第9話 10年ぶりに食う飯は美味い

 「ウィステリアが言ってたのよ、アレは絶対にまともに生活が出来る環境にないから、出会ったら助けてあげてくださいって」

 そう言ってホワイトラビットさんはドリンクバーで合成してきた炭酸ジュースの闇鍋をストローで吸い上げました。

 魔法少女の姿のままで


 周囲からめっちゃ視線を集めてますし、こっそり写真を撮影する音がそこかしこから聞こえます。

 まあ、原因は私にあるので何も言えないのですが……。


 「すみません、ご飯を奢って頂くばかりか、こんな目立つ状況に巻き込んでしまって……」

 休眠モードに変身した私は平謝りです。


 だってしょうがないではありませんか、休眠モードは魔力消費は抑えられますが、変身解除ではないので認識阻害の適正範囲外バグ状態なのです。

 そんな、明らかに魔女セヴンスだとわかる人間(いやゾンビですが)と一緒に食事なんてしていたら、さっきの戦闘の映像から目の前の少女が誰なのかが容易に推測できてしまいます。

 なら、もう変身状態でファミレスに突入するしか選択肢がないじゃないですか!


 「いいのよ別に。ウィステリアにはお世話になってるし、そのウィステリアが助けられた相手で、しかも困ってるって言うなら助けないなんて選択肢無いんだから。ほら、経費で落とさせるから好きなだけ食べなさいな」

 ありがたく頂きますとも。

 私は目の前のハンバーグセットと戦闘を開始しました。


 「ペケッターやらエンチャグラムに写真あがってたけど、変身解除できないのね?どういう事情でそうなったのかは答えられなさそうだから聞かないけど、相当困ってそうね?」

 まあ、変身解除が出来なくて困ってるわけではないのですが、相当困ってることに違いはないので頷いておきます。

 口の中にお肉とご飯がいっぱい詰まってて返事は出来ませんので!


 「図書館で調べ物って事は、スマホも持ってないんでしょ?調べてた内容も内容だし……。まさか、寝る場所も無いとかだったりするの?」

 影の中という、地味に超安全な場所で寝られるのでそこは首を横に振っておきます。ちなみに、シャワーははるか昔に卒業した大学のジムで学生に対して無料開放されてるヤツに潜り込んでます。影から。

 

 ご飯はまあ、厳しいですが我慢できます。でも、魔法少女という半ば戦うアイドルと化している現状で、ボロボロの身なりで戦うとかいろんな方面に迷惑をかけそうで許容できません。

 正直、合法では無いので心苦しいですが、卒業生の名誉のためなので多少はお目溢し願いたいところです。10年、いや、約20年前に卒業したOGのピンチなのでどうか見逃してください。


 ちなみに、お化粧は変身・休眠の度に衣装と同じく魔法でやってくれるのでとても便利です。この部分の魔法だけ変身関係なく使わせてほしいぐらい便利です。

 というか、私が何を調べてたかまでばっちり写真が撮られてるとかちょっと怖いですね。肖像権……は、普通は変身解除すれば守られてるからいいのか……。いや、私にとっては良くないんですけど。


 ホワイトラビットさんはスマホをいじりながら

 「寝るところもあるし、お風呂も入れる。でも、ご飯は食べられない。どうにも状況がちぐはぐよねぇ。現金が手に入れられないっていうのはなんとなくわかるんだけど」

 と、こちらの様子を見ながら探りを入れてきます。


 んー。ゾンビである事以外は話してしまった方が良いのでしょうか?

 でも、事情を話すとその程度なら登録しなさいって話題に持っていかれる可能性が高そうなんですよね。

 嘘はうまい方ではないので、下手にごまかすと不信感を抱かせかねませんし。


 「申し訳ないですが、変に誤魔化したくはありませんし、解決したら魔生対に登録に行きますので、あんまり探らないでいただけるとありがたいです。嘘は下手なので……」

 「自分からは言えないけど、推測して判断してほしいって状況でもないのね?困らせるつもりはないし、そういう話はもうやめておきましょうか。あら、まだ何か食べるの?いいけれど、タブレット操作さっきの説明でわかった?」


 10年もすればファミレスの注文方式すら変わってしまうものなのですねと、感慨深い思いをしながらおっかなびっくりタブレットを操作してもうちょっとだけ注文を追加します。


 「うちの上司ね、未成年の女の子が戦わざるを得ない環境に置かれている以上、戦力にならない自分たち大人は可能な限りの最大限の支援をしなければ存在する価値がないって考えなの。

 私達はその言葉通り、制度として可能な限りの優遇措置を受けているのだけど、貴方は違うでしょう?

