第2話 ゴスロリと鋼糸と深紅の大鎌

 「神性具現 ディヴィニタスインカネーション無限の縛糸 グレイプニール!」


 触腕が一斉に動く音に顔を上げれば、クラゲの魔物の更に上、中空に立つ少女が透き通る深紅の刃を持つ巨大な大鎌を掲げておりました。


 身長から見て、わたくしよりかなり年下に見える幼い、しかし整った顔立ちの少女で、中学生ぐらいではないかと思われます。

 大鎌を脇構えに構える動きに、豪奢なフリルをあしらった漆黒のゴシックロリータドレスが揺れ動きました。


 挑戦的な、少しだけつり上がった大鎌の刃と同じ深紅の左眼。

 右眼は、長い白銀の髪と瀟洒な銀の装飾が施された眼帯に隠されて窺うことが出来ません。


 こんな特徴的な戦闘法衣バトルドレス を纏う魔法少女を覚えていないはずがございません。

 ならば、やはり魔生対に未登録の魔法少女……。


 しかし、空中に佇むソレは如何なる術理によるものでしょうか?

 わたくしの知る限りにおいて、完全な飛行能力を有する魔法少女は『最初の魔法少女』を除いて確認されていないはずです。

 

 黒衣銀髪の魔法少女は、力を溜めるように躰を折り曲げました。

 クラゲの触腕がソレを捕えようと迫りますが、頭上となれば自らの傘が邪魔になるのか、動きが遅く容易に避けられる動きです。

 

 刹那、空中にて刃を構えていた少女が銀の尾を引く流星の様に、クラゲの魔物へと「射出」されました。


 迫る触腕の群れとすれ違うように、巨大な傘へと縦一文字の斬撃。

 しかし、天より降る銀の流星は地に墜ちる事無く、空中でピタリと静止すると、次の瞬間真横へと、そして再び上空へと逆袈裟の一撃を加えながら跳ね上がります。


 狙撃手として魔力で強化された視力を持つわたくしは、その動きで正体不明の魔法少女の行う機動の仕掛けを看破しました。

「自らの意思で自在に動き、望んだときにのみ実体化する魔力で編まれた鋼糸。不可知の狙撃を頼りとするわたくしが言うのもなんですが、使い方によってはかなり悪辣な術式となるのではないでしょうか?」


 何もない空中で鋭角に跳ね回り、クラゲの魔物へと幾度も斬撃を重ねる黒衣銀髪の少女。

 深紅が閃く度に深く傷が刻まれ、頼みの再生能力も傷跡に鋼糸が食い込み、本来の能力を発揮しきれない。

 触腕も狂ったような動きで彼女を追いかけておりますが、空を自在に飛び跳ねる少女の、影すら掴むことが叶いません。

 

 ふと、斬撃の嵐が止まり、空を飛び回っていた黒衣の少女の姿を見失いました。

 着地した瞬間は見えていたのですが、触腕が視界を横切る一瞬のうちにその姿が消えていたのです。

 わたくしの眼が、注視していた少女の機動を見落とすとは思えません。であれば、何らかの別の術理にて姿を消したのでしょうか?


「ではフィナーレです。最後は私とともに御覧ください」

 突然の声に振り返れば、一瞬前までクラゲの周囲を跳ね回っていたはずの少女が、わたくしの背後で意地悪く笑いながら魔物を見つめておりました。


 その手には「わたくしの影」から伸びる魔力の鋼糸。

 空中機動だけではなく、影を経路とする高速移動魔法!?

