第16話 魔生対から見た魔女セヴンスの在り方は……

「じゃあ、魔女セヴンスの確保……というか、保護はなんとかなったのね?」

 彩月さんの問にわたくしは首肯致しました。


「はい、路上で、その、複数の男性に言い寄られている所を保護して、わたくしの実家に住まわせるように手配致しました。少なくとも、今後衣食住に困るようなことはさせません」

「え?ほんとに?あの子これからまともな環境で生活できるの?よかったぁ……」

 魔女セヴンスに関する報告に、と室長の元へ向かうわたくしにわざわざお付き添いくださったホワイトラビット、七尾白ななおはくが心底安心したような声を絞り出しました。


 最初にセヴンス様の事情を聴き出してから、食が細くなるほど心配してらっしゃいましたからね。わたくし含む助力頂いた魔法少女一同、同じ気持ちなのではないでしょうか?

「でも、水流崎さんは保護出来て安心したという顔ではないけれど、何か他に問題があったの?」

 ありましたとも。わたくしは再び首肯致します。


「まず、解決した軽い問題……いえ、一般的には軽くない問題なのですが、そちらから報告させていただきます。まず、七尾さんがセヴンス様とのお話で聞き出した「寝る場所はある」という発言ですが……」

 その点についての会話をした際のセヴンス様の顔を思い出します。なぜ、この様な苦しい状態を笑ってお話になっていたのでしょうか?

「寝る場所とは、自らの魔法で作り出した影の中の空間であって、寝るための家があるという事ではなかったのです。他の魔法少女達が欲しい物を伺った際に、すぐに無くなる消耗品以外を要求されなかったのは貰ったとしても、それを保持しておける拠点が、家が存在しないからだと、そういうことだったのです」


 わたくしの場合で考えると、隠しの藤御簾を展開したまま、その中で眠るという事になるかと思われますが……。

 「場」を展開する魔法は、基本的に常時、維持のために魔力と思考のリソースに負担を掛けます。その中で眠る?完全に眠ってしまうと魔法が解けて消えてしまうのに?

 多少身体を休められたとしても、魔法を展開したままの熟睡なんて出来ようはずがないのです。セヴンス様は笑ってお話になっておられましたが、その身体には相当な疲労が溜まっていたに違いありません。

 そうでなければ、あんなに、入浴して血行が良くなってなお「血の気のない顔」をしているはずがありません。


 魔法を維持したままの熟睡が不可能な事が理解できる七尾さんは引きつったような、それが信じがたいという表情を浮かべています。おそらく、セヴンス様とお話していたわたくしも同じ様な表情だったのではないでしょうか?


「私があの時追求しなかったのが悪いんでしょうね、それは。はあ、電気が使えないって辺りでもう少し突っ込んで聞いておくんだった……」

 額に手を当て、悔しそうに天を仰いでおられますが、流石に寝られる場所はあるが家や拠点は無い、なんて予想できるはずがございません。悪いのは、セヴンス様をその様な環境に追い込んだ何者かと、負担になるまいと正直に言わなかったセヴンス様ご自身です。


「つまり、最初に魔女セヴンスが現れてから今日で10日、いえ、昨日は水流崎のお家でゆっくり寝られたでしょうから9日間か。その間、まともに食事も睡眠も取れてないようなコンディションでこちらの戦闘に介入して魔物と戦っていたわけね?魔生対所属の魔法少女だったら即座に謹慎して検査入院を言い渡すところよね」

 彩月さんも苦い顔です。

「まあ、その問題は解決したわけだしね?でも、それが軽い問題……なんて表現するんだから、もっと重大な問題を彼女が抱えてるということね?」


 その通りです。入浴の際に見た彼女の素肌を見た時のわたくしの衝撃を彩月さんにも共有して頂かなければなりません。

「はい。セヴンス様に重篤な外傷が無いか確認する目的で入浴をご一緒させて頂いたのですが……」

 なぜそこでジト目でわたくしを見るのですか七尾さん。女性同士ですし、邪な感情なんてほんの少ししかございませんでしたからね?


「肌が、なんと表現したら良いのでしょうか、顔や手はともかく、服に隠れて見えない範囲の皮膚が、端切れのパッチワークとでも表現すればよいのでしょうか、縫い目のないツギハギ……そういった状態だったのです……」

 そう言いながらスマートフォンを取り出し、寝ているセヴンス様を起こさないように撮影した背中の写真を表示させます。

 セヴンス様は痛みも何もないと笑っておられましたが、笑顔とその肌の対比が痛々しさを強調しているようでした。


「これが全身に?でも、縫い跡も無いし何かしらの病気の手術とかの跡じゃないでしょうコレは。何なのかしら?」

「病気でもこんな皮膚の状況にはならないでしょう。虐待で出来た傷なんてもっとありえないし、想定してた中で一番あってほしくない可能性が現実味を帯びてきて最低の気分ね」

 七尾さんは顔をしかめ、彩月さんは頭を抱え込みました。

 想定していた中で一番あってほしくない可能性とは、一体何なのでしょうか?


