第2話 機関車にて…①
――さて、暇つぶしくらいにはなったかな?
シアンは腕時計の時間を確認し、目を見開く。
「8:40」
思わず目の前の情報を復唱していた。
時計の表示を見たとき、彼は一瞬自分の目を疑い、思考し、そして機関車が既に駅に到着していることに気がついた。
彼はその事実を理解し、その瞬間に常人ではありえないような反射神経でスタートを切った。
人混みを上手く避け、トップスピードでこの大きな駅を駆け抜ける。
そして駅の方向に漆黒の機体をもつ、機関車がプシューという音とともに蒸気を上げながら待機しているのが見えた。
彼は全速力を保ったまま漆黒の機関車へと足を踏み入れる。
「…………っは、あっぶねえ〜!」
その身体が機関車内へと入り込んだと同時に、ドアはしまった。
彼は息を切らしながら、閉じたドアに全身からもたれかかる。
――クソ、入学前に汗かいてどうすんだよ……。
だが間に合ったものは間に合った、それで良しとしよう。
汗ばんだ脳を冷やし、身だしなみも欠かさず整える。
そして、一度機関車内を見渡してみた。
流石都市と都市を繋ぐだけあって、殆どの席が人で埋め尽くされていた。
彼は疲れ切った体を休めるために、空いている席を必死に探す。
そしてやっと見つけた空席は、席同士が向かい合っている席のみであった。
そしてその空いている席の向かい側には二人組の誰かが座っているようだった――。
その二人組は顔立ちのよく似た女性であった。
恐らく双子だろう。
ユースティティア高等学園の制服を着ている。
どうやら彼女らも彼と同じ学園の生徒らしい。
「相席失礼します。」
と笑みを浮かべながら、彼女らの正面へ腰を下ろす。
突如現れた美少年に二人は戸惑い、けれどもその美貌から目を離すことが出来ない。
二人共ずっと彼のことを凝視している。
もう既に二人は彼の魅惑に落ちていた。
少しの間、静寂がこの空間を包む。
そしてこの静寂を壊したのはシアンだった。
「お嬢さん達はもしかしてユースティティア高等学園の新入生でしょうか?」
魔性の笑みで二人に問いかける。
その笑みに誘われるがまま二人は息を揃えて、
「ええ」
と笑顔で答える。
シアンはその返答に満足したのか、
「実は僕もユースティティア高等学園の新入生なんだ。同じ新入生同士、仲良くしてくれたら嬉しいです。」
彼の美貌の影響だろうか、彼女らは今、初めて会ったばかりの彼にもう心を開いてしまっていた。
またシアンから会話を仕掛ける。
「お嬢さん達のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
二人は快く首を縦に振る。
「では、右側の可愛らしいお嬢さんから」
右側の女性が口を開く。
「私はアリア、アリア・セリーナ。固有魔法は……一応持ってはいるわ」
アリアの目線が落ちる。
彼女はなにやら少し言いたくなさ気な雰囲気を醸し出している。
シアンは彼女の些細な変化に気づき、彼女に優しく問いかける。
「一応持ってはいる、とはどういう意味でしょうか?」
彼に心を開いたアリアは彼の言葉に誘われるがまま答えてしまう。
「つまり固有魔法は持っていても、魔力量の少ない私ではこの魔法を扱うことは出来ないのよ」
シアンはさらにそのことについて追求する。
「その固有魔法というのは?」
アリアは彼の追求に対し、完全に心を開いてしまったアリアはどんどん口から言葉がこぼれ落ちてしまう。
「私の固有魔法はエリアよ。自分の想像したエリアを形成することができて、そのエリア内でのルールなどを決めたりすることが出来るわ。でもすぐ魔力が切れて、私の魔力量ではせいぜい5秒間エリアを形成するのが限界ね。」
シアンはアリアの丁寧な説明を受け、しっかりとお礼をし、左側の女性へ質問を投げかける。
「左側のお美しいお嬢さんは、お名前をお聞きしても?」
左側の女性は少しおどおどしながらも質問に答える。
「ええと……私の名前は、マリア・セリーナ……です。固有魔法は…シグナルです。この魔法は…自分の所有物を目印に、炎、水、風のどれかを少しだけ起こすことが…できます。でも目印にした所有物は燃えて灰になっちゃうんですけどね…。」
マリアの返答を受け取り、シアンが自分について話し始める。
「僕の名前はシアン・クロム、気軽にシアとお呼びください。僕の固有魔法は「深層心理」です。目が合った人の心を読むことができます。まあ、あまり人の心は読まないようにしてるんですけどね」
その言葉を聞きアリアが勢いよく、
「じゃあ私の心読んでみてよ」
と、まるで彼に挑戦状を送るかのような眼差しで彼を見る。
「――ええ、いいですよ。」
挑発を受けた彼は扇情的に口角を上げ、
「そうですね……では、貴方は今お腹が空いている。違いますか?」
人差し指を彼女へ突き出し、名探偵のように高々と宣言する。
意表をつかれた顔の少女。
――当たっていたらしい。
「な……なんで、その事を」
「言ったでしょう、魔法ですよ。」
シアンの言葉に、隣のマリアは感嘆の息を吐く。
――実のところは、見た目から推察しただけなのだが。
この双子、見た目は瓜二つだ。
しかし姉であるアリアには妹との決定的な相違点がある。
クセを知らないストレートヘアも持つ妹に比べ、姉は若干“髪が崩れている”のだ。
正確には、一部分だけが明らかにくせっ毛になっている。寝癖、という表現が似合うくせっ毛。
恐らく、彼女は髪の手入れをする暇さえなく今日の朝を迎えたのだろう。
つまり朝の時間は少なく、大急ぎで準備してここへ赴いたことが伺える。
そして、決定的なのは視線。
何かしらの食べ物を口に入れている乗客に、チラチラと視線を送っている。
ただの食べ物好き――という可能性もあるが、それにしては細身だ。相当腹が空いているのだろう。
「健康的な食生活は、美容には大切ですよ。
特に貴方はお綺麗なんですから……ね?」
「――――――――なっ……!」
強気だったアリアは、そこで初めて言葉に詰まった。顔を赤く染めあげ、声にならない声を上げている。
――あれ、こいつ意外とウブか?
「コホンッ……とにかく!アンタの固有魔法なのは分かったわ。乙女の敵みたいな魔法持ってるのね。」
「おっと、それは不本意ですね。可憐な乙女の心を除くなんて、自分からはしませんよ。」
双子の片割れはうんうんと頷きながら、片割れはツンツンとした態度で不機嫌を顕にしながら。
彼の話を聞いている彼女らはまるで従順な子犬のようだった。
彼の巧みな話術によって彼女らはなにも疑わず、ゆっくり、静かに深海の底へと落ちていく。
――彼の言う固有魔法が、真っ赤な嘘だとも露知らず。
ユースティティアの末路 青空翔 @AOZORAKAKERU
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