 驚きに見開かれるわたくしの瞳に、赤眼の少女は笑いかけ……


神性具現 ディヴィニタスインカネーション吸魂の雷刃 ストームブリンガー


 鋼糸を通じて黒く光るイカヅチが奔り、クラゲの魔物を焼き焦がしました。

 深くまで斬り込まれた傷口の、その奥にまで仕込まれた鋼糸から伝わる電流が、魔物の現出を支える魔力構造体に損傷を与えているのでしょうか、触腕が苦しげに、無秩序に振り回されています。


 しかし、わたくし達2人の魔法少女は知覚を許さない藤棚の中。苦痛の原因を取り除こうにも魔物はこちらを認識することが叶いません。

 やがて魔物は動きを止め、崩壊した体躯は空に解けるように消えて行きました。


「ご助力、感謝いたします。わたくしの魔法とは相性が悪く苦戦しておりました。このままでは我が身を犠牲にするか民間の被害を許容するかの決断を迫られることになっていましたので……」

 命を救ってくれた魔法少女に向けてわたくしはは深々と頭を下げました。


「いえいえ、貴方が死を覚悟した様な表情をしていたので体が勝手に動いてしまっただけですよ。あとはまあ、なんというか流れで……。

 それに、私にとっては倒しやすい部類の相手だったようですし、貴方みたいな美人さんのお手伝いが出来たとなればソレだけで満足です」

 黒いドレスの魔法少女は屈託なく笑いながらそう言いました。


 華麗で、派手な戦闘法に目を引く整った顔。こんな目立つ魔法少女が今まで誰にも見つからずに活動していた可能性は低いでしょう。

 政府などの公的機関に見つからなくても、今の時代スマホ一つで動画をネットに拡散できるのです。今日の戦いだって、魔物の魔力による電波妨害が収まれば魔法少女フリークのお兄さん方が望遠カメラで撮影した映像を即座にネットにアップロードして共有するに違いないのですから。


 にも関わらず、今まで彼女の情報を誰も掴んでいないとなれば、おそらく、覚醒したての新人魔法少女で間違いはないでしょう。

 まあ、覚醒めたての魔法少女が先程のように、自分の能力を十全に使いこなして戦えるのかという疑問は残るのですが……


 となれば、わたくしと一緒に魔生対に来て頂いて登録するのが一番手間が少ないでしょうか?

 なら、身分を開示して同行を願うのが一番ですね。


「あ、名乗りもせずに申し訳ございません。わたくし魔生対・初動対応課所属の魔法少女、魔法名:ウィステリア・ヴェールと申します。どうぞお見知りおきを」

 わたくしは、笑いかけながら軽く頭を下げました。


「ませいたい?」


 しかし、彼女は赤い瞳に疑問符を浮かべ首を傾げるばかり……。

 魔生対を知らない……?


 魔生対、魔力災害および不明現象生物特設対策本部は8年前に設けられた内閣府麾下の政府機関であり、今では教科書にも出て来ますし、魔物や魔力災害の兆候があればすぐに連絡するようにと小学生でも習うはずです。


 そもそも、どこに魔物が出現した、どの魔法少女が出動したなどという情報をどのメディアもこぞって放送しているような中で、その情報の発信源である魔生対という単語を知らないなどという事がありえるのでしょうか?


 ……はっ!?もしや何らかの虐待・監禁状態にあって、魔力の覚醒によってその環境からの脱出を果たしたとかなのでしょうか……!?

 先日、友人たちに勧められて読んだ小説にもその様な描写がありましたし、常識とも言える政府組織を知らないとなればその可能性も高い気がしてきました。


 もしそれが事実とすれば、見た所、小学生の高学年……いえ、中学生ぐらいに見える彼女はこの後、頼るものもなく一人で野宿を……?


 それはいけません。こんな可憐な、将来有望な魔法少女の、わたくしの命の恩人にそんな生活をさせるなんて許容しかねます。

 そうでないとしても、魔法少女は魔生対に身分登録することで様々な恩恵があるのです。魔生対の様々な施設の使用権限がおりますし、宿舎も利用可能になります。やはりここは、登録するように促しておくべきでしょう。


「あの、ウィステリア・ヴェールさん……?」

 はっ!?一人で考え込んで彼女を不安にさせるところでした。


「失礼、少し考え事をしておりました。申し訳ありません。

 ところで、魔力に覚醒めたばかりの様に見受けられますが、魔法少女は魔力の悪用による犯罪や、それに巻き込まれる事を防ぐため、魔力災害および不明現象生物特設対策本部への登録が必要となっています。ご存知でしたか?」