「良い?ここから話す内容は推測であって、確認が取れるまで外部に漏らすことを禁止します。水流崎さんはセヴンスさんを保護した関係で必要かもしれないから話すけど、本当なら七尾さん、貴方には聞かせられない話だから注意してね?」

 わたくし達は神妙に頷きました。流石に10日もあれば、正体不明の魔法少女……いえ、『魔女』の実態も調査が進んだのでしょう。


「結論から言うと、多分彼女は何処かの研究施設から脱走した被験者よ」

「この、妙な肌の状態は何かの実験の結果だろうって事?他にもそう考える要素があるの?」

 七尾さんの問いかけを、彩月さんは肯定しました。


「恐らく、魔力に関する実験で外科的なアプローチをされてああなったのでしょうね……。どうやったらあんな肌になってしまうのかは想像もつかないけど。で、他の要素だけど、彼女が閲覧してた新聞や記録の一覧を作ってもらったんだけど、コレね」

 デスクから取り出したファイルをこちらに広げながら、彩月さんは続けます。


「魔生対や魔物、魔法少女に関する記事で、10年前からのものをほぼ全部。魔生対の存在を知らなかった事、七尾さんがファミレスに連れて行ったときにタブレットがうまく使えなかったって事も合わせて考えると10年前ぐらいに実験対象として拉致されたんじゃないかしら。

 あの頃は魔物の数に対して魔法少女の数も足りていなかったから、行方不明を雑に魔物の被害として処理していたって話もあるし……」

 「そういえば、昨日セヴンス様が10年前ぐらいに、風鳴市近辺にお住みになって居たと……」

 好物だったシュークリームの味が昔と変わっていないと喜んでらっしゃいましたね。年相応の、心からの笑顔だったのが印象に残っています。


「なら、ほぼ確定したようなものじゃない。何処かの施設から脱走してきたから家がない、お金がない、親も居ない。脱走してきた事実が国に伝わると国家間の問題が起こり兼ねないから魔生対に登録したくない。こんなところでしょ?」

 確かに、10年前に拉致されて実験施設で監禁されていたのだとすれば、確かに知識や常識の欠落にも説明が付きます。しかし、まだ疑問が残ります。


「脱走が今頃になってからなのは何故なのでしょうか?あの影に潜る魔法が使るならば機会は幾度もありそうな気がするのですが……」

「あら?魔法が使えないようにする手段はいくらでもあるのよ?お嬢さん方には刺激が強いから詳しいことは言わないけど。で、脱出が今頃になった理由は、最近になって施設に問題が発生して魔法が使えるようになったからじゃないかしらね」

 施設に問題が発生した理由……。


「戦争か……」

 なるほど、戦争で施設の電力やその他セキュリティに問題が発生すれば、そして、そのときに魔法が使えるなら、セヴンス様なら脱走は容易でしょう。

「とりあえず、10年前の行方不明者を風鳴市を中心に調べ直さないとね。実験対象として拉致されたのがセヴンスさん一人とはとても思えないし、ああ、確定したらこれは国際問題確定ねぇ……」

「しかし、セヴンス様の性格を考えれば、自分以外にも被害者が存在するなら事情を打ち明けてでも助けようとするのではないでしょうか?少なくとも、自分の力が及ばないならなおさら……」

 わたくしのふとした疑問に、七尾さんが首を横に振りました。


「被害者が生きてれば、多分あの子は助けようとするでしょうね。生きていれば」

 生きていれば……。確かに、セヴンス様なら生きている希望がある限り、自分の脱出より救助を優先するのでしょう。しかし、そうしなかったと……。

「ああ、だから『魔女』なのね」

 彩月さんが、合点がいったように呟きました。


 苦い表情です。どういうことなのでしょうか?

「セヴンスさん、何年も監禁されて、魔力に関する実験の被検体になっていたわけでしょう?

 そして、その実験施設に問題が発生した隙に逃げ出してきたのよね?

 じゃあ、魔法少女として覚醒したのは何時なのかしら?

 データ上の事実として魔法少女の覚醒時の年齢はほぼ全員が15か16で、それより上の例外は何件かあるのだけど、下に振れてるケースは一件も確認されていないのに……」


 確かに、セヴンス様の容姿から推測される年齢は高く見ても12,3歳と言ったところで、どう見ても高校生に見ることは出来ません。童顔や低身長であると仮定しても、なんと言えば良いのでしょう、大人ほど「表情筋を使い慣れてない」様な、表情が感じさせる年齢がどうしても幼いのです。

 つまり……。


「何らかの実験によって強制的に覚醒させられた魔法少女……?」

「でしょうね。変身を解除出来ないのもその辺りが原因の可能性が高いのではないのかしら?自然覚醒したわけでもなく人工的に作られた魔法少女。一緒に拐われた人を助けることも出来なかった、生き残ってしまった罪悪感を、サバイバーズ・ギルトを背負った、紛い物の魔法少女が自嘲として名乗るなら?『魔女』ってとっても自分にお似合いだと考えるんじゃないのかな」


 セヴンス様の性格から考えて、大いに有り得る話です。そもそも、自分の生活があれだけ劣悪な環境にあってなお、彼女は魔法少女の支援を、他人を助けることを優先していました。

 自分の命を使い捨てるように他人に奉仕する。助けられなかった人の代わりに何かを成し遂げようと自己を顧みず暴走する。

 なるほど、確かにサバイバーズ・ギルトの方に見られる精神性です。


「物心つく位の歳で拉致されて、10年監禁されて実験動物になって、変身解除できなくなった挙げ句に自分だけ生き残った罪悪感で苦しんでるって?いくらなんでもあの子、運命に呪われすぎじゃないの!?ゲームや漫画じゃないんだから、そんな重い設定いらないっての!」

 七尾さん呻くような叫びにわたくしも彩月さんも深く頷きました。


「そんなの許さないから。これから、そんな過去が思い出せないほど死ぬほど甘やかしてやるわよ!おつるさん、アンタもやるのよ!?」

「当たり前です!わたくしが誰よりもセヴンス様を幸せにするのです!」

 両手を握りしめ、わたくしは力強く宣言しました。

 ……あ、でも七尾さん、そのあだ名はできればやめていただきたいのですが……





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