 働きには対価をもって支払うべきなのに、索敵能力も戦闘能力も高い上に高速移動に使える魔法まで持っていて、貴方が一緒に戦ってくれることで助かる魔法少女がたくさんいるはずなのに、魔生対としては何一つ報いることが出来ない。

 魔女セヴンスが何処かの政治団体や企業の支援を受けて、その看板として戦っているならともかく、顔を合わせて話してみれば最低限の食事すらまともに摂ってないなんて有様よ?

 今日の報告をした後に大人たちがどんな顔をするのか、目に浮かぶ様よ」

 その眼に少しだけ嗜虐性を宿しながら、兎娘さんは楽しそうにほほえみました。


 ちなみに、私達の会話を少しでも聞いてみようと聞き耳を立ててる人があまりにも多いので、ホワイトラビットさんの本名は聞いていません。

 しかし、私が考えていたより、魔法少女として戦うというのは一般的にはとても献身的な行為のようでした。

 いやまあ、よく考えてみれば、未成年の女の子が言葉も通じない、人間より遥かに凶悪な存在と殺し合いをする仕事って事になりますからね。

 私の場合はもう、先に死んでいたのでその辺の考えがふわふわしてると言いますか、生きるために必要な行為として戦わなければならない以上、楽しんでやったほうが得的な考えですからね。いや、生きてないんですけど。


 一度、死を経験したせいで脳がバグって、危機感とか恐怖感とか、その辺の感覚がおかしくなってる説も地味に有力だったりするのですが。

 そう考えると、この、普通に生きていれば自分の命を脅かすモノがほぼ存在しない日本社会において、戦える力に覚醒したからと、自らの意志で戦いに赴く他の魔法少女達はとても偉いですね……。

 少しでも応援になればとグッズを買い漁る魔法少女オタクの気持ちもよくわかります。

 ……いや違うでしょ絶対可愛いから追いかけてるだけですよねアレ。


 「その、上司の方たちにはいらぬ心労を押し付ける形で申し訳ないです。なるべく早く状況を変えられるように頑張りはしますので、変に気を使わずに眺めていていただければと……。あ、ご飯は頂きたいですが」

 「魔物との戦闘の報酬が食事だけなんていくらなんでも報酬が安すぎるって言ってるの。未登録で戦闘に参加してくる魔法少女が出てくるなんて想定してなかったから、制度の問題で正式な報酬は、特に現金としては渡せないけれど

 経費で落とせそうなものとか、上司の財布から出せそうなものならいくらでも渡してあげるからもっと贅沢に要求しなさい?遠慮なんて許さないんだからね?」


 ホワイトラビットさんの圧が強いです。多分、彼女的にも歳下にしか見えない女の子が日本人として最低限の生活すら突き抜けて生活しているのが我慢ならないんじゃないでしょうか?尊大気味な言動に反して、めちゃめちゃ親切ですよねこの方。


 しかし、欲しいものですか……。

 10年の間に摂取できていなかったゲームやアニメや漫画などはめちゃめちゃほしいですが、ここでそれを要求するのはちょっと気が引けますし、何より保存しておく場所がありません。

 服やアクセサリ……は、多分意味がないんですよねぇ。というか、これも置いておける場所がないので貰っても扱いに困ります。


 ……冷静に考えて、本当に一般的な日本人としての生活レベルの底を突き抜けていて逆に何を貰っても処理に困るというのは恐ろしい状態ですね。住所不定はクリティカルに生活が不安定になります。

 となれば、現状で欲しい物は一つしか無いですね。


 「あの、他の魔法少女のみなさんとの通信手段……がほしいです、何かあったら助けに行けるように。ただ、問題があって、充電が満足にできる環境に居なくてですね……」

 「寝るところはあるって話だったけど、寝るところは本当に寝るしか出来ないところなのね……。何?樹海の山小屋にでも住んでるの?いくらなんでも不憫すぎない貴方?」

 ホワイトラビットさんの可哀想なものを見るような眼で見つめられます。というか可哀想なものを見てるんですね現在進行系で。わかります。


 「わかった。わかりました。その辺りも含めて相談して、なんとかします。食事についても、他の魔法少女にも食べさせてもらえるように上に話は通します。その際に戦闘に参加しなくてもね。だから、貴方は自分の問題をなんとかすること。

 はあ、そんな生活環境してるのに、魔物との戦闘に助けに入ってくるとか、人が良いにしても限度があるって知ってる?」

 そんな呆れたような口調で言われましても……。と思いましたが、魔物を倒して魔力を吸収しないと死ぬゾンビ状態という情報を知らないで私の状況を見るとそういう反応になるんでしょうね。


 「ほら、申し訳無さそうな顔しなくていいから。事情は聞けないけど、貴方みたいな小さい子が今みたいな環境に居て良いはずがないんだからね?」

 心配そうに笑いかけてくる兎娘さんに世話を焼かれながら、デザートまでしっかり頂いて解散しました。


 ……ついでに解散前に、コンビニで袋一杯の携帯食料を押し付けられました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る