王室評議会

 王宮内部の、廃墟となっていた竜王宮が突如崩壊して、二週間が経った頃。

 王室評議会は緊急に議員を招集した。

 不審に思いながらも集まった会議室で、彼らは奇妙な面々と顔を合わせることになる。


 議長の椅子に座っているのは、ステラ王女だ。

 その右手の角の席には、蟄居ちっきょを命じられている筈のレヴァンダル大公が既に着いている。

 そして王女の後方に椅子が並べられ、五人が着席していた。

 一人は、この場の誰もが知らぬ者はない、火竜王宮の高位の巫子、グラナティスだ。

 貴族は、例え竜王宮と敵対する王室に組するものであろうとも、ありとあらゆる儀式に彼を担ぎ出そうとする。高位の巫子に執り行って貰うのは、一種のステータスだからだ。そして、竜王に関する儀式には、グランは一切私情を挟もうとはしなかった。

 だが、彼が王宮へ足を踏み入れたことなど、今まで聞いたことはない。

 その隣にいるのは、黒髪から灰色の角を長く伸ばした少年だ。腰に剣をき、足を組んでその場の全員を睥睨へいげいしている。

 その角のせいで随分と印象が違うが、おそらくレヴァンダル大公子アルマナセルだろう。しかし、彼は元々議会に出席を許されていない。しかも、廃嫡された彼が、グランを王都からかどわかしたとされている彼が、カタラクタで反乱軍の一員となっている筈の彼が、何故ここに。

 そして、残る三名。アクアマリンのサークレットを額に嵌めた少女。エメラルドを頂いている青年は、面白げに面々を見つめている。もう一人、鋼鉄の地金のサークレットにダイアモンドをしつらえた男は、憮然として視線を逸らせ気味だ。

 彼らの事情を知らない者も、こっそりと知っている者も、戸惑いに、ざわめきが治まらない。

 やがてステラ王女は、手にした扇をぱん、と掌に打ちつけた。

「さて、皆様。異例な会議にお集まり頂き、感謝しますわ。父、イグニシア国王の名代として、私ステラが皆様にお話しすることがございます」

 その声に、ある程度、部屋の中は静まった。

「まず、国王陛下の容態ですが、あまり芳しくはありません」

 言葉をさほど濁さなかったことで、不安のざわめきが生じる。

「そこで、私ステラ王女が、陛下の快復までの間、国務に当たることとなりました」

 そこでまず、大きくどよめきが起きる。

 ステラは今まで、華やかな社交界には熱心だったが、政治に関わったことはなかった。将来的には婿を取り、女王となるのだが、それも形ばかりだろう、というのが大方の見方であったのだ。

「勿論、私は若輩で物事には疎くありますので。相談役として、レヴァンダル大公を置くことに致します。また、火竜王の高位の巫子、グラナティス様にも助力をお願いしています」

 今までの王室で、力を持っていた者たちが怒声を上げる。

 実のところ、竜王宮が世俗に関わらないということは、多少は知られている。だが、絶対的な戒律である、とまでは外部は判っていない。

 貴族にとっては、遥か昔とはいえ、王家の血を引く高位の巫子は、政治に関わりあうに充分な理由がある。

 まして、竜王宮と敵対していた黒幕であるイフテカールは、この二週間、味方に引き入れた貴族たちの前に現れていない。彼が、どうやら失脚したらしいとあっては尚更だ。

 もう一度、ステラは扇を鳴らした。

 立場が弱い時には勢いを殺すな、とは、グランの提言だ。続けざまに、言葉を放つ。

「さて、先だって休戦となりました、カタラクタ王国との間の協定ですが。基本的に、イグニシア王国軍はカタラクタより撤退すると、国王陛下より決断が下りました」

 怒声に、悲鳴すら混じったようだ。

 カタラクタに権益を求めようとしていた者たちだろう。

「勿論、無条件でとはなりません。我々は戦に勝ったのですから、撤退にあたり、それなりの賠償金は手に入れることになるでしょう」

 それでも、今後カタラクタ王国を直接支配することによる利益に比べれば、一時的かつ微々たるものだ。

 竜王宮が政治に関わることへの不当性について罵声が浴びせられた時点で、アルマは立ち上がった。無言で、腰の剣を抜く。

「あらあら、血の気が多いのねアルマナセル」

 刃が空を切る音で振り返ったステラは、鷹揚に声をかける。

「俺は竜王宮の剣だからな。彼らを統率できていないのは、貴女の責任だ、ステラ王女。評議会の人数を半減させたくなければ、おとなしくさせてくれ」

 いつにもましてぶっきらぼうに、アルマが告げる。

 ペルルが片手で口元を隠した。頬に浮かぶ笑みを見られるのは、今は少々都合が悪い。

「そうね。お行儀よくお願いしますわ、皆様。今日は、四竜王の高位の巫子様がたが観覧されておりますし」

 さらりと、背後の一行を紹介されて、議員たちが怯む。

 四竜王とその巫子たちに関しては、カタラクタで反乱軍が宣戦布告をした際に、王都にも報せが来ている。

 しかし、まさか、今、この場にいようとは。

 伝説の具現化に、その場は静まった。

 レヴァンダル大公に非難するような視線も向けられるが、男は素知らぬ顔である。

「今後、幾らか変更が続くとは思います。主に、大臣や官吏の配属について。その都度ご報告はしますので、ご了承くださいませね」

 にこりとステラが笑む。

 普段の、何やら企むような笑みとは全く違うが、それでも議員たちは言い知れぬ不安を抱えることになった。



「全く、後始末はお前たちに一任するつもりだったのにな……」

 明らかに不機嫌な顔で、グランが不穏なことを呟く。

 彼は、ステラの後見に立つ、ということを一応了承したが、それは好んでということではない。世俗に、王宮に関わらない、という、竜王宮の、そして彼の信条をいたく傷つける行為だからだ。

「まあ、名ばかりと思っておけば宜しかろう。それで恩が売れて多少の顧問料も入るのですから、おいしい話ですよ」

 宥めるように世知辛いことを言うのは、レヴァンダル大公だ。火竜王宮で、彼を交えての会議に初めて臨んだ時に、オーリは何とも言えない顔でアルマとグランを見比べていた。それに対し、アルマは頑として反応しなかったが。

「ステラはやっていけると思うか?」

 アルマが尋ねる。彼女とは特に楽しい想い出がある訳でもないが、それでも祖国の王女だ。この先、国が弱体化するというのは、彼の望むところではない。

「父王が倒れ、イフテカールも失った。今、王室には彼女しかいないし、それは当人もよく判っている。貴方が端的に説明してくださったおかげですよ、オリヴィニス様」

 一旦視線を向けて、大公は礼を述べる。

「保身だよ。私も、彼女に殺されたかった訳じゃない」

 小さく肩を竦めて青年は返す。

 それに対して意味ありげに笑うと、男は続ける。

「やる気はあるだろう。少なくとも、今は。だが、彼女のやり方はある意味直接的に出る形だ。確かにそれは間違っていないが、背後から推し進めるやり方も覚えて貰わなくては、困る。まあそれに関しては、貴方がいるから安心でしょう、グラン」

「名ばかりではなかったのか?」

 彼にしてはあからさまに皮肉を突きつけるが、しかし当主は怯まない。

 年の功か。

「……私が初めに会ったのがアルマでよかったよ」

 呆れた口調で、オーリは呟く。

「僕の三百年の苦労を少しは察してくれ」

 グランは、疲れたようにそう返した。

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