぶって魔力を込めるメリクリウスさんの手の中に現れました。


 「へるめーす☆れふぇくてぃおー!」

 ものっすごい気の抜ける発音と共に、注ぎ込まれる魔力が方向を与えられて輝きました。

 ……いや、しかしメリクリさん全体的にあざとすぎません?これ、今はどこかの支部所属だから目立たないだけで、初動対策課に異動とかになったらネットで人気跳ね上がるタイプですよ。


 おっと、肝心の傷のほうはどうなったんでしょう?

 ラヴェールちゃんが、傷口からぺいっと水銀の触手を引き剥がして、腕を数回回しました。

 「……傷も違和感も無し。傷跡も無しってか元の肌よりつやつやなんだけど!?メリクリウス、アンタこれ全身に掛けられない?エステとか行くよりすごいんじゃないこれ!?」

 驚いたラヴェールちゃんがメリクリさんに声をかけますが、肝心のメリクリさんはカドケウスの杖を握って放心状態です。


 見た感じ、消費が激しかった様子は無かったんですが、精神的なヤツでしょうか?

 「か。回復魔法……?え?私が?回復魔法ってものっすごい希少価値の高い魔法で、自分以外の傷を回復できる魔法少女って世界で何人も居ないって……、え?」

 あ、そうなんですね。それは、その何人かしか居ない魔法の使い手に自分も含まれるってなったら放心もしますか。しょうがないですね。


 「そうだ!これでアンタも本部に異動できるんじゃない!?前に言ってた、最近エロい目で見てくるとか、風呂覗かれたとか言ってた叔父さんから離れられるチャンスよ!」

 「あ……、はい!そうですよね、回復魔法持ちとか、お願いすれば本部でお世話になれますよね!」

 ……なるほど、そういう……。エロいボディしてる人も苦労するんですね……。

 と、妙なところに感心していたら誰かのスマートフォンが鳴っています。


 「あ、私ですね!はい!メリクリウス・アルタリア、魔物の駆除を完了しました!はい!……え?あ、はい、もう3匹……?はい、わかりました。お伝えします」

 あー……、嫌なワードが聞こえましたね。いや、魔力はいっぱい吸収できそうですし、生き返るまでの期間が短くなるので悪いことではないんですけどね?私にとっては。


 電話を切ると、メリクリさんが申し訳無さそうに頭を下げます。

 「セヴンスさんすみません、佐賀と和歌山と北海道に魔物が連続出現したらしくてですね、佐賀に向かってほしいそうなんですが……」

 「はいはい、佐賀ですね、引き受けますよ。大丈夫、実は私にも魔物を倒すベき理由と利点があるので、気にしないでください」

 最初の亀と合わせて多分これで7体目。これ、担当の人が休みたいから一週間分を一日で放流しましたとかそういうんじゃないですよね?

 真面目に、この連続発生は何なんでしょうか?機会があったらイツァナグイに問い詰めてみたいところですね。




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