中二病の魔法少女ゾンビ ~心はアラサー、戸籍はアラフォー、そして体はロリゾンビ~

禍成 黒いの

第一期 中二病の魔法少女ゾンビ

第1話 藤花と静謐の魔法少女

 うじゅるうじゅると、幾重にも取り囲む触腕の動きに気を配りながら、わたくしは焦っておりました。


 触腕は周囲を蠢きつつも、わたくしを守るように取り囲む都市高速の道路上には似つかわしくない藤棚を「そこには何もない」と認識しているような動きで何かを探すように蠕動しております。


「このまま、あと30分も……?」

 焦燥感から発汗した汗が首を伝い、白い着物を湿らせます。


 呟いて空を見上げれば、そこには傘のサイズだけで20mを超えるような、毒々しい色のクラゲが浮かんでおりました。

 傘から垂れるのは、およそクラゲにはありえない「肉の色」をした長い長い触腕。

 「不明現象由来生物」を政府から正式名称として与えられた、世間では単純に「魔

物」と呼ばれるわたくし達魔法少女の、倒すべき敵です。

 

 内包する魔力量からの脅威度判定はC判定、本来ならば、わたくし、日本における魔法少女のエースの一人である、魔法少女ウィステリア・ヴェールの相手にもならないような魔物。


 しかし、アレはわたくしの得意とする戦術とあまりに相性が悪かったのです。

 わたくし、ウィステリア・ヴェールの基本戦術は隠密と狙撃。

 この、魔力と害意を持つ者が認識できず、無意識に知覚から取りこぼすように避ける「藤花と静謐」を根源とする結界魔法「隠しの藤御簾」に身を隠し、最速無音の狙撃を放ち続けるのがわたくし本来の戦術なのですが……


 姿勢を整え、弓を引き、魔力を込めます。

 わたくしの得手とする速度と貫通力に優れた魔法ではなく、大きく音を鳴らし、光り、目立つ、派手な攻撃となるように。


 放たれた矢は鏑矢のように甲高い飛翔音を立て、正午の日中にあっても目がくらむほどの光を放ち、しかし、何の妨害も受けずにクラゲの傘に着弾・貫通致しました。


 わたくしの魔力根源である、静謐と藤花の2つと属性の合わない、大量の魔力を消費する攻撃……


 ごぶり、と音を立ててクラゲの傷口から白濁した体液が漏れ出しますが。それだけでした。

 体液が流れ落ちた跡には傷は存在せず、ただ、ぬめり光る無傷の皮膚があるだけです。


 高水準の再生能力。

 しかし、わたくしを苦戦させているのはソレではなく……


 攻撃を受けて、と言うよりは音と光に反応したように周囲を探り蠢く触腕。

 通常の魔物であれば、例え再生能力を持っていたとしても一方的に攻撃されることを嫌って不可視の狙撃手から身を隠すか、或いは周囲を警戒し攻撃に対して身構えるのですが……


 クラゲの魔物は、ある程度触腕で周囲を探り「何もない」と判断したのか、攻撃を受けたことを忘れたかのように触腕を引き上げ、人間の反応が固まっているであろう都市部へ移動を開始しようとします。


 攻撃を受けたことをまともに認識していない、この愚鈍さこそがわたくしを苦しめている要因なのです。


 わたくしは、相性が悪く、狙撃で倒せずとも敵をその場に釘付けにする能力を期待されて送り込まれました。しかし、有効打になりえない、注意を引くだけの攻撃を繰り返すことはわたくしに激しい消耗をもたらしています。

 藤棚の結界を解除しても、わたくしの攻撃は貫通する点の攻撃。魔法少女が姿を晒すことで確実に注意は引くことが出来ますが、わたくしの能力では敵を倒すことも、触腕を長時間躱し続けることも不可能です。


 他の魔法少女がこの場に送られてくるまであと30分、このままでも、打って出てもとても時間まで耐える事は困難であると言わざるを得ません。


「選択……しなければならないのでしょうか……」


 ここで魔物の足止めを諦めれば、援軍の到着まで自分の身は守ることが出来ます。しかし、放置された魔物はシェルターへ向かい、避難した民間人を脅かすでしょう。

 救援の魔法少女が現場に到達するまでの時間を考えれば、シェルターは破壊され「魔力を宿す可能性のある女性」を多数拉致し、魔物は異界へ姿を消してしまう公算が高いと考えざるを得ません。


 わたくしが、魔法少女が身を守ることを優先し、民間に被害が出たとなれば多かれ少なかれ、「魔力災害および不明現象生物特設対策本部」通称・魔生対への非難は避けられないでしょう。


 わたくしが卑怯者と誹られる事は構いません。しかし、わたくしの行動により魔生対への信用が揺らぐのは許容しかねます。

 魔生対への信用が下がれば、今でさえ十分な協力が見込めているとは言えない魔物出現時の避難誘導がより困難になり、それにより更なる被害拡大と信用の低下を招いてしまうでしょう。


 例え、戦力として貴重な魔法少女が犠牲になり魔物の足止めをすることで、次回以降の魔物の出現時の対応が困難になる事を避けた判断だとしても、一部の民衆と、センセーショナルな話題を探してやまないメディアはそのニュースが飽きられるまで騒ぎ立て続ける事は想像に難くありません。


 多大な魔力を消費し、クラゲの魔物に鏑矢を射ます。

 あと数分以内に決断しなければ、藤棚を維持する魔力さえ底を突き自らを犠牲にする選択肢しか取れなくなります。


 魔物に連れ去られた魔法少女は、多くが行方不明に、一部の帰還者も介護なしでは日常生活が送れない体にされてしまいます。

 決断のときは近いです、しかし、わたくしはまだ決断を下せずにいました。

 俯いた私の視界で変身により、白に近い藤色に染まった二つ結いの髪が苦悩に揺れていました。

 

「手助けは必要ですか?」

 

 高く澄んだ、鈴が鳴るような声が耳元で囁かれるように響きました。


 おかしいです。援軍の到着には早すぎますし、この地域に他の魔法少女が配属されているなんて話は聞いたことがございません。


 しかし、わたくしは迷いませんでした。

 この藤棚の中に居るわたくしを認識出来ている以上、害意のある存在ではありえません。であれば、魔生対が把握していない新しく覚醒した魔法少女である可能性が高いと判断を下しました。


「弓のような点での攻撃では致命傷を与えることが出来ません。高水準の再生能力、クラゲが原型であることを考えて触腕には刺胞があるでしょう。ですので、全て回避することを推奨致します。対応可能であれば、どうかご助力いただけないでしょうか?」


 クラゲの魔物から目を離し、声のした方を振り返りますが、そこには人の姿はございませんでした。


「かしこまりましたお嬢さん。では私の活躍、とくとご覧ください」


 先程まで誰かが居たはずの藤棚の中で、楽しそうな声だけが響き渡りました。

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