  ほあ?と、呆けたような表情を浮かべる少女。いちいち動作が可愛らしくて困りますね……。

「魔生対正規認可の魔法少女となれば、その能力に応じて、地域担当か本部所属の初動対策課に振り分けられます。貴方なら、ほぼ間違いなくわたくしと同じ初動対策課になるのではないかと。

 魔物が出た際に出動要請を受ける場合がございますが拒否権もございます。十分なお給料は出ますし、魔生対の宿舎や食堂も無料で利用可能ですし、一部公共機関や病院も無料になるほか、学費や奨学金の免除制度もありますね。

 戦闘方法に応じた専用の装備を作って頂けたりしますし、メリットは十分だと言えるのではないでしょうか?」


「あの、登録を断ったりとかは……」

 なぜか登録に乗り気になって頂けませんね。あの戦闘を見れば、魔物と戦うのが怖いというわけでもないでしょうし……。


「未認可の魔法少女となりますね。自己防衛以外での他者を損傷する魔法の使用禁止、魔物と戦闘した場合は、その際に発生した周囲の被害への賠償負担。もし、魔法を犯罪に使用した場合は通常よりもかなり厳罰化した刑が下されたりと、魔力に目覚めながら一般人として生きるのでなければ、かなりデメリットが多いので個人的にはおすすめ致しかねます」


「うー、あー……」

 頭を抱えて唸ってらっしゃいますね。これはこれで可愛いのですが、何が問題なのでしょうか……。


「何か、登録したくない事情がお有りですか?」

「お有りなのです・・・」

 沈鬱な表情でつぶやく彼女。

「話をお聞きしてm

「話せないから困ってるのですよ……。協力して戦いたい。でも、堂々と公の場に出る訳にはいかない。そういう結構重大で複雑な事情があるのです……」

 食い気味に断られてしまいました……。しかし、一緒に戦いたい、そう仰って頂けました。


 居心地が悪いのか、立ち去りたい素振りが見えますし、ここで無理強いしては逆に不信感を抱かせてしまいますね。


「わかりました。何か問題があるようですし、出会って数分の人間を信用してくださいとは言いません。ただ、約束して下さい。一人で魔物と戦わないと。

先程の戦闘を見てもわかりますが、貴方は強い魔法少女です。ですが、未認可の状況では周囲の被害や自身の怪我を気をつけなくてはならず、必ずしも十全に力を振るえるとは言えないでしょう。

 ですので、必ず、必ず他の魔法少女の誰かが駆けつけてから一緒に戦ってあげてください。そうすれば、勝手に力を振るって暴れた魔法少女 ではなく、民間からの善意の協力者として扱うことが出来ます。

 そして何より、一人で戦うより確実に敗北のリスクは減らせます。わたくし達、魔生対は未認可の魔法少女が魔物に異界に連れ去られても救出に動く許可が得られないのです」

 彼女は真剣な表情で頷いてくれました。


「もし、何か困ったことがあったら魔生対の「水流崎理珠 つるさきりず」宛に連絡をください。一度助けていただいたのです。それに見合う以上の御礼は差し上げるつもりです」

「そんなに気にすることじゃないですよ。ウィステリア・ヴェールさんだって、目の前で苦戦してる魔法少女が居たら助けるでしょう?まあ、困ったら……連絡は……するかもですが……」

 そう言って彼女は数歩だけ後ろに下がりました。そこは防音壁の影。影からの転移魔法でここから立ち去るおつもりなのでしょう。


 あっ、わたくしとしたことが、最初に聞かなければならないことを忘れていました。

「最後に、お名前をお伺いしてもよろしいですか?難しければ、魔法名だけでも……」

 わたくしの問いかけに、彼女はしばらく考えて……。


「私はセヴンス。『魔女』セヴンスです。では、縁があればまたお会いしましょう」

 そう言いながら、とぷり、と水に潜るような音を立てて影の中に消えていきました。

 魔女……